第六二九話、ベンガル湾の雲の上
第七艦隊はアッドゥ環礁、T艦隊が鉄島を出撃した。それぞれ転移中継ブイを用いて、ベンガル湾へと飛ぶ。
その編成は以下の通り。
●T艦隊:司令長官、栗田 健男中将
航空戦艦 :「浅間」「八雲」
空母 :「雲龍」「翔竜」「雷鷹」
大型巡洋艦:「筑波」
重巡洋艦 :「愛鷹」「大笠」
軽巡洋艦 :「奥入瀬」「十津」
駆逐艦 :「朝露」「夜露」「雨露」「露霜」「細雪」「氷雪」「早雪」
潜水艦 :「伊701」「伊702」「伊350」「呂401」呂402」
特設補給艦:「千早」「辺戸」「波戸」
防空補給艦:「新洋丸」「天風丸」
・他:第三航空艦隊
●第七艦隊:司令長官、武本 権三郎中将
第五十一戦隊:(戦艦) :「扶桑」
第十三航空戦隊:(哨戒空母):「真鶴」「松帆」「立石」
第三十戦隊 :(特殊巡洋艦):「八島」
第六十五戦隊:(転移巡洋艦):「来島」「根室」
第七十五戦隊:(敷設艦) :「津軽」「沖島」
・第九水雷戦隊:(特殊巡洋艦):「九頭竜」
第八十一駆逐隊:「初桜」「椎」「榎」「雄竹」
第八十三駆逐隊:「桂」「梓」「蓬」「白梅」
第八十四駆逐隊:「榊」「早梅」「飛梅」
第八十五駆逐隊:「藤」「山桜」「葦」
T艦隊は、編成に変更なし。一方の第七艦隊は、インド洋を巡る戦いと、その後のセイロン島空襲による被害から回復しているとは言い難く、比較的損害が軽微だった『扶桑』が戦艦として唯一。
空母は、哨戒空母『真鶴』以外は、ほぼ引き抜かれ、代わりに送られてきたのが竜飛型哨戒空母の『松帆』と『立石』のみである。これらは偵察と通商破壊任務専従のため、間違っても艦隊に対して攻撃を仕掛ける航空部隊ではない。
巡洋艦は、2隻が転移巡洋艦であり、特殊巡洋艦『八島』は、戦艦としては最初期の富士型の二番艦を改造した大型巡洋艦級の主砲を持つ、誘導弾キャリアーという立ち位置で、砲戦を行うにはやや歪な艦だ。
潜水可能な敷設艦『津軽』『沖島』は、誘導機雷の敷設で敵の足止めや混乱を引き起こせるが、突入戦力は、結局のところ、第九水雷戦隊が担うことになる。
第七艦隊全艦は、潜水行動が可能であるから、結局のところ、潜水からの浮上奇襲戦法にて突撃が主な戦い方となる。
現在、九水戦の潜水駆逐艦『榊』『早梅』が、カルカッタを離れた敵艦隊を追尾。その位置を、第七艦隊、そしてT艦隊に通報していた。
「気象状況はやはりよろしくありません」
T艦隊気象長の甲野 春信少佐は報告した。
「インドモンスーンによる南西の風に乗り、雨雲が広範囲に広がっております。海上では雲の流れが早いのですが、雲の切れ目はあっても、すぐにまた雨になると思われます」
「航空戦力の使いどころが難しい、か」
栗田 健男中将は一見すると険しいと見られる顔で言った。藤島航空参謀は口を開く。
「敵も味方も、というところですなぁ。やはり第七艦隊の作戦どおり、艦隊は雨中に紛れての浮上奇襲戦法になるのでしょう」
「視界によっては近接戦闘になるぞ」
栗田は眉をひそめる。
「味方の誤射が心配になる。……数は減らしておきたいものだ」
その視線が、神明参謀長に向いた。
「深山を出すかね?」
「出しましょう。せっかくの雨天です」
第七艦隊との共同作戦の中で、神明が出した大型攻撃機『深山Ⅱ』による爆撃。遮蔽装置付きの爆撃機が、雲の上からピンポイントで狙ってくるなど、異世界人は度肝を抜くだろう。
・ ・ ・
「やれやれ、まったく新型の子守か」
須賀 義二郎大尉は、戦闘機のコクピットにあって、どこまでも広がる雲海を見下ろした。
流れは早いが、厚い雲の下は見えない。そこはベンガル湾の真上。雲の下は大雨だろう。
一カ月半より前にベンガル湾へ来た時は、烈風の改造型に乗った。相変わらず、色々な機体に乗せられている須賀だが、今搭乗している機もまた試製の字の離れない新型であった。
そして――須賀は視線を右へずらす。
そこにはおぼろけながら、青い輪郭が浮かび上がっている大型機の姿があった。
深山――全長31メートル、全幅42メートル、全高6.13メートルの巨人機である。それが遮蔽装置で姿を消しながら飛んでいる。
そう、本来なら目視で見えないのだが、能力者の素養がある須賀は、空間認識方面の訓練をした結果、遮蔽に隠れたものも、感じ取れるようになっていた。
結果、須賀は今回の深山Ⅱの護衛を命じられた。試作戦闘機に乗って。
「しかも単機でエスコートか」
遮蔽装置を搭載している故、消えたまま戦闘をするなら単機の方がよい――ということもあるが、そもそもこの機体の数自体が少ないせいでもある。
それもこれも、見えないものが見えるようになった影響だろう。魔技研出身の神明が、須賀の能力を知れば、この手の任務に使わないわけがないのだ。
遮蔽で隠れる機体を隠したままで護衛できるというのは、大きなメリットだ。
『イワトへ。こちらアマテラス。爆撃を開始する』
無線機に、深山Ⅱからの通信が入る。須賀は応答する。
「アマテラス、こちらイワト。了解」
天照大御神だから天岩戸になぞらえた符丁である。アが重なるのはよろしくないので、岩戸になっている。
深山Ⅱからのそれは、敵機が現れないように見張れということだ。天照大御神を隠した天岩戸の如く。そのためのエスコート・ファイターである。
どこまでも広がる雲海。直接見えないが、この下には、異世界帝国の艦隊が航行している。
深山Ⅱは、この見えない敵に対して攻撃を開始する。遮蔽で姿を隠し、レーダーにも捉まらない。それでこちらは当たるというのだから、神の一撃にも等しい。
「……いるな」
雲の遥か下、かすかに艦の気配がする。これも能力者としての力なのだろう。ようやく能力についてわかりかけてきたところだが、より理解を深めて技を伸ばせば、雲のあるなし関係なく見えるようになるのかもしれない、と須賀は思った。