第五八三話、ハンターキラー
米大西洋艦隊所属の対潜部隊は、攻撃機の航続距離内に敵潜水艦隊を捉えると、ただちに攻撃隊を発艦させた。
ボーグ級護衛空母から、重量機であるTBFアヴェンジャー雷撃機がカタパルトに打ち出される。
さらに異世界帝国の潜水型空母が存在している可能性を考慮し、戦闘機の護衛をつけた。
戦闘機72機、雷撃機108機の合計180機は、敵潜水艦隊へ向かっていった。
飛行することしばし、攻撃隊は、100隻以上の敵潜水艦隊を目視した。そして異世界帝国潜水艦隊も、米攻撃隊の接近を発見し、潜行を開始した。
大量の潜水艦が前から次々に連続して波間に消えていく姿は、ある種のショーのようであり壮観だった。
上空に敵戦闘機の姿はなし。ただちにアヴェンジャー雷撃機は高度を落とし、敵潜水艦が潜った先へと接近する。
そして爆弾倉を開き、積んできたMK24機雷を投下した。
この兵器は、アメリカ軍が開発した対潜『魚雷』である。名称は機雷となっているが、これは防諜上の理由だ。日本海軍が、大和型の主砲を対外的に40センチ砲と発表していると同じである。
MK24は、航空機から投下して用いる音響追尾する誘導魚雷だ。これらは海中に投下後、指定の深度までいくと、ぐるぐると周回して敵潜水艦を探す。搭載された水中聴音機が音響探知に成功すると、そちらへホーミングするという兵器である。
速度は12ノットで10分ほど走ることが可能だ。当時の通常動力型潜水艦の水中速力では逃げるのは困難である。
より新式のマ式であれば、振り切ることは可能だが、幸い、異世界帝国潜水艦隊を構成しているのは、鹵獲したUボート群であり、MK24に捕捉されたら最後、損傷ないし撃沈に追い込まれた。
「今日は大漁だ」
アヴェンジャー雷撃機のコクピットから、海上に噴き上がった泡、潜水艦のものと思われる残骸や油が浮かび上がるのが見える。
単艦で行動する潜水艦が、100隻以上も寄り集まれば、一種のお祭り騒ぎになるのは必然であったかもしれない。
パイロットたちにとっては気楽なものだった。潜行する敵潜水艦は、飛行する航空機への攻撃手段を持たない。
海上に浮上すれば、対空機銃を振り向けることもできるだろうが、1丁か2丁程度の機銃がそう簡単に当たるものでもない。
「しかし、100隻もいると、全部沈めきれるかな?」
「中尉、雷撃機の数も100を超えていますよ」
「一発必中ならな。だが世の中、そう都合よくいかないものさ」
当たっても、損傷だけで終わってしまう場合もある。当たり所については、航空機からではわからなかった。
・ ・ ・
その頃、アメリカ大西洋艦隊対潜部隊は、想定外の事態に陥っていた。
『艦隊に向かって多数の魚雷が接近! なんだ、この航走本数は……!』
上空警戒のアヴェンジャー雷撃機からの報告が、対潜部隊旗艦である護衛空母『コルドヴァ』に届いた。
「多数の魚雷だと!? 馬鹿な! 敵はまだ先のはずだぞ?」
対潜部隊司令官――第24・2任務部隊のD・ホーキンズ中将は声を荒らげる。そして攻撃は、一方向だけではなかった。
左右から挟撃するように放たれた魚雷に、護衛駆逐艦は回避しようと変針するが、片方から200本。もう片方からも同様に200本近くの魚雷が波のように押し寄せた。
回避の余裕もなく、基準排水量1100トンほどのエヴァーツ護衛駆逐艦が次々に魚雷に刺されて爆沈、あるいは船体を割られた。
外周を突破した魚雷は、そのまま真っ直ぐ走り続け、内周の護衛艦や護衛空母にも回避を強いる。
圧倒的な魚雷の波。多数の潜水艦による一斉魚雷。米対潜部隊の予想針路上にばらまかれた魚雷のカーペットは、不運なアメリカ艦艇を捕まえ、水柱と共に海中へと引きずり込む。
「『セント・ジョージ』被雷!」
「『パイバス』爆沈!」
僚艦であるボーグ級護衛空母が、魚雷の餌食となる。建造中のC3型貨物船――リバティ船をベースに作られた船体は補強されていたが、当たり所が悪ければこんなものであった。
護衛駆逐艦なども轟沈せずとも、一本の魚雷で戦闘不能ないし、船体分断など致命的ダメージを受けた。
『敵は多数の潜水艦の模様! 数は不明!』
「残存する護衛駆逐艦は、対潜機動を開始! 逆襲の時間だ! 駆逐艦と潜水艦の関係を、敵に思い出させてやる!」
難を逃れた『コルドヴァ』のホーキンズ中将は怒鳴った。
潜水艦は奇襲兵器だが、一度その存在が明らかになってしまえば、後はより高速の水上艦に追い回され、撃沈される運命だ。
敵潜水艦は、異世界帝国製ならば水中速度は15ノット前後と高速だが、鹵獲潜水艦ならば10ノットもいかない。護衛駆逐艦のエヴァーツ級は、最高速度21ノットを発揮できるから、追いつくことも可能だ。
残存する駆逐艦は、およそ30隻と初撃の雷撃で半減してしまった。だが、まだ半分残っているのだ。
多数の潜水艦といえど、先に発見されていた100隻以上の潜水艦隊よりは少ないだろうと、ホーキンズは思っていた。
だが、その想定は外れる。
潜水艦狩りに急行した護衛駆逐艦は、正面や左右から放たれる魚雷によって絡め取られ、次々と返り討ちにあったのだ。
護衛駆逐艦には、通常の爆雷の他、対潜兵器であるヘッジホッグ――多弾散布型の対潜迫撃砲を装備している。これは敵潜水艦の真上まで移動しなくても、離れた位置から攻撃できる代物だが、その射程はおよそ200メートルから260メートル。反撃する潜水艦に比べれば、遥かに短い。
一対一の戦いならまだしも、多数の潜水艦が、それもきっちり反撃する態勢で待ち構えていれば、潜水艦は狩られるだけの存在ではなくなる。
異世界帝国の潜水艦は、向かってくる護衛駆逐艦に積極的に魚雷を使用し、これを撃沈していった。
「提督! 敵潜水艦は、左右に30から40はいると思われます!」
「馬鹿な……。そんなに大量の潜水艦が」
ホーキンズは歯噛みする。
すでに別に100隻を超える潜水艦隊が確認されている。しかもそれは序の口。もっと多くの敵潜水艦が行動していた。報告が確かなら160から180の潜水艦が動いていることになる。
「何故、ここまでそれらが発見できなかったのだ……!?」
潜水艦は、あくまで潜ることができる船であり、水上ではディーゼル、水中ではバッテリーで航行する。そして水中では速度も出ないし航続距離も短い。だから通常航行は、他の水上艦艇と同様、海上を移動するのだ。
故に、多くの潜水艦が同時に行動すれば、哨戒機などに発見されやすくなる。それを掻い潜ってここまで潜入するなど、不可能なのではないか?
――いや、それは地球製の潜水艦の話で、奴らの特殊な機関であれば、長時間の潜行も可能か!
100隻の鹵獲潜水艦群によって、思い込みに囚われていただけはないか。ホーキンズは悔やんだが、もはや手遅れだった。
護衛駆逐艦をあらかた片付けた敵潜水艦群は、残る護衛空母にも牙を剥いた。
第24・2任務部隊は、対潜部隊でありながら潜水艦隊によって壊滅させられたのであった。