第六三一話、急に激しく吹く風
天から降ってきた試製四式障壁爆弾は、確実に標的に吸い込まれた。
一発で一艦を撃沈。装甲が薄いことも影響したが、狙われた軽空母、スクリキ戦闘機キャリアーである航空輸送艦が次々に血祭りにあげられた。
防御シールドを展開しても、その守りを抜けてくる爆弾は、死神の鎌の如く、異世界人たちに死を与える。
一体何から攻撃されているのか、わからない異世界帝国艦隊。
だが、指揮官パラスケヴィ中将は、空母の半数を失ったところで、どうやら敵が空にいるらしいと当たりをつけた。
「敵機は遮蔽で隠れている! ダメ元で、戦闘機を出せ!」
降り注ぐ嵐のような雨に波。いくら垂直離着陸型でも安定しない状況での発艦は困難を極める。
パラスケヴィの命令が発せられた直後、とうとう試製四式爆弾が旗艦を襲った。
『着弾!』
まるで傘が開くように光の膜が軽空母の頭を覆う。その瞬間の光が何か、パラスケヴィが艦橋の窓から見上げようとした時、するりと抜けてきた爆弾が光の刃を走らせ、グラウクス級の飛行甲板を切り裂いた。
光が空母を両断した。その開いた飛行甲板の溝に爆弾が吸い込まれ、爆発。艦内をあぶり、格納庫の機体などを吹き飛ばし、パラスケヴィら司令部スタッフを艦橋ごと爆砕した。火だるま、そして真っ二つとなって沈むグラウクス級軽空母。
元転移ゲート守備隊司令官は戦死し、有効な対策を取れないまま、損害は増えていった。
かくて、空母10隻、航空輸送艦10隻が、大雨の中、葬られた。
残る艦艇は、空母2、航空輸送艦8、軽巡洋艦4、駆逐艦33。そして海中に――
・ ・ ・
下がどうなっているのか、さっぱりだった。
須賀 義二郎大尉は、愛機のコクピットから雲海を見下ろした。時間は少し戻り、深山Ⅱの爆撃の最中である。
深山Ⅱは遮蔽に隠れたまま、試製四式障壁爆弾を落とし続けた。何もない空間から突然、1.5トン爆弾が現れ、落ちていくのは、何とも奇妙な光景だった。
「これで当てているんだから、恐ろしいな」
能力者として開花しつつある須賀も、直接は見えないものの、下の敵艦隊で敵艦が酷い目にあっていることは、何となく感じとっていた。
それが空母なのか巡洋艦なのかはわからない。しかし、深山Ⅱで爆弾を制御している能力者は、敵が何か識別しているのだろう。
「大したものだ」
改めて、須賀は深山Ⅱの下方から、真下へと視線を向ける。
「……!」
何か来るのを感じた。これは――敵機か。須賀は操縦桿に力を込めた。敵機を感知することは、能力者と知らされる前から鋭かった須賀である。
その時、無線機が鳴った。
『アマテラスより、イワト。マ式レーダーに艦あり。敵航空機3機、急上昇中!』
深山Ⅱの対空電探が向かってくる敵機を捕捉したのだ。下は大雨らしいが、よくぞ飛ばしてきたものだ。
『こちらは爆撃続行中。敵機を迎撃されたし』
「イワト、了解。――アマテラス、敵機は3機ではない。4機だ」
魔力式レーダーはなくとも、須賀は上空への敵意を見逃さなかった。
先頭の3機が雲を突き抜けてきた。
――ご苦労さん。
いきなり晴れたから、異世界人も環境の変化に多少のラグを覚えているだろう。とはいえ、遮蔽で隠れている機体を見つけることはできないはずだ。
彼らが深山Ⅱを目指して、その近くに現れたのは、下で攻撃された艦艇の被害状況から、大体の位置を割り出したといったところだろう。
「さあ、お仕事お仕事」
まずは数を減らす。翼下に懸架している空対空誘導弾。魔力照射を3機のうちの殿に合わせる。
「荷物を減らして軽くしないと、な」
誘導弾、発射。須賀機から放たれたそれは、ロケットの煙を引きながら飛び――敵編隊は散開した。
「あっさり気づかれたものだ」
須賀は照準器を、敵機に向けたまま誘導を続ける。敵はヴォンヴィクス戦闘機。新型でも最高時速620か30程度の並みの速度。
空対空誘導弾から逃げられず、直撃を受けた敵機が四散した。
「1機撃墜」
須賀は操縦桿を捻り、次の敵機へ。散開した2機の他、やや遅れてきた1機が雲の上に現れる。
襲撃者を探しているのだろうが、あいにくと須賀機もまた遮蔽装置に隠れている。そうでなければ、とっくに対空レーダーで見つかり、もっと早く迎撃機が上がってきたであろう。
深山Ⅱだけ隠れて、護衛機が丸見え――なんてことはないのだ。
「見えないと不便だよな。こっちは深山Ⅱ以外、気をつけるものはないんだ」
僚機を連れていないから、遮蔽に隠れたままでも空戦はできる。
須賀は、あっという間に敵機に追いつき、20ミリ光弾機銃の引き金を引いた。零戦などと発射操作が異なるが、操縦桿に発射トリガーがあると機首からブレにくくていい。しかも高速で、ほんの一瞬くらいしか射撃猶予がない場合は。
追い越した敵機は、光の銃撃に翼や胴体を撃ち抜かれ、ボロボロになって墜落する。
「いやはやホント、速いなぁこれ!」
もう機銃で敵戦闘機を落とすのも、さらに難しくなったのではないだろうか。
十七試マ式戦闘機――魔力噴式発動機を搭載した高速戦闘機を開発する計画によって作られた川西の新型。
その名を陣風という。
陸軍がマ式発動機を使った戦闘機開発を活発に進める中、海軍もまた従来のレシプロ機と並行し、マ式推進の戦闘機を開発した。
それがこの陣風だ。
迎撃機という形ならば、白電や青電、その後継機がすでに作られていたが、陸上戦闘機ないし艦上戦闘機としては、海軍では陣風が初となる。
最高時速886キロ。当然、海軍航空機の最速機である。主翼に20ミリ光弾機銃を6門装備。各種爆弾、ロケット弾も携行可能と戦闘機として見ても重武装である。
さらに須賀の乗る試作増産型は遮蔽装置付きである。
同じマ式で飛んでいるヴォンヴィクス戦闘機が、爆撃機並に鈍足に思える。それだけ陣風の速度は卓越していた。
そして須賀の射撃能力の高さもまた、まるで侍が刀で一太刀にするが如く、後方からの追い抜きざまに敵機を撃ち抜いた。
敵機のパイロットも、何が起きたかわからなかっただろう。味方が突然火だるまになり、攻撃した機を懸命に探すも、見えない。
そんな動揺が機体を見ていてもわかる。須賀は、そのまま敵機の背後に回り込むと速度を落として、確実に屠った。
「こちらイワト。敵機をすべて撃墜」
・試製陣風戦闘機
乗員:1名
全長:10.23メートル
全幅:12.5メートル
自重:2886キログラム
発動機:武本『迅雷』二二型
速度:885キロメートル
航続距離:1605キロメートル
武装:20ミリ光弾機銃×6 40ミリ光弾砲×1
ロケット弾×8もしくは、小型誘導弾×4
その他:マ式ジェットエンジンを搭載した新鋭戦闘機。異世界側では一般的なエンジンだが、海軍としてはその長所を認めつつも、主力に置き換えるのには慎重であったため、レシプロ機の烈風と並行して開発された。完成した機体は、レシプロ機を軽く凌駕する高速性能を発揮。重量軽減処理もされているものの、それを差し引いても、海軍機随一の速力を発揮した。