第五八九話、アンティル諸島のサメ退治
古賀 峯一大将率いるカリブ海・大西洋警戒部隊は、カリブ海の対潜活動に励んでいた。
米大西洋艦隊の対潜部隊が、異世界帝国の大潜水艦隊に返り討ちにあったことで、潜水艦を狩る戦力が不足しているため、南米侵攻作戦の支援も兼ねて、敵潜水艦隊撃滅のために動いているのだ。
第六艦隊の第二、第十一、第十七潜水戦隊が、海上、海中問わず誘導魚雷を用いて、カリブ海に侵入した敵潜水艦を撃沈。
日本海軍のマ式ソナーに見つかれば、水中速度一桁の潜水艦に、水中速度20ノット以上の日本のマ式高速潜水艦から逃れる術はなかった。
ただ、異世界帝国の順正潜水艦の場合は、水中速度も二桁は出るため、状況によっては追いつくのに時間がかかる場合もあったが、ドイツやイギリスから鹵獲した潜水艦ばかりだったから、日本海軍の潜水艦狩りは順調に進んでいた。
カリブ海・大西洋警戒部隊の旗艦、航空戦艦『出雲』。古賀長官のもとに、第六艦隊からの報告が届く。
「――グレナディーン諸島周辺に潜んでいた敵潜水艦は、ほぼ撃滅しました。水中聴音ブイをばらまきましたが……正直、気休めにでもなればいいのですが」
原 鼎三参謀長は眉をひそめた。
「なにせ、ここだけで600近い島があるとか」
小アンティル諸島南部を構成するグレナディーン諸島である。ここより南は南米大陸である。南米方面からやってくる敵潜水艦が、もっとも通過する率が高い海域ではあるが――
「敵は、小アンティル諸島の至るところから侵入を図っている」
古賀もまた険しい顔である。グレナディーン諸島を含む、さらに北をウインドワード諸島といい、さらに北はリーワード諸島があって、これらをまとめて小アンティル諸島となる。これらも島が多く、潜水艦が通るに充分と言える。
「米軍の支援で潜水艦狩りをやっていますが、やはり敵潜の数を考えれば、全てを警戒するのは難しいですな」
「しかし、補給を終えた敵の潜水艦隊は、また大挙してやってくるだろう」
第六艦隊司令長官の三輪中将も、それを予言した。熟練の潜水艦乗りである彼が言うのだから、異世界帝国の潜水艦部隊はまた300隻やそれ以上を伴って戻ってくるに違いない。
それでなくても、すでに敵潜水艦60隻以上を、日本海軍は撃沈している。
「第六艦隊は、引き続き敵潜狩りを行うとのことです」
原は報告した。
「現在展開中の三個潜水戦隊は、補給のために後退。新たに第三、第十四潜水戦隊が引き継ぎします」
「ふむ……」
古賀の表情は晴れない。むしろ、先行きの不透明感、いや敵潜水艦隊主力が現れた時、果たして対抗しきれるのか、不安が先行した。
「せめて増援を得られないなら、対潜魚雷の補充だけは万全な状態に保たなくてはな」
現在の日本艦艇の大半は、45センチ対潜誘導魚雷を装備し、使用している。旧来の爆雷は、よほどの旧式艦や小型艦艇くらいしかなく、今予想される数百の潜水艦を相手にした場合、魚雷不足に陥るのは容易に想像できた。
「あとは、主力が戻ってくる前に、できるだけ敵の数を減らしておきたいものです」
高田 利種首席参謀は発言した。
「一度に相手にする数を減らしておくだけでも、戦場での弾切れの率を減らすことができるでしょうから」
「地道に一歩ずつ、だな」
古賀はもっともだと頷くのだった。
・ ・ ・
カリブ海の東で、古賀艦隊が小アンティル諸島で対潜活動をしている頃、大アンティル諸島の中央を、ゲート輸送部隊が通過しようとしていた。
ジャマイカ島の東を抜け、キューバとハイチの間の海峡へと差し掛かっている。
米軍の対潜警戒と思われる飛行艇を何度か電探が捉えており、さすがに日本の転移ゲート輸送部隊の無事なる通過のため、彼らも神経を尖らせて警戒しているようだった。
「まあ、頑張ってはいるのは認める」
旗艦である空母『龍驤』から、神明少将は呟く。艦長の足鹿大佐は口元を緩めた。
「あちらさんは、我々が通過する前に潜んでいた敵潜を3隻ほど沈めたと、報告を寄越してきましたが……」
我々が掃除したから安心して進んでくれ、という意味も込められていたのだろう。だが神明は肩をすくめる。
「こちらの索敵だと、まだ10隻ほど潜んでいる」
敵潜水艦も逆探や対空レーダーで、カタリナ飛行艇の接近に気づき、海に潜って隠れたり、あるいは昼間は海に潜って、夜に海上に出ているパターンで潜伏していたのだろう。
こちらの遮蔽装置付きの二式艦上攻撃機は、そうした敵の警戒に引っかからずに偵察した結果、5隻ほどを新たに発見したと報告してきていた。
「アメリカさんも盛んに警戒機を飛ばしているせいか、我々のような船団なり部隊が通過すると敵に教えているんじゃないでしょうか」
足鹿が言えば、神明はどうかな、と首をかしげた。
「元々このルートは、船団が通る。警戒機が多いのは普通じゃないか」
「ですね。……で、どうしますか? 間もなくこちらも、敵の待ち伏せに飛び込みますが」
複数隻が連動しての群狼戦術。連携して攻撃されれば、護衛艦がいる船団とて、無事では済まない。
「マ号潜に、敵潜への攻撃を指示。我々が通過する前に全滅させればよし。できずとも、数が減っているところを、こちらの護衛艦で掃除する」
ただちに旗艦から、魔力通信で先行しているマ-1号潜水艦に命令が飛んだ。
・ ・ ・
「『龍驤』より通信。敵潜掃討を開始せよ」
おかっぱ頭の通信士の報告に、マ-1号艦長、早見 明子少佐は自身のうなじを指でなぞった。
「了解」
目鼻立ちの整った美人艦長は、背筋を伸ばした。
「対潜戦闘用意。神明閣下からの命令である。各員、奮起せよ」
九頭島の海軍魔法学校の卒業生にして、同期クラスヘッドであった才女でもある。魔技研の技術や装備と関わりも深いこともあり、神明のことも無論知っている。
「閣下……?」
通信士が怪訝な顔になれば、操艦担当を務める東山中尉が振り返った。
「新人、我らが艦長は、神明少将を崇拝しておるのだ」
「崇、拝?」
「上坂ッ! いつまでも学生気分でいるんじゃない。任務中だ」
「もっ、申し訳ありません!」
早見からの叱責に、上坂通信士は通信機に向き直る。なお、マ-1号潜の艦橋には女性しかいない。
「宮川砲雷長、悪いが最初の獲物は私にやらせてもらう」
「了解です、少佐」
早見が、マ-1号潜の攻撃担当の砲雷長から、攻撃権をもらう。潜望鏡を模したモニターが下り、魔法式海中画像が表示される。マ式ソナーによって浮かび上がっている敵潜水艦を捉える。
「艦首魚雷発射管、全門装填。しかるのち一番発射管、注水!」
マ-1号潜水艦は、攻撃態勢に入った。




