第六三〇話、天からの落下物
深山Ⅱは、厚い雲海の上を飛んでいた。
下はベンガル湾だが、そこにいるとされる異世界帝国艦隊の姿は見えない。機長である日高 成喜大尉は、ずっと顔をしかめたままだった。
「敵がいると言われてもなあ。雲の下を飛んでいるならいざ知らず、直接見えないというのは気持ちの悪いものだ」
「いますよ、大尉」
マ式爆撃照準装置に取り付いている、高尾 鹿子大尉は言った。九頭島海軍魔法学校出の女性能力者は、しっとりとした口調を崩さない。
「この高度でも、空母とそれ以外の区別はつきます」
「ほー、言うじゃないか。雲で遮られてこっちはさっぱり見えない」
なあ、と操縦士にふれば、苦笑で返された。高尾はレンズを覗き込みながら口を開いた。
「もし大和型に四番艦があれば、制御と砲術は私がやっていた……」
最大4万メートルの彼方の敵艦に砲弾の軌道を曲げて直撃させる能力。そしてそれは、この見えない状況での爆弾誘導にも応用が利く。この状況下での腕では、おそらく自分が海軍一だろうと、高尾は考えている。
「大和型は3隻しかないが――」
日高大尉は首をかたむけた。
「播磨型があるし、その三番艦とか、改播磨型が4隻、間もなく就役するって話だぞ」
「でしょうね」
高尾の声音が一瞬硬さを帯びる。
「正木 初子が、播磨型か改播磨型に移るなら、それもいいかもしれませんね」
「正木……? ああ、『大和』の」
帝国海軍でもっとも敵戦艦を撃沈した能力者。一部の大砲屋たちから、『砲術の女神様』と言われている海軍の有名人である。
海軍では『何々の神様』という表現が時々現れるが、正木 初子の場合は女神様だった。
「なんだ、高尾大尉。ひょっとして、正木大尉とは宿敵同士だったり?」
「……」
「あー、さあて、任務任務」
嫌な空気を感じて、日高は背を向けるが、すぐにちら、と高尾を一瞥した。
「敵を捕捉したなら、はじめてくれていいぞ。目標は任せる」
「了解。転移爆撃装置、起動します」
「通信! アマテラス、爆撃態勢に入る!」
日高は、攻撃開始の宣言を通信で送らせる。攻撃了解の合図がきて、転移爆撃装置のランプが点る。
「一番、投下」
深山Ⅱの下、転移で送られてきた試製四式障壁爆弾が落とされる。
1.5トン――大和型の46センチ砲弾を上回る障壁貫通爆弾が風を切り、落下していく。
「回転する駒を撫でるように――」
高尾は照準機を覗き込み、さらにその奥、雲を自身の能力で透過して、爆弾の行方を見守る。
「修正――」
誘導装置がついていない四式障壁爆弾である。戦艦主砲弾の弾着軌道を修正するように、爆弾に回転を与えつつ、目標――敵空母へと導いていく。
命中するまでの時間で修正を加えて。
「一番……弾着!」
雲海の上からは何も見えず、変わらない。しかし、雲の下、雨の吹き荒れるベンガル湾を行く異世界帝国艦隊、グラウクス級軽空母に吸い込まれ、そして爆発した。
・ ・ ・
元ゲート守備隊司令官、パラスケヴィ中将はその報告に自身の耳を疑った。
「6番艦が爆発しただと!?」
「対空レーダーが、数秒前にかすかな反応を捉えたようですが、確認する前に――」
「空母が吹き飛んだか」
報告を受けたパラスケヴィは苦虫を噛み潰したような顔になる。
雨風に混じり、突然の爆発音が聞こえてきた。陣形の近くにいる艦がかろうじて見える程度の視界。激しい大雨は、その爆発を敵襲かどうか判別を困難にしている。
「潜水部隊から、敵の発見は?」
海中から、敵に雷撃された可能性はないか? パラスケヴィが確認すれば、通信士官は首を横に振る。
「いえ、潜水部隊は、敵を捕捉しておりません。もちろん、魚雷の推進音もです」
近くに、日本軍の潜水艦がいる、ということではなさそうだった。
「ではあの爆発は何だ?」
想定外の波を食らって、可燃性の何かが爆発したとか? それともレーダーが捉えたという謎の物体が関係しているのか。
「あれから対空レーダーに反応は?」
「ありません」
敵機であるなら、まだわかる。だがレーダーがそれを捕捉しないというのでは、大雨がもたらしたエコーの可能性もなくはない。
――まさか、遮蔽装置で隠れている?
パラスケヴィは思い至るが、だがそれも怪しい。この視界不良の中、近づいて攻撃を仕掛けてくるのは無理がある。
近づけば、いくら遮蔽装置で隠れていても、護衛の駆逐艦が何らかの兆候を掴むはずだ。視界をカバーするためにレーダー射撃を行うなら、その照準レーダー波を逆に探知していたに違いない。
海中に敵はいない。海上も、レーダー、逆探も味方以外の反応がない。では空から、というのも、この雨雲では目視はほぼ不可能で、航空機からのレーダー照射も観測できていない。
そもそも遮蔽で潜伏しているなら、一撃離脱でなければ、とっくに第二、第三の攻撃を放ち、さらなる犠牲が強いていてもおかしくない。
「事故――」
言いかけた時、それを遮るようにまたも爆発と波とは違う震動を感じた。
「!」
「――グラウクス3番艦、爆発!」
新たな犠牲が出た。別の艦で似たような被害が出たということは、事故はあり得ない。
「敵だ! 全艦、監視を強化! 防御シールドを展開せよ!」
正体はわからないが、敵の仕業に違いない。
「3番艦の様子はどうか!?」
損害のほどは? 軽微であるなら、どういう状況で、攻撃が何だったのか、わかるかもしれない。
パラスケヴィの期待はしかし、裏切られる。
『3番艦、大破。沈降しつつあり。艦体が分断、爆発炎上しています!』
「分断だと……っ!?」
わけがわからなかった。そうこうしているうちに、被害は拡大していく。
雨の中、降ってきた爆弾が、グラウクス級軽空母の防御シールドの天辺に命中する。脆い爆弾の先端が潰れたところで障壁が開き、双方が接触した。
シールドとシールドがぶつかった結果、爆弾は一瞬、落下速度がゼロになる。その瞬間、重力に引かれて、爆弾はシールドをすり抜けて、空母に落下。第二の障壁が刃となって、軽防御のグラウクス級の飛行甲板を切断、そのまま艦体も真っ二つにし、それが消えた時、爆弾が爆発し内部を焼き払った。
『11番艦、爆沈!』
「くそっ、敵はどこにいるんだ!?」
パラスケヴィは叫んだが、それに答えられる者はいなかった。