第五七七話、カリブ海に轟く砲声
モリンスィ中将のカリブ海艦隊主力が、米第6艦隊と、日本海軍南米派遣艦隊の第八戦隊以下、巡洋艦戦隊の挟撃を受けている頃、米船団を攻撃するべく別動隊が迫っていた。
ヴラフォス級戦艦10隻、重巡洋艦5隻、軽巡洋艦5隻、駆逐艦30隻の艦隊はしかし、アメリカ軍の船団と遭遇する前に、日本軍と遭遇した。
『旗艦級に匹敵する戦艦3、護衛艦5、出現!』
「旗艦級の戦艦だと!?」
別動隊指揮官、ガヴキ少将は目を剥いた。米軍の戦艦は、モリンスィ中将の本隊と交戦しているはずだった。
「船団護衛には、小型艦ばかりだと聞いたが……。それともロートル艦が残っていたか?」
『アメリカ軍ではありません!』
「型を確認しろ!」
見張り所に、怒鳴るように指示を出すガヴキ。先任参謀が口を開いた。
「まさか、日本軍では……」
「ここはカリブ海だぞ。日本軍がいるはずが――」
『識別、日本海軍、ヤマト級戦艦2、シキシマ級1!』
日本海軍――ガヴキらは絶句した。太平洋にいるはずの敵が、何故ここにいるのか。
パナマは、ムンドゥス帝国が押さえている。そもそも型の情報によれば、大和型も敷島型もパナマ運河を通行できる33メートル以上の艦幅があるので、通れないはずだ。
まさに、あり得ない!
「……しかし、目の前に現れたのだ。避けては通れまい」
ガヴキは軍帽を被り直した。
「幸い、敵は護衛を含めて8隻。如何に大型艦といえど、近接集中攻撃で損傷させられるだろう。全速前進だ!」
数の暴力で押し切る。ヴラフォス級は、すでにこの世界の主力戦艦級には性能では及ばない。まして大和型では、巡洋艦が戦艦と戦うようなものだ。
しかし、その巡洋艦にだってやりようがあるように、旧式戦艦でも戦える。
カリブ海艦隊別動隊は、白波を立てて、日本艦隊に突撃を敢行した。
『敵艦、発砲!』
水平線の彼方で、噴煙が巻き起こる。さすがはヤマト級。すでに砲撃射程にあるということだ。
だが――
「遠い。そう簡単に当たるか!」
遠距離砲戦の命中率を考えれば、初弾命中など奇跡の範疇。目を瞑っていても、当たりはしない。
ヤマトといえば、45センチもしくは46センチ砲という地球軍勢力でもトップの主砲を装備している。……実は播磨型戦艦はそれ以上の51センチ砲を装備しているが、ガヴキは知らない。当たれば、ヴラフォス級とてひとたまりもないが、もっと距離を詰めないことには、せっかくの大砲も砲弾の無駄遣いであろう。
『敵弾、間もなく弾着――』
頭上で爆発が起きた。当たった。直撃ないし至近弾としてこの旗艦に命中コースに乗った砲弾が、防御シールドに直撃したのだ。
「バ――」
反射で馬鹿な、と言いかけた時、シールドを貫通した砲弾が、艦体に突き刺さった。それは艦首ベータ砲の天蓋をズボリと大穴を開けて貫き、そして弾薬庫で恐るべき破壊力を発揮した。
次の瞬間、ガヴキら艦橋にいた者を含めて、乗組員たちほぼ全員が吹き飛んだ。先頭を行く旗艦が艦中央より前が瞬時に破裂し、続いて他の弾薬庫にも引火、バラバラにその破片をばらまいた。
・ ・ ・
「敵先頭艦、轟沈!」
見張り員の報告が艦橋に届き、第二戦隊司令官の宇垣 纏中将は「よし」と小さく呟いた。
『大和』『信濃』を擁する第二戦隊は、古賀大将の旗艦『出雲』の前を進んでいる。
その周りには、第五水雷戦隊の軽巡洋艦『名取』と、第五駆逐隊の『朝風』『春風』『松風』『旗風』が護衛についている。
「『信濃』の砲撃、弾着! 敵二番艦に命中!」
僚艦の砲撃も、敵ヴラフォス級戦艦に吸い込まれた。大和型の砲撃は、能力者たちの弾道制御により、遠距離砲戦でも恐るべき集弾性を見せる。
そして圧倒的破壊力の46センチ砲弾が、敵の障壁を破り、34.3センチ砲対応防御の装甲をたやすく貫通する。
重要区画の防御もあってないようなものであるなら、初弾命中、初斉射轟沈もわかるというものだ。
「おそらく正木大尉は、敵戦艦の主砲を狙っているのでしょうな」
森下艦長は、ニヤリとした。
「一番装甲が厚いとこでもぶち抜けるレベルの相手ですから。そこをわざとやってるんでしょう」
「彼女の制御であれば、造作もない」
宇垣が圧倒的に信頼を寄せる『大和』の女神――能力者の正木 初子大尉の砲術誘導は、今日も冴えている。
「『信濃』第二斉射。『大和』は敵三番艦に第一斉射!」
「……まったく、最初から全弾斉射とは。頼もしいですなぁ」
従来の砲撃のやり方とすれば、日本海軍は、最初から全砲門をぶっ放さない。連装、三連装ならば、まず1門ずつを撃って、その弾着を観測する。
繰り返すが、遠距離砲戦での戦艦の主砲の命中率は、本当に低い。初弾で命中なんてまずない。だからまずは敵の未来位置に撃ち込んで、弾着の水柱を観測して細かな修正を行う。
しかし自分も動いているし、敵艦も動いている。未来位置に撃ち込むといったが、様々なデータを計算しても、何かひとつでもズレがあれば、当たらない。それは敵艦が速力を変えたり、転舵しただけで、大きく外れることとなる。
それがなくても大気や風の影響も受けるから、もともと当たらないものなのだ。
だからこそ、それをねじ曲げて、砲弾を敵艦に導く能力者の弾道制御は、戦艦の価値を押し上げたのだ。
「敵二番艦、爆沈! 『大和』の第二射、敵三番艦に命中、直撃――」
轟音が彼方より響いた。黒煙を噴き上げ、三番艦の位置にいたヴラフォス級が見えなくなる。
「轟沈!」
「いやはや、撃沈スコア更新ですね」
森下は苦笑する。格下相手に大和型の砲弾は強烈過ぎる。こんなにあっさり沈むと大変気分がよい。生粋の砲術屋である宇垣も、楽しくてしょうがないだろう。
――それが、宇垣さんが、旗艦を『大和』にこだわっている理由なんだろうな。
旗艦設備の整った『武蔵』や、より新型の『信濃』が完成しても、宇垣が『大和』にこだわり続けるのは、正木 初子の腕に惚れ込んでいるからだろう。
第二戦隊に続く三番艦の位置にいる『出雲』も、艦首の46センチ三連装砲二基を用いて砲撃に加わった。
正直、練度の点ではまだ不充分なところも多く、そのために最後尾であったが、実戦で練度向上を図ろうという腹である。経験は何物にも代えがたい。
その頃には、『大和』と『信濃』で、敵戦艦5隻を撃沈破していた。
戦艦部隊の苦境には脇目も振らず、プラクス級重巡5隻とメテオーラⅡ型軽巡洋艦。そして駆逐艦部隊が高速で突っ込んでくる。
しかし、古賀大将の直率部隊、その後方には海氷空母群とその護衛に駆逐艦12隻が展開していた。
特海氷空母『雲海』から、第九航空艦隊の航空隊が発進。敵巡洋艦、駆逐艦への攻撃、掃討を開始した。




