第六二四話、T艦隊の練度に問題なし
T艦隊は、空母艦載機による航空攻撃をしなかった。
理由は、敵対空砲の迎撃範囲外から攻撃できる対艦誘導弾を、ほとんど持っていなかったからだ。
敵が地球の軍隊の兵器を鹵獲使用していて、しかも防空能力に乏しい旧式艦艇を使っているからといって、まったく無改造であるという確実な保証はない。
第一次世界大戦頃の艦だと侮って、安易な急降下爆撃や雷撃を仕掛け、対空用の光弾砲を装備していれば、撃沈できたとしても損害は大きくなる。
事実、敵の駆逐艦はしっかり異世界帝国製であり、光弾砲による対空戦闘が可能だった。
だから、T艦隊の襲撃戦法の一つ、海中からの奇襲戦術が選択された。
まず先手を取ったのは、『伊701』からの雷撃だ。
潜伏状態からの雷撃は、敵駆逐艦のソナーマンたちを叩き起こし、まず1隻を血祭りにあげた。
その直後、『伊701』は、普段のそれらしからぬ高速推進音を立てて、離脱行動に移った。
撃ってきた敵を捜索するために耳をすませたソナーマンたちは、この派手な海中騒音を立てながら逃げる敵潜水艦の存在を報告。駆逐艦戦隊で、潜水艦狩りが始まった。
その派手な海中騒音に紛れて、他の潜水物体が、ニュージーランド警戒艦隊本隊との距離を縮めていることに気づかずに。
「敵艦隊は、複縦陣で航行中。重巡2、軽巡2の単縦陣と、巡洋戦艦、巡洋艦2、水上機母艦の単縦陣」
日本艦隊と交戦する場合、現代戦に対応するケント級重巡洋艦、リアンダー級軽巡洋艦の列で高速機動させ、25ノット程度が限界の巡洋戦艦『オーストラリア』や旧式艦は陽動役を引き受ける、と言ったところだろう。
「では、敵さんの反応を見よう」
栗田 健男中将は命令を発した。
通商破壊部隊として運用も想定されているT艦隊。その基本戦術が発動する。
遮蔽装置で隠れていた大型巡洋艦『筑波』、軽巡洋艦『奥入瀬』が、海上に忽然と姿を現した。
それは当然、異世界帝国艦隊の対水上レーダー、そして目視の見張り員にも捉えられる。
・ ・ ・
『敵艦艇、出現! 2隻! 距離、およそ2万!』
「何故、この距離に近づくまで気づかなかったのだ!」
ニュージーランド警戒艦隊旗艦『オーストラリア』で、カノ少将は叫んだ。
「主砲発射、用意! バラック隊は前進し距離を詰めよ!」
ケント級重巡、リアンダー級軽巡の単縦陣に前進を命じる。30ノット以上を出せる高速部隊は、ただちに戦闘速度への加速にかかる。
巡洋戦艦『オーストラリア』の主砲、45口径30.5センチ連装砲が鎌首をもたげる。
インディファティガブル級巡洋戦艦の主砲配置は、現代戦艦のそれから見ると古めかしい。艦首艦尾、艦両舷に一基ずつ、計四基を配置するが、両舷の主砲は前後にズラして配置されていて、要するに左右対称ではない。
一応、真横に対しては全砲門を向けられる工夫ではあるが、現代の中心線上に主砲を並べる形式と比べると、あまり格好のよいものではなかった。
『オーストラリア』が、大型の巡洋艦――『筑波』に狙いをつけるべく艦の向きを変えている頃、その反対側の波を突き抜けて、軍艦が現れた。
艦首に三連装の主砲を二基並べた戦艦――航空戦艦『浅間』そして『八雲』だ。
『左舷方向に、新たな敵艦出現!』
「なに!?」
『戦艦クラスが2隻!』
もはや絶句するカノである。
距離は1万。第一次世界大戦初期やその前ならば、一般的な砲撃戦の距離。だが遠距離砲戦の技術が発展している現代においては、もはや中・近距離。
『浅間』『八雲』の主砲、その砲口がチカッと光った時、放たれた高速光弾は、『オーストラリア』の艦体を貫いた。
大型巡洋艦級の主砲でさえ怪しい防御力のこの巡洋戦艦に、16インチ砲並みの威力の攻撃を阻むのは不可能だった。
しかも見た目の3倍の光弾を瞬時に叩き込まれて、艦体そのものが粉砕され、断裂してしまう。爆発はやや遅れたが、ネームシップである『インディファティガブル』の轟沈と負けないほどの大爆発を起こして、旗艦『オーストラリア』はカノ少将らもろとも吹き飛んだ。
旗艦が沈み、ニュージーランド警戒艦隊は浮き足立つ。『アデレード』『フィラメル』は『オーストラリア』の爆発を避けるように転舵したが、海中から出現した朝露型駆逐艦が艦首の15センチ光弾砲を浴びせ、たちまち蜂の巣になった。
旧式巡洋艦に、その軽巡級の主砲が突き刺さり、たちまち戦闘能力が失われていく。
一方、『筑波』『奥入瀬』に向かったバラック隊――4隻の重・軽巡は、『筑波』から30.5センチ連装砲による砲撃を受ける。
こちらは通常の砲弾であり、海中を叩いたそれが水柱を上げて、敵艦の視界を一時的に妨げる。
その隙を衝くように、海から重巡洋艦『愛鷹』『大笠』が浮上。艦首と艦尾の20.3センチ三連光弾三連装砲を発砲。横合いからの伏兵に、『オーストラリアⅡ』『キャンベラ』は艦首を吹き飛ばされたり、あるいは機関を打ち抜かれて爆沈する。
挟撃に驚くバラック隊だが、こちらも早々に戦隊旗艦をやられ、指揮系統の継承をやっている間に壊滅してしまう。
『筑波』の砲撃に混じり、軽巡『奥入瀬』の15センチ単装光弾砲の雨あられは、敵に息もつかせない速射っぷりで、リアンダー級軽巡洋艦の戦闘力を奪い、重巡を仕留めた『愛鷹』『大笠』にトドメを刺された。
・ ・ ・
戦いは、あっさりと終わった。水上機母艦『アルバトロス』は『夜露』『雨露』が追い立てて撃沈。『伊701』を追った敵駆逐艦4隻も、伏せていた『伊702』の側面雷撃と、『伊701』からの反撃で、返り討ちにあった。
「浮上襲撃戦法の練度は充分のようです」
T艦隊旗艦『浅間』で神明参謀長が言えば、栗田は満足げに頷いた。
「各艦の浮上からの砲撃までの手並みは、さすがよく訓練されていた。これならば何も問題はないだろう」
栗田は、艦隊に集合をかけて撤収にかかる。待機していた空母、補給艦隊と合流すると、転移で、ラバウル近海まで移動した。
ニュージーランドの異世界帝国艦隊は無力化に成功した。
なお、南東方面艦隊は、第151海軍航空隊の彩雲改二隊を用いて、ウェリントン港、オークランド港、タウランガ港に転移爆撃装置を使った輸送船残骸投下を行った。
オーストラリアの港を封鎖した攻撃を、ニュージーランドの港にも実施したのだ。
港湾施設に降りかかり、クレーンや設備を破壊。残骸という名の障害物をばらまいたことで、港内での艦艇引き上げや修理などの作業が当面不可能になった。