第五八四話、対潜部隊の増援
大西洋艦隊に所属する船団護衛部隊は、壊滅的大打撃を受けた。
第24・2任務部隊が、異世界帝国潜水艦隊を迎撃すべく出撃し、想定を上回る敵潜水艦の大群に襲われ、全滅した。
相手が潜水艦だけで、それを狩りだす専門の対潜部隊が返り討ちにあうということ自体、驚きではあったが、敵は攻撃を緩めなかった。
なんと大西洋を横断し、さらに100隻以上の潜水艦が米東海岸近海に襲来し、軍、民間問わず、無差別雷撃を敢行したのだ。
まさに被害甚大である。
アメリカ東海岸から南米を目指して移動する輸送船団とその護衛艦は叩かれ、残存する艦隊は、米第6艦隊残存艦と、護衛空母5、護衛駆逐艦80、そしてカリブ海にいた日本艦隊だけという有様だった。
カリブ海にて警戒していた日本海軍のカリブ海・大西洋警備艦隊は、同方面唯一の有力艦隊となっていた。
総旗艦『出雲』で、古賀 峯一大将は沈痛な表情を浮かべた。
「米軍の対潜部隊がやられ、さらに東海岸の通商路を、敵にズタズタにされてしまった」
「アメリカとしては、たまったものではありませんな」
原 鼎三参謀長は首肯した。
「我々は、カリブ海にありましたから、第一撃を逃れることができましたが……おそらく、敵の潜水艦隊は、規模は不明なれど、すでにカリブ海に侵入を果たしていると思われます」
「内地からの援軍が来たのはいいが……」
古賀は憂慮する。
「米軍の護衛部隊が足りないようなら、我々にも今以上に協力を要請されるのではないか」
南米侵攻作戦は続けられている。上陸した米軍にとって、補給線の確保、維持は作戦の成否に関わる。
「さらなる増援が必要となりますか」
「こちらも、対潜掃討に動きべきではないでしょうか?」
高田首席参謀が発言した。
「こちらが船団護衛に協力したとて、手が足りるとも思えません。米軍の対潜部隊がやられたように、数の暴力で攻められればこちらも危ういでしょう。より積極的に対潜掃討すべきです」
「その戦力は?」
「第六艦隊に任せます。我が軍の潜水艦は魔力式ソナーと、誘導魚雷を持っておりますから、海中の敵潜への攻撃が可能です」
「潜水艦には潜水艦、か」
原が腕を組んだ。
「確かに防戦では、こちらの戦力が足りません。首席参謀の言う通り、こちらから敵の数を減らすように動きませんと、埒が明かないと思われます」
「第六艦隊の三輪中将とも話し合うべきだろうな」
守勢に回るよりも、攻勢に出るべき――その意見に古賀は慎重ではあったが、他に手がないようにも思えた。
敵は海に隠れ、不意打ちを仕掛けてくる潜水艦だ。待つだけでは、敵にイニシアティブを委ねるようなものだ。
手持ちの戦力を考えても、受け身ではジリ貧となろう。
「そういえば、潜水機能を持つ艦艇の対潜能力はどの程度のものになるだろうか?」
原が問うた。あまりに多数の敵潜水艦が想定されるから、使えるものがないかと言った風だ。
太平洋にある第八戦隊の石見型戦艦や、第十三戦隊の道後型大型巡洋艦は潜水機能持ちである。さらに第六艦隊に加わっている戦艦『諏訪』もそうだし、第五水雷戦隊の追加戦力である潜水型駆逐艦も7隻があった。
「戦艦『諏訪』、あと潜水駆逐艦は、潜水艦同様、海中でも交戦は可能です」
高田は答えた。
「しかし、他の潜水機能持ちは、対潜魚雷を装備していますが、あくまで自衛用の範疇ですから、敢えて潜水艦狩りに投入するのは費用対効果の面でお勧めできません」
わざわざ潜水できる戦艦を使わずとも、海防艦などより劣るなら、もったいないということだ。
「いざとなれば、やってやれなくはないがな」
古賀は言った。第一〇艦隊で、潜水機能付きの艦隊を率いていた彼は、多少現在の艦艇の対潜能力については理解している。
「どうしたものか……」
ポツリと、古賀は呟いた。
水上艦同士の戦いならば、現有戦力でもそれなりの自信はあるが、おそらく300隻近く存在するであろう潜水艦の集団運用には、基地の航空隊や、より専門の対潜部隊が必要だろう。
・ ・ ・
内地からきた増援は、軽巡洋艦『五十鈴』を旗艦とした第三護衛隊である。
回収した欧米各国の駆逐艦を海防艦として回収し、運用している部隊であり、かつて日本軍によるカルカッタ上陸作戦の際に、インド洋の敵潜水艦を片っ端から撃沈していった歴戦の部隊である。
○第三護衛隊 :旗艦、軽巡洋艦『五十鈴』
第107戦隊:『天草』『満珠』『干珠』『笠戸』『御蔵』『三宅』
第108戦隊:『淡路』『能美』『倉橋』『屋代』『千振』『草垣』
第109戦隊:『日振』『大東』「昭南」『久米』『生名』『四阪』
以前は、三個戦隊12隻の編成だったが、今では一個戦隊が4隻から6隻に増えたことで、三個戦隊18隻の海防艦が所属する。
この鹵獲改修海防艦は、元駆逐艦ということもあって、日本海軍の純粋な海防艦や米国の護衛駆逐艦よりも快速の30ノット以上の速力を誇っている。
護衛としては、輸送船が低速故、そこまでの速力は不要であるが、これがひとたび追跡となると、恐るべき猟犬と化す。
しかし戦力としては頼もしいが、米大西洋艦隊とその護衛艦隊が弱体化している今、些か数が不足しているという他なかった。
カリブ海・大西洋警備艦隊に第六艦隊が合流し、旗艦『出雲』に、第六艦隊司令長官の三輪中将が訪れる。
古賀から、敵潜水艦隊について意見を求められ、ベテランの潜水艦乗りである三輪は答えた。
「敵が先の攻撃を仕掛けた潜水艦で全てというなら、しばらく敵の攻撃はないでしょう」
何故ならば、個々の潜水艦が搭載している魚雷の本数には限りがあるからだ。
「米軍の対潜部隊を全滅させたともなると、それこそ大量に魚雷を使ったでしょうから。これを補給しないことには、次の艦隊を襲撃するのは難しいと思います。……ただ」
「ただ?」
「敵が――300近くですか、それ以上に潜水艦を投入していた場合、カリブ海にいるこの艦隊も危ないと思われます」
「これまでの300以上の他に、まだ敵の潜水艦隊がいるというのか?」
すでに、あり得ない数の潜水艦の集団運用を見せられている。それ以上の数がいるとは思えない、いや想定していなかった古賀であるが、三輪は厳しい顔で告げた。
「異世界人も、米軍の護衛能力が落ちている隙をつかない手はないと思います。潜水艦を大量に運用できるというのであれば、私ならこの隙をついて、さらに複数の潜水艦を敵地へ潜入させますよ」