第六二三話、急行する現地警戒艦隊
ムンドゥス帝国ニュージーランド警戒艦隊は、オーストラリアとニュージーランドの間の海域警備を主な任務としていた。
数日前、オーストラリア駐留軍から、各港にスクラップの雨が降って、使用不能であるという通信が入る。
それを受けて、日本軍の攻撃の可能性を考えて、ニュージーランド警戒艦隊は、一度はオーストラリアに向けて出撃した。
しかし、オーストラリア駐留軍から、来ても港が使えないため引き返すように連絡があり、結局何をすることもなく、母港へ帰投することとなった。
だが彼らにとっての不運は、ここからが本番だった。
日本艦隊は、オーストラリアではなく、ニュージーランドに現れたのだ。警戒艦隊司令官カノ少将は、驚きを隠せなかった。
「いきなり、こっちへ来るのか……!」
現在、日本軍がニューギニア方面に展開しており、オーストラリア駐屯軍と睨み合いを展開している。だから攻撃があれば、まずはオーストラリアであろうというのが、大方の見方である。
そして実際、オーストラリアの各港が、日本軍と思われる謎の空爆を受けた。同方面に敵の侵攻の兆候あり――からの、一足飛びのニュージーランド攻撃は、まさに寝耳に水であった。
「オークランド港、ウェリントン港に敵艦隊が殴り込み、そして今タウランガ港が攻撃を受けている」
カノ少将は、海図台を見下ろした。
「『アルバトロス』の水偵の確認には、まだ少し時間がかかるだろうが、襲撃された港からの報告では、敵は転移を用いているらしい。オークランド港、ウェリントン港の敵は突然現れ、停泊していた艦隊を破壊すると、唐突に消えた」
襲撃により、ニュージーランドからオーストラリア方面艦隊として編成される予定だった戦闘艦隊が壊滅した。
日本軍に先手を取らせないように戦力を送ったら、逆に先手を取られてしまった。不幸という他あるまい。
「敵が転移で現れたというのなら、索敵装置が役に立たないのも道理です」
ハートラン先任参謀が言った。
「敵の戦力は、戦艦2ないし3。重巡洋艦2、軽巡洋艦2、駆逐艦4から7,8隻。他空母が3隻ほど後方にいたとのことです」
「空母がないことを除けば、そこまで差はないか」
カノは口元を歪めた。
○ムンドゥス帝国ニュージーランド警戒艦隊
巡洋戦艦 :「オーストラリア」
水上機母艦:「アルバトロス」
重巡洋艦 :「オーストラリアⅡ」「キャンベラ」
軽巡洋艦 :「アデレード」「アキリーズ」「リアンダー」
防護巡洋艦:「フィラメル」
駆逐艦 :5隻
巡洋戦艦『オーストラリア』は、英国のインディファティガブル級で、現代で見れば旧式である。
ムンドゥス帝国の再生艦として多少の近代化も図られたが、そもそも辺境警備程度に見られた鹵獲艦なので、劇的な性能向上はない。
水上機母艦『アルバトロス』は、常備排水量4800トン、全長135メートルと小型。商船設計、長船首楼型船体でその艦首部分が艦載機運用スペースとなっている。艦橋が船体中央より後ろにあり、さながらスリッパのように見えなくもないシルエットは、他と比べても目立つ。速度は21ノットと軍艦としては低速である。
搭載するのはスーパーマリン『シーガル』が6機……なのだが、異世界帝国の鹵獲回収機で、現在は4機しか積んでいない。
重巡洋艦はケント級である。基準排水量9750トン。全長192メートル。機関出力8万馬力31.5ノット。50口径20.3センチ連装砲を四基八門で武装し、標準的な重巡洋艦である。
オーストラリアに供与され『オーストラリア』『キャンベラ』と名付けられていたが、ムンドゥス帝国は、巡洋戦艦の方の『オーストラリア』をサルベージしたため、艦名が被ってしまった。そのため、便宜上、重巡の方を『Ⅱ』表記としている。
『アデレード』はバーミンガム級軽巡洋艦。日本の5500トン級軽巡のような印象で、15.2センチ単装速射砲8門を装備するが、軽巡世代の前、防護巡洋艦に近い旧型であり、速度は遅く25.5ノット。さらに防御も弱い。
対して『アキリーズ』『リアンダー』は、7000トン級の標準的軽巡洋艦であり、機関出力7万5000馬力、32.5ノット。15.2センチ連装砲を四基八門と、これまた標準的火力を持っている。
そして防護巡洋艦『フィラメル』は、パラス級防護巡洋艦の一隻で、植民地警護用の三等巡洋艦として作られた。軽巡より前の、古参中の古参であり、1921年に本国イギリスからは除籍されたが、オーストラリア海軍で1941年まで使用され、そこからニュージーランド海軍に編入され、今でも使われていた。
サイズは駆逐艦以下なのだが、最大速度17.5ノットは遅すぎるとして、ムンドゥス帝国の方で、回収した機関を換装し24ノットに改善されている。
カノの手持ち戦力で期待できるのは、『オーストラリアⅡ』『キャンベラ』の2隻の重巡と、『アキリーズ』『リアンダー』の2軽巡洋艦。後は巡洋戦艦『オーストラリア』が、巡洋艦を相手にするならば、何とかというレベルか。
カノは、巡洋戦艦『インディファティガブル』の轟沈したユトランド海戦について知らないが、そんな彼でも、この艦が戦艦と殴り合うのは自殺行為であることくらいは理解していた。
「だが最大の問題は、やはり敵に空母が複数あることだ」
水上機母艦の『アルバトロス』の艦載機であるスーパーマリン シーガルは複葉飛行艇であり、役割は観測機もしくは索敵機である。当然、制空戦闘ができる機体ではなく、仮にムンドゥス帝国製のヴォンヴィクスやエントマ戦闘機だったとしても、敵空母の艦載機の数の前では多勢に無勢だった。
――こんなことは皆の前では言えないが、理想は、敵がさっさと転移で引き上げることだ。
航空攻撃を受けた場合、この巡洋戦艦は、おそらく大きな打撃を受ける。所詮は、攻撃力が高いだけの巡洋艦であり、しかも攻撃に脆いのだ。
それを口に出さず、カノは告げた。
「敵がこちらを見つけたなら、十中八九、空襲をかけてくる。対空監視を厳とせよ」
ニュージーランド警戒艦隊は進む。
しかし、対空・対水上レーダーが敵を捉えることはなかった。先制攻撃は、海中から向かってきたのだ。
先頭を行く駆逐艦が突然、水柱を上げて、顔面をぶん殴られたようによろめき、沈みだした。
「雷撃! 敵潜水艦の雷撃の模様!」
見張り員の報告に、カノはとっさに歯を噛みしめた。
敵潜水艦がうろついていた。しかも雷撃されたということは、おそらく近くにいる敵艦隊にも、こちらの存在が通報されている可能性が高い。
「駆逐艦戦隊、対潜行動を開始せよ」
「敵潜水艦、高速で離脱中――」
「今ので、敵は航空機を飛ばしてくるぞ。対空戦闘、用意。いつでも撃てるようにしておけ」
カノは指示を出す。しかし結果から言えば、空から日本軍が攻めてくることはなかった。