第六十三話、意外な交換条件
連合艦隊司令部から、黒島先任参謀と渡辺安次戦務参謀が、軍令部を訪れた。
南方作戦について、軍令部の作戦課である第一課と意見交換をするためだ。当然ながら、連合艦隊内で上がったトラックならびにハワイ奇襲作戦の原案も携えて。
第一部長である福留少将と、その下にある第一課の課長である富岡定俊大佐が、黒島と渡辺に相対した。
「――連合艦隊としては、南方作戦に全力投入したい故、その障害となりうる要素は除外したいと考えております」
黒島が語れば、福留も資料を見たまま言った。
「確かに、トラックとハワイにいる敵艦隊は、厄介な存在だ」
「……」
「軍令部としては、鬼の居ぬ間に、敵が我が本土を襲撃してきた場合を危惧している」
ほらきた――黒島は、予想通りの返しに、しかし表情には出さなかった。
「東京湾に侵入され、帝都を砲撃でもされては、陛下に申し訳が立たない。そればかりか皇居に攻撃されれば、海軍の沽券に関わる。故に連合艦隊の戦力を、ある程度本土に留めておいてもらいたい――と言いたいところだがな」
福留は、富岡を見た。
「正直、厳しいのは我々も承知している」
敵東洋艦隊の規模も大きく、連合艦隊が全力で挑むというのもわかる。そして敵太平洋艦隊もまた、同等かそれ以上の戦力を有しており、これが全力で向かってきた場合、ある程度本土に戦力を残しても、対抗できない可能性が高い。
中途半端に割り振れば、それこそ各個撃破されるだろう。
「南方作戦に先んじて、トラックとハワイの奇襲作戦は、選択肢のひとつとなり得ますが――」
富岡の表情は硬かった。
「しかし問題もあります。第一に、道中、敵に発見、通報され、万全の態勢で迎撃された場合。第三艦隊が損害を受けて、南方作戦に投入できなくなった場合、連合艦隊は敵東洋艦隊を撃滅できるのか?」
戦時である。敵拠点周りには哨戒機を飛ばしているだろうし、日本近海にも潜水艦を潜ませているかもしれない。
第九艦隊がセレター強襲作戦を決行した際も、魔技研のマ号潜が前路掃討を行い、敵潜水艦を予め撃沈していたことが、作戦後に提出された報告書でわかった。
つまるところ、遮蔽装置などを持っていた第九艦隊も、潜水艦の掃討がなければ、セレター到着前に敵に察知されていた可能性が高かったのだ。
「第二に、仮に奇襲が成功したとしても、第三艦隊が南方作戦参加に間に合うかどうか」
「どういうことか?」
黒島は怪訝な顔になる。富岡は頷いた。
「南方作戦実施が早まりそうなんですよ。……陸軍側の都合で」
日本陸軍は、現在仏印で異世界帝国の陸軍と交戦している。状況はあまりよろしくなく、増援を送りたいところだが、南方作戦にかこつけて、敵仏印侵攻軍の背後に上陸を図り、挟撃してこれを撃滅したいと考えていた。
そのために、可及的速やかに南方作戦を実施したいが、陸軍師団を載せた輸送船団が南シナ海を行けば、敵東洋艦隊が必ず妨害に出てくるのである。
だから、陸軍の意向としては、海軍には早急に敵東洋艦隊を叩いて制海権と制空権を確保してもらいたい、ということである。
「……もし、南方作戦が早まった場合、海軍は第三艦隊抜きで、敵東洋艦隊を始末できるのか、ということですね」
敵艦隊を撃滅できなければ、陸軍船団も壊滅し、南方作戦遂行は不可能となる。燃料、資源獲得もできず、日本は敗戦へと転がり込む。
福留が腕を組んで、憮然とした表情を浮かべた。
「陸軍の連中、海軍は船団護衛をしていればいいのだ、と気楽に言ってくれる。こちらの気も知らないで」
「では、軍令部の作戦課としては、何か案が?」
渡辺戦務参謀が問うた。一瞬、黒島は『軍令部の意見を聞くなど……』と思ったが、もう遅かった。
「作戦課としては、連合艦隊には南方作戦に注力していただき、持久態勢の確保に最善を尽くしてもらいたい、と考えます」
富岡は言った。
「そして中部太平洋から敵が東南アジアへと増援としてくるならば、それを撃滅していただく」
「敵が本土を襲撃した場合は?」
黒島が眉間にしわを寄せる。先ほど、本土防衛のために連合艦隊の戦力を割いてほしいと口にしたばかりである。
「……」
富岡は押し黙る。何だ、軍令部第一課も対案もないのか――と、黒島が思った時、福留が口を開いた。
「言えよ、富岡」
「いや、しかし……いいのですか?」
「いい。というか、言わないと始まらん」
――何だ?
黒島と渡辺は顔を見合わせた。富岡は、言い辛そうながら、諦めたように言った。
「実は、提案といいますか、交換条件といいますか――戦艦『大和』を軍令部直轄として頂きたい」
「はあ?」
これには黒島も渡辺も仰天した。福留だけは笑いを堪えるような顔になる。変人参謀と評判の黒島の驚き顔は貴重だったのかもしれない。
「どういうことだ?」
「うちの第五部からの要望なんです」
富岡は目を回して見せた。本人的にも納得しかねるという様子である。
「『大和』をこちらにもらえるなら、連合艦隊には、本土に戦力を割かず、南方作戦に全力投入してくれても構わない――まあ、そういうことです」
「……なるほど」
黒島の中で、猛烈に思考が駆け巡る。第五部といえば、魔技研の管轄だ。そして戦艦『大和』は魔技研が修理を進めていると聞く。
ぶっちゃけ、『大和』は大戦艦であるが、連合艦隊にはもうじき、同型艦の『武蔵』が加わる。それに魔技研の技術で戦艦も有用になりつつあるが、まだ魔技研独自のものも多く、我々では扱い切れない。
結局のところ、これからは航空機の時代だ。すでにスクラップ寸前の大戦艦一隻と引き換えに、南方作戦に連合艦隊の全力が投入できるなら、むしろ安いものではないだろうか。山本長官も、『武蔵』が来るのだから、『大和』がどうしてもほしいとは思うまい。
「わかりました。その方向で、今一度、南方作戦案をまとめたいと思います」
「……いいんですか、黒島参謀?」
『大和』を手放すのを、長官に無断で決めていいのか渡辺は不安になる。黒島は睨んだ。
「もちろん、長官にはお話する。しかし、南方作戦に投入できる戦力が変わるのだ。これは検討するべきではないか?」
前提が変われば、後の話も変わってくる。黒島は早くこの件を、山本長官に相談すべきであると判断した。
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