第五九一話、異世界帝国、群狼戦術!
転移ゲート輸送部隊は、キューバとハイチの間を通過。タークス諸島、カイコス諸島の中間を突っ切った。
このタークス・カイコス諸島は西インド諸島に属するイギリスの海外領土である。バハマ諸島の南におよそ40キロ。石灰岩でできた島が40ほどある。
「本当に島だらけですなぁ」
『龍驤』の艦長、足鹿大佐は半ば呆れを口にする。
「美しい珊瑚礁に、綺麗な海。しかし潜むは敵の潜水艦と」
「敵も、この海では姿を潜めるのも難しいだろう」
司令の神明少将が艦橋から双眼鏡で見回す。足鹿も双眼鏡を持つ。
「ですな。特にイギリスの一部の潜水艦は潜望鏡深度だと、艦首の形状から水しぶきが出て、目立つとか何とか」
「T級前期型――トライトン級だな。あの肥大化した団子鼻は独特ではある」
「確かに」
足鹿は同意した。
「しかし、やはり敵が集まってきているようですな」
「フロリダ海峡を抜けて、メキシコ湾へ行こうと機会を窺っていた敵潜も、こちらに来ている様子もある。米軍も対潜警戒に出突っ張りのようだがな」
「……敵に通報されましたかね、これは」
「だろうな。おそらく遮蔽装置付きの偵察機か何かが飛んで、船団が通れば通報するようなっていたんだろう」
転移ゲート輸送部隊は、遠方にいるうちに敵潜水艦の発見報告が相次いでいた。ご丁寧にこちらの予想針路上に集まってきているから、敵の偵察機が密かにこちらを通報したというのは、間違いではなさそうである。
「こちらは輸送艦が1隻だけなんですがねぇ」
船団ではないのに、どうしてこう敵潜水艦が群がってくるのか。足鹿は眉をひそめる。
「こちらが何を運んでいるか、まさか連中が知っているとか……?」
「どこかで暗号が漏れたとか? 単に対潜警戒部隊だと思われたから、それを叩こうという敵の戦略かもしれない」
確かに敵が転移ゲートを運んでいるとしれば、阻止にかかるのは自然だ。しかし神明は、ここ最近の大西洋とカリブ海での敵の動きを見て、輸送部隊攻撃の邪魔になる対潜警戒部隊を真っ先に沈めようとする意図を感じていた。
輸送艦1隻のほか、軽巡1、護衛艦6、軽空母1……。敵には、対潜警戒部隊に見えるだろう。
「艦長、警戒機は絶やさないように。敵潜にとっては、航空機が張り付いている下では、潜望鏡すら上げたくないからな」
よく晴れた空。海の綺麗なタークス・カイコス島の周りの海域では、潜望鏡深度の潜水艦もシルエットが浮かんで見える可能性もあった。
そもそも高性能な索敵装備の前では、海面からわずかに出す潜望鏡ですら、レーダーで捉えられる危険性もあるのだ。潜水艦側も、決して楽ではない。
対潜誘導魚雷――アメリカからレンドリースで手に入れたMK24機雷を積んだ九七式艦攻が、『龍驤』の飛行甲板を蹴って飛び上がる。
「日本にも専門の対潜機が必要だな」
「海軍では、作ってませんでしたっけ。確か、十七試哨戒機という沿岸哨戒機」
足鹿が思い出したように言う。神明は苦笑した。
「空母では使えない。どうせなら遮蔽装置がついていて、垂直離着陸が可能な『虚空』を対潜警戒機に改造した方がマシかもしれない」
無い物ねだりだが――と、神明は艦橋の真上を通過する九七式艦攻を見送った。
さて、どれくらいの敵がやってくるだろうか。
・ ・ ・
本当に敵の偵察機がいるかもしれない、と神明は思った。
あるいは、海域に敵の見張り用のブイなどが敷設されていたのかもしれない。
血に飢えた鮫の如く、敵の潜水艦は転移ゲート輸送部隊のもとに集まってきた。
対潜警戒の九七式艦上攻撃機が上空から、浅海にいる敵潜水艦を見つけると、低高度に降りて、逃げる敵潜にMK24機雷こと対潜誘導魚雷を投下する。
入れ替わり立ち代わり艦攻が敵潜狩りに活動したが、次第にそれでは対応しきれなくなる。
マ-1号潜水艦も敵潜の前路掃討を行っているが、右から左からと敵は現れる。
「駆逐艦『柳』、右舷方向の敵に短魚雷を発射!」
「10時方向に雷跡4! 駆逐艦『椿』、海防艦『小浜』、対魚雷防御開始!」
連続する報告。九頭竜丸の後ろを行く『龍驤』の足鹿艦長も指示を出す。
「高角砲、敵の魚雷に備え、待機。いつでも撃てるように気を引き締めろ」
対空砲弾である一式障壁弾は、防御膜を展開して、敵機を阻む光の壁となる。これを応用し、海中の魚雷に対しても障壁をぶつけて止める――対魚雷防御として活用される。
故に、敵潜水艦に雷撃をされたとしても、回避以外に迎撃するという選択肢が生まれていた。
こちらの駆逐艦と海防艦は、爆雷に代わり、対潜魚雷を搭載している。そのため、敵潜発見からの迎撃が早い。
それまでの敵潜水艦の真上まで向かい、そこから爆雷の雨を降らす。しかしこの戦い方では、移動と攻撃に時間がかかっていた。
だが対潜誘導魚雷ならば、艦隊の位置をほとんど変えずに反撃も可能できる。そしてマ式誘導であれば、撃てばほぼ必中。撃沈までの時間も恐ろしく短いのだ。
「想像していたより、ずっと多いですな」
「さすがに護衛の対潜魚雷がなくなる、とまではいかないと思いたいが」
神明が想定していたより、遥かに多い敵潜水艦の発見とその迎撃に思案する。
――本当に、こちらの積み荷をわかって集まってきたのか? それとも、メキシコ湾で何かしら作戦のための移動する連中と、不運にもぶつかってしまったか。
後者であれば、実に不運な遭遇戦である。しかし、神明は考えるのをやめた。敵の思惑など、いくら考えても確証は得られない。今は、立ち塞がる敵潜水艦を返り討ちにし、ノーフォークへ向かうことに注力しなくてはならない。
「ドイツもアメリカも、群狼戦術を用いていたというが、聞いていた数より多いな」
結局、ゲート輸送部隊がタークス・カイコス諸島を抜けるまでに、40隻もの敵潜水艦を撃沈。護衛艦の対潜魚雷も半分以下にまで消耗した。『龍驤』の航空支援、マ-1号潜の援護がなければ、部隊は対潜魚雷を使い切っていた可能性もあった。
輸送部隊の艦艇には被害はない。敵と同等かそれ以上の武器があったこと、そして雷撃を防ぐ障壁弾という防御があったお陰である。
特に障壁弾がなければ、おそらく護衛艦の半分はやられていたかもしれないし、下手すれば防御障壁を張った『龍驤』で、輸送艦の盾を務める羽目になっていた可能性もあった。
ここから北上し、ノーフォークに辿り着くまで、どれだけの敵潜水艦が潜んでいるのか。島はほとんどなくなるが、敵潜水艦がいないという保証はどこにもない。
神明は、前方哨戒に一九一航空隊の二式艦上攻撃機を出し、さらに彩雲艦上偵察機で、敵潜水艦隊の補給部隊ないし拠点の捜索を命じた。
これまでのところ彩雲隊は、広すぎる索敵範囲もあって目当てのものを見つけられずにいるが、だからと言って探さない理由はなかった。
ゲート輸送部隊は、高速輸送艦に合わせつつ、速度を18ノットに上げて、大西洋を進むのだった。




