第五八八話、狙う者、阻止する者
神明部隊――転移ゲート輸送部隊は、カリブ海を移動中である。航路を確認したのち、マ-1号潜水艦を先頭に、部隊は進む。
肝心の輸送艦『九頭竜丸』を真ん中に起き、前方を軽巡洋艦『鈴鹿』、最後尾を軽空母の『龍驤』がつく。
『鈴鹿』の右に駆逐艦『柳』、左に『椿』。『九頭竜丸』の右は海防艦『島浦』、左を『小浜』が航行し、その後ろ、『龍驤』の左に『橘』、右に『檜』が護衛についている。
『龍驤』艦長の足鹿大佐は、神明に言った。
「アメリカさんが、行き先をノーフォークではなく、ニューオーリンズ辺りにしてくれればよかったのですが」
それならメキシコ湾に入り、米軍のガードが固いから、輸送も護衛も楽になる。
「米軍もゲートはどのみち東海岸に運ぶつもりだからな。それに今頃メキシコ湾も対潜活動で忙しいと思うよ」
「そうなのですか?」
「ニューオーリンズからカリブ海に輸送船の通り道があるからな。異世界帝国からしたら、ここを寸断したいわけで、今頃、フロリダ海峡辺りで、米軍と通る通らないで睨み合っていることだろう」
「しかしそこはアメリカのお膝元ですよ」
「だからだよ。敵がカリブ海で待ち伏せしていると決めつけると、痛い目を見るというのだ」
味方勢力圏に近い場所なら安心、と人は思うものだが、それが油断に繋がり、致命傷になることもある。
「大小アンティル諸島は、君も知ってのとおり、島ばかりだから潜水艦も入り放題だ。もちろん、米軍もカリブ海に展開する我が軍も、敵潜水艦に備えて、侵入口を警戒しているが、それでも抜けてくる」
聞いたところによると、敵は米軍の対潜艦を見かけると即時攻撃を仕掛けてくるのだそうだ。輸送船を狙って、駆逐艦や護衛艦をやり過ごすということはなく、即攻撃し、沈めようとするらしい。
「我が軍がマリアナ諸島で、敵輸送線を叩いた時と同じだ。護衛艦艇も積極的に叩くことで、米軍の大西洋の護衛艦数が減り、カバーできる範囲も狭くなりつつある」
対潜哨戒機が飛んではいるだろうが、それでも見張りきれない。
「つまるところ、我々がどのルートを選ぼうとも、敵潜水艦が待ち伏せているものと想定しておくことだ」
「はっ」
足鹿は頷いた。
とはいえ――神明は思案顔になる。
敵が通商破壊をするに充分な数の潜水艦を投入しているのは間違いないが、効率よくアメリカの輸送船を狙うなら、航空機による偵察情報などがあることが望ましい。
遮蔽装置を使った偵察機が飛んで、カリブ海やメキシコ湾などを偵察しているのではないか。通報によって位置や数が知れれば、潜水艦側も、数を揃えた集団攻撃もやりやすくなる。
本当は、その透明偵察機も探しておきたいところだが、遮蔽を見破れる能力者の数は少なく、簡単には切れない札であった。
『龍驤』から、対潜警戒の二式艦上攻撃機が飛び立つ。それらは針路上にあるジャマイカ島の東海域と、その先にあるウインドワード海峡へと向かう。
ルートが限定されるということは、待ち伏せしやすくなるということだが、当然、守る方も警戒していることは、敵もわかっている。
この二式艦上攻撃機は、遮蔽装置付きの元奇襲攻撃隊仕様。姿を消して索敵することで、偵察機に気づいてさっさと海に潜ろうとする潜水艦の潜航を阻止する。潜水艦乗りは、空をうるさく飛ぶ警戒機を非常に嫌うのだ。
「待ち伏せしやすい場所もだが、その前後や、今のような何もないとこでも敵は潜んでいるかもしれない。くれぐれも警戒は怠らないように」
「はい。……しかし、それではまったく気が休まりませんな」
「対潜水艦戦というものは、そういうものだ」
いつどこで狙っているかわからない潜水艦。それにビクビクしながら、輸送船と護衛部隊は神経を磨り減らしながら航行するのだ。
「だが、それは敵もまた同じことだ」
常に潜っていられるならともかく、現在の潜水艦の大半は『潜ることができる船』である。潜水時に使用するバッテリーを充電する意味でも、大体は海上を航行している。必要な時だけ潜る。可潜艦というレベルであり、その間にレーダーなり哨戒機なりに発見されて、通報されるというのが往々にしてあった。
「アメリカは、ドイツのUボート対策にイギリスとも技術交換を積極的に行っているという。異世界帝国の潜水艦乗りたちも、敵地で心穏やかにクルージングとはいかないということだ」
だが、異世界帝国の潜水技術は高い。地球側の鹵獲潜水艦はともかく、彼らの純粋な潜水艦であれば、本来の意味で潜水艦を保有していてもおかしくはなかった。
「さて、足鹿大佐。第九航空艦隊司令部に機密電だ」
神明は告げた。
「一九一航空隊に長距離偵察を要請」
「はっ。――通信長!」
艦長が司令官の命令を部下に伝えた後、振り向いた。
「ちなみに、偵察航空隊に出動を要請した意図を聞いても?」
「敵は多数の潜水艦を投入している」
神明は艦橋から、カリブ海を望む。
「航続距離の方はともかく、個々の潜水艦が搭載している魚雷本数は限られている。非武装な輸送船なら浮上して砲戦もできるが、護衛艦相手には無理だ」
せいぜい12.7センチ砲か14センチ砲1門しか潜水艦は装備していない。駆逐艦などと水上でまともに殴り合いはできない。
「そして敵がアメリカの補給路を寸断しようとするなら、武器の補給ができる場所が欲しいわけだ。燃料はともかく、航行速度が早いとはいえない潜水艦だ。いちいち基地と往復するだけで、どれだけ時間がかかることか」
「つまり、司令は敵潜水艦の補給を担当する部隊が、比較的近くにいると?」
「カリブ海にはいないだろう。だがアンティル諸島から大西洋に行った先には、敵の補給部隊か、あるいは海氷飛行場のような拠点があるかもしれない」
「海氷の基地、ですか?」
信じられないという顔をする足鹿。神明は口元を緩めた。
「忘れたか? 我が軍の海氷空母や飛行場に使っている氷は、異世界産だ。彼らがそれを利用して移動基地を作っていてもおかしくはない」
事実、ハワイ攻略作戦時、敵は使ってきた。
「しかし、海氷飛行場レベルの巨大なものがあれば、とっくに米軍が発見しているのでは?」
「彼らの大西洋での哨戒範囲を、君は知っているか?」
「いえ……」
「つまりはそういうことだ。米軍の警戒網の外かもしれないし、案外、遮蔽技術を使って哨戒機の目やレーダーを躱しているのかもしれない。ないと思い込むのは危険だ」
それを確かめる意味でも、遮蔽装置付きの長距離偵察機である彩雲で、大西洋を調べるのである。範囲は広いが、航続距離については転移で戻れることも考えれば、かなりの長距離を飛べる。
「さて、カリブ海・大西洋警戒部隊は、今頃何をしているだろうか」
米軍の対潜部隊の損耗に伴い、古賀大将の南米派遣艦隊もまた、カリブ海に侵入する潜水艦狩りに勤しんでいるかもしれない。




