第五七八話、カリブ海の覇者
米船団攻撃に向かったカリブ海艦隊別動隊が、古賀大将の直率部隊によって返り討ちにあっている頃、モリンスィ中将が指揮していた本隊の方もまた戦闘は続いていた。
米重巡洋艦2、軽巡洋艦7に対して、異世界帝国側重巡洋艦5、軽巡洋艦10。
米重巡『クインシー』は新鋭のボルチモア級、『ヴィンセンス』はニュー・オーリンズ級で、排水量で4000トン近く差があるが、主砲は55口径20.3センチ三連装砲3基9門。そして『ヴィンセンス』の砲は、スーパーヘビーシェル――超重量弾に対応できるよう新型砲に換装している。
対する異世界帝国プラクス級Ⅰ型重巡洋艦は、高い艦橋と、五基の20.3センチ連装砲を中心線上に並べ、戦艦のようなシルエットだ。攻撃面は米重巡より1門多い程度だが、防御面で完全8インチ砲弾対応となっており、ボルチモア級並か、それ以上に頑丈な艦だ。
一方の軽巡洋艦は、米軍が開戦後に就役した主力軽巡のクリーブランド級で統一されており、47口径15.2センチ三連装砲四基十二門を持つ。
対するメテオーラⅡ級は、15.2センチ連装砲四基八門と、完全に砲撃戦に強いクリーブランド級に火力で劣っている。
7対10でも、7である米側のほうが若干、砲門数で上回っていた。
双方の砲撃は熾烈を極め、軽巡同士はほぼ互角。重巡の方は、数が多い分、異世界帝国側が有利に戦いを進めた。
米側は2隻の重巡洋艦が押し込まれれば、余裕のできた艦が、軽巡戦隊への加勢に入り、結局は不利になる。
だがそこへ、カリブ海艦隊の戦艦群を叩いた日本海軍が参戦した。
基準排水量2万8500トン、全長198メートルの大型巡洋艦『道後』『高見』『霊山』『迫間』は、真っ先に、敵プラクス級重巡洋艦を狙った。
イタリアの旧式戦艦は、開戦前に近代化改装で速力を強化されたが、回収した日本海軍は、主砲を32センチ砲から30.5センチ砲にサイズダウンさせて、機関をマ式に換装、潜水可能型大型巡洋艦とした。
機関出力16万馬力、33ノットに引き上げられた高速力をもって、敵巡洋艦へ突撃、かつての戦艦級主砲であった30.5センチ砲を叩き込んだ。
対重巡洋艦装甲のプラクス級も、30.5センチ砲弾の直撃には耐えきれず、一撃でその戦闘力乃至航行能力を削られた。それが数発も当たれば、重要区画を破壊して、爆沈、または沈没していった。
日本海軍の加勢により、一度は追い込まれていた重巡洋艦同士の戦いは、米軍側に傾いた。
そして重巡の支援に頼れなくなったメテオーラⅡ級軽巡戦隊も、クリーブランド級の速射主砲にやがて押し込まれ、大破、戦闘不能になる艦も相次いだ。
8500トンクラスのメテオーラⅡ級に対して、クリーブランド級は軽巡洋艦ながら、重巡洋艦級の1万1700トンの巨体であり、重巡であるニュー・オーリンズ級と比べても、その装甲は互角か一部では凌駕している部分もあった。
軽巡洋艦同士の砲戦も、米側優勢となれば、残るは駆逐艦同士の戦いだが、こちらは素直に倍の数を有する米軍が、敵を圧倒した。
かくて、カリブ海艦隊本隊は、日本軍の救援を受けた米第6艦隊が、勝利を収めたのであった。
第6艦隊旗艦、戦艦『アイオワ』は、10発以上の敵弾を浴びて、中破同然の被害を受けたが、幸い、弾薬庫や機関などの重要区画への被害はほぼなく、健在であった。
「まさか、本当に日本海軍が駆けつけてくるとは……」
司令長官のアーサー・カーペンダー中将は、アイオワ級のようなスマートなシルエットの日本戦艦の石見型や、道後型大型巡洋艦を見やり、小さく息をついた。
半信半疑、というより、日本軍が間に合うとは、思っていなかった。それはカーペンダーのみならず、第6艦隊将兵のすべてがそうだっただろう。
「彼らが駆けつけてくれなければ、我々はやられていましたな」
砲術参謀の言葉に、カーペンダーは頷いた。
『アイオワ』も被弾したが、残る『ウィスコンシン』『マサチューセッツ』『アラバマ』も相当な被害を出していた。
1隻あたり、敵戦艦2隻の砲撃を受けたのだ。同格の相手のそれを受けて、よくも沈まずに耐えきった。これはアメリカ戦艦の強固さと、ダメージコントロール能力の賜物であろう。
「長官、報告です。船団に向かった敵艦隊も、日本艦隊と航空隊がこれを迎撃。撃滅に成功しました!」
「そうか」
味方からの吉報に、艦橋内が一時沸いた。圧倒的不利な状況を生き残り、あまつさえ、船団も守り通せたのだから彼らが望みえる最高の結果だったと言える。
「どういう魔法を使ったかはわからないが、日本人のおかげで命拾いしたな」
本当に、どうやったら太平洋からカリブ海の端まで、敵地を飛び越えて移動したというのか。わからないが、事実として、第6艦隊は日本艦隊に助けられ、バックヤード作戦失敗の危機は、ひとまず去った。
――そう、バックヤード作戦に、日本を引き入れていなければ、世紀の反撃作戦は失敗に終わっていた。
それはとてもゾッとすることであった。日本海軍がいなければ、第6艦隊はやられ、船団は壊滅。上陸した陸軍歩兵師団は孤立し、反攻の芽はつまれてしまっただろう。
――とはいえ、先行きはまだ明るいとは言えない。
カーペンダーは、口には出さず内に秘める。
上陸した陸軍への補給のため、カリブ海の制海権は確保しなくてはならない。異世界帝国がカリブ海艦隊を増強して攻めてきたところからして、あの手の大艦隊をすぐに繰り出してくる可能性は低いが、潜水艦などによる通商破壊は仕掛けてくるだろう。
幸い、米軍には多数の護衛艦と護衛空母があるから、それらに対抗はできる。
だが大西洋艦隊の戦艦、空母は軒並みドック入りが必要なほど痛めつけられ、いざ戦艦、空母を含む敵艦隊が現れれば、対潜警戒部隊程度など、瞬く間に蹴散らされてしまうに違いない。
「パナマ運河を押さえられれば、太平洋艦隊から援軍を回してもらえるだろうが、また日本海軍に頼るしかないか……」
一人呟くカーペンダーだった。
傷ついた大西洋艦隊は、修理のため後退する。バックヤード作戦はひとまず成功であるが、南米に上陸した陸軍の奮闘も、今後の戦局にかかわってくる。
・ ・ ・
フランクリン・デラノ・ルーズベルトにとって、南米上陸作戦――バックヤード作戦が一応の勝利で終わったことは、喜ばしいことであった。
しかし、報告書を読んだ後の彼の表情は、何とも言えない複雑なものであった。
「また、日本か!」
ルーズベルト大統領は、日本人が嫌いだった。彼の母方の一族が中国で財をなしたこともあり、その母の影響もあって中国贔屓は今なお続いていた。
だから、その嫌いな日本が、バックヤード作戦の勝利に大きく貢献したことが嬉しくなかった。
そしてもう一つ、彼が機嫌を損ねているのは、手塩にかけて面倒をみてきたアメリカ海軍、大西洋艦隊の損害の大きさである。善戦はしたし、その戦いぶりは賞賛に値するが、せめて日本海軍と被害が逆になってくれれば、と心より願わずにはいられなかった。
今年、つまり1944年は、大統領選挙が控えている。一度は本土に攻め込まれたものの、それを押し返し、今や南米に逆襲に出るところまでこぎつけた。
楽な道ではなかったが、ここまで合衆国を守ってきた大統領としての人気は、四期目の当選を後押しすることになるだろう。
だが理想をいえば、アメリカが圧倒的に強くなくてはならない。国民に、アメリカは強くなって帰ってきたことを証明するためのバックヤード作戦であり、反攻作戦である。
にもかかわらず、日本海軍に、アメリカの裏庭を任せなければならないかもしれないという報告は、ルーズベルトを憂鬱な気分にさせるのだった。
・道後型大型巡洋艦:『道後』
基準排水量:2万8500トン
全長:198メートル
全幅:28.0メートル
出力:マ式16万馬力
速力:33ノット
兵装:50口径30.5センチ三連装砲×3 イ型三連装光線砲×4
55口径12.7センチ連装高角砲×8 20ミリ連装光弾機銃×24
八連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1 対潜短魚雷投下機×2
航空兵装:カタパルト×2 艦載機×2
姉妹艦:「高見」「霊山」「迫間」
その他:イタリア海軍の改装戦艦、コンテ・ディ・カブール級とカイオ・デュイリオ級を異世界帝国から回収し、日本海軍が大型巡洋艦に改装したものの。艦体を延長し、機関を換装、速力が向上した。潜水可能。
 




