第五九五話、神明とインガソル
順番で言えば、まずは古賀大将ではないか――ロイヤル・E・インガソル大西洋艦隊司令長官と面談している神明は思う。
転移ゲート輸送部隊の指揮官だったというだけで、あれよあれよという間に連れてこられてしまった。
――まあ、大体のところは転移や、日本海軍が使っている魔法技術について、探りを入れるつもりなのだろう。
神明はそう見当をつける。
米軍側からしたら、太平洋からカリブ海へ移動する術を含めて、日本海軍は他の国にはない技術を持っている変な組織のように見えているだろう。
外交を通して技術や情報交換がセオリーだが、情報を獲得するなら、軍人同士の交流にかこつけて、スパイするなどという手もあるにはある。
インガソル大将は、まずは日本軍の健闘を賞賛し、同盟国として異世界人との戦いを共に戦おうと言った。より緊密な連携をとっていこうとも。
ちなみに、重爆撃機で輸送した転移ゲートの部品も、無事に届いたそうだ。
「――正直に言って、我が大西洋艦隊は、先のバックヤード作戦での損害が大きい。今回の転移ゲートが本格稼働しても、いましばらく君たち日本軍にカリブ海の制海権確保に協力してもらうことになると思う」
神明の立場では、はい、とかそうですね、としかいいようがない。艦隊指揮官でもなければ、政治的に発言する立場でもないのだから。
「それで、君たちが運んでくれた転移ゲートについてなのだが――」
ほらきた、と神明は思った。転移技術の話題。まずインガソルは、今回輸送してきたゲートの仕組みなどについて質問してきた。
それは技術者に問うものであるのだが、神明は専門家であるから答えることはできる。魔技研の職員に代わって、相手が専門家でもなければ理解の難しい細かなところまで説明できるが――知ってて敢えて濁すのである。
「この転移ゲートも、異世界人から鹵獲したものを参考にしていますから、彼らの技術ですね」
アメリカに提供する転移技術については、おそらく異世界人が使っているものと同じか、それに類似しているから、嘘というわけでもない。
そして神明は逆に質問した。
「よろしいでしょうか、閣下?」
「何だろうか?」
「異世界人の技術といえば、米軍でも研究はされているように見受けますが、どうなのでしょうか? もう彼らの機関を活用されているようですが」
「おや、どうしてそう思われたかな?」
すっとぼけられておられる――否定はしなかった。カマをかけたと思われないよう、指摘しておく。
「先ほどここに来るまでに、とある駆逐艦とすれ違ったのですが、煙突がありませんでした。異世界人の駆逐艦のようだ」
「!」
神明の隣で、足鹿大佐が驚いた。おそらく気づいていなかったのだろう。
「後、敵艦をサルベージした残骸が山になっているのも見ました。沈没艦を回収して調べるのは、どこでもやることですから」
「日本もそうなのかね?」
「例外はないと思います」
「……確かに、回収できるなら拾って調べるだろうな。どこの国も、例外なく。異世界人の技術は、我々地球人類より優れている点も少なくない」
そう、機会があれば、米海軍は沈没した日本海軍の艦艇もサルベージするだろう。日本海軍が、沈没した米艦艇を回収、再利用しているように。
「なるほどな。……そちらの方でも互いに協力できる部分があるかもしれない」
インガソルは口元を緩めた。
「我々は、日本海軍に転移ゲートを提供してもらった。こちらは資源や物資、兵器を提供しているが、それ以外にもゲートの価値に見合う何かをお返しできるかもしれない」
そちらは今後の軍同士の交渉次第ではある。少なくともここで本決まりになることではない。
これ以上、技術面で突っ込まれると面倒なので、神明は話を切り替えることにした。向こうは異世界技術のことで日本がどの程度有しているのか探りを入れたいのだろうが、匂わせでも今後の交渉にも影響が出かねない要素だから、余計にである。
「閣下、大西洋とカリブ海で、敵の潜水艦が大量に入り込んでいる件について、よろしいでしょうか?」
転移ゲートをアメリカに渡したが、それが稼働しても古賀艦隊がしばし、カリブ海にいることになる。日本海軍としては、できれば早々に内地に帰還したいところだから、先行きについて、こちらが切り出しても自然である。
「うむ、日本海軍には、我が南米上陸部隊の通商路保護に尽力してもらっている。我々としても、裏庭を敵の跳梁を苦々しく思っている」
米軍としても、異世界帝国との開戦の前後で、ナチスドイツのUボート群に悩まされた英国の支援や技術交換で、対潜戦闘のノウハウは獲得している。しかし自慢の対潜部隊は、敵の大潜水艦隊の数の暴力に痛い目に遭っていた。
「――今回の敵の潜水艦の大量投入ですが、近場に敵の拠点なり補給部隊が潜んでいると個人的には推測しております」
神明は告げた。
「いくら潜水艦の航続力があろうと、一度に多数の艦を投入する戦術上、いちいち南米や欧州へ戻るのは、インターバルが長く、非効率的です」
「もっともな意見だ。敵は、我が本土と南米の通商路を破壊したいわけで、潜水艦の本来の用途を考えれば、常に我が通商路を脅かせる状態であるのが望ましい。通商破壊に空白期間を作るのはナンセンスだ」
海図を前に、インガソルは彼の参謀たちと神明の指摘に耳を傾ける。だが――
「我が方も、盛んに哨戒機を出して索敵をしているが、今のところ、敵の大潜水艦隊を賄うだろう規模の補給部隊などは、確認されていない」
見つけていれば、そもそも放置しておかない。
「ちなみにその索敵範囲とは?」
神明が確認すると、大西洋艦隊司令部参謀がおおよその索敵範囲を地図上を指し示した。細かな数字は省略したが、それはともかく、神明の目にそれが留まる。
「ここ。バミューダ諸島は、米軍はいないのですか?」
そこを拠点にすれば、大西洋の索敵範囲を広げられる。前哨拠点に打ってつけだが。
「そこはイギリス領でね、我々だけではどうにもならない」
インガソルは告げた。
「英国とも協議はしているが、以前に敵の大西洋艦隊に叩かれてから、ほぼ放置状態だ。一応、敵が上陸して前哨拠点にされては面倒だから、ほぼ毎日偵察機を飛ばしているが、上陸した様子も敵艦の姿も確認されていない」
「島は現在、無人ですか?」
「そうなる。……何か気になるかね?」
「気になると言えば……気になりますね」
米軍は知っているかはわからないが、敵も遮蔽技術で姿を隠すことができる。補給面を考えれば、カリブ海方面はともかく、アメリカ東海岸やフロリダ海峡辺りに潜伏する敵潜水艦部隊にとっては、バミューダ諸島を補給地点に選んでも不思議はない。
「我が日本艦隊は、近く、敵の補給拠点がないか、大規模な索敵を行う予定があります」
神明は、嘘を口にした。
「こちらもバミューダ諸島周辺に偵察機を飛ばしますが、よろしいですか?」
「我々の索敵が信用できない、と?」
「いいえ。これはまだ確実な情報ではないのですが、敵は目視を躱す、いわゆる透明化装備を使っているという噂がありまして……。肉眼だけでなく、様々な方法で調査する必要があると思います」