第五七六話、猛烈なる砲撃戦
アメリカ第6艦隊のアイオワ級戦艦の発砲直後、ムンドゥス帝国カリブ海艦隊の戦艦群もまた主砲を撃った。
米軍指揮官のカーペンダー中将は、遠距離砲戦で時間を稼ぎつつ、ちゃっかり遠距離でも命中精度が幾分か良好の長砲身40.6センチ三連装砲で、敵にダメージを与えるつもりだった。
だが誤算があるとすれば、カリブ海艦隊を構成するオリクト級戦艦は、45口径40.6センチ三連装砲ではなく、50口径40.6センチ三連装砲を装備したⅡ型だった。
つまり、アイオワ級と同等の砲戦火力を持った、強化型オリクト級だったのだ。
そして数の上で、第6艦隊が戦艦4隻、カリブ海艦隊側が10隻と、倍以上の差があった。
カリブ海艦隊のモリンスィ中将は、アメリカ戦艦に対して1隻に2隻で戦うよう命じた。
オリクト級戦艦は正面火力が最高になる砲配置のため、同航戦では、全砲門を向けられない。しかしそれでも米戦艦と同じく9門の主砲を使うことができ、そこで2隻で1隻にあたるので、実質、倍の火力を向けることとなった。
水柱が乱立するが、数の差は如何ともしがたい。アメリカ戦艦の周りに立ち上る水柱の数は多く、対して異世界帝国戦艦は、先頭の4隻の周りのみ、砲弾が海面に突き刺さり、水柱と化していた。
さらに砲弾を撃ち込まれている4隻のうち、後ろの2隻に対する砲弾の集弾は、前の2隻に比べて、明らかに悪かった。
後続の2隻、『マサチューセッツ』と『アラバマ』の砲撃である。45口径16インチ砲Mk-6は、遠距離砲戦では散布界が広い。如何にレーダー射撃といえど、そのフォローは難しい。
そうこうしている間に、アメリカ戦艦側に、砲弾が直撃しバッと火の手があがった。
最後尾の『アラバマ』だ。艦中央に着弾したそれは、両用砲と付近を破壊し爆発した。
続いて『アイオワ』にも敵弾が命中したが、厚い主砲装甲がそれを弾いた。負けじとアメリカ側も撃ち返す。
それらはようやくオリクト級戦艦を捉えだしたが、防御シールドが1225キロ砲弾を防いだ。遠距離ゆえ、落着までの余裕があり、ムンドゥス帝国戦艦は、砲撃の合間のシールド展開が可能だったのだ。
これでは、勝ち目がない。
巡洋艦部隊同士は、すでに20.3センチ砲弾、15.2センチ砲弾の応酬を続け、双方ともに被害が出ている。
数で勝る米駆逐艦部隊は、果敢に突撃をかけるが、ムンドゥス帝国駆逐艦もまたそれを阻み、また待機していたミガ攻撃機が降下してロケット弾や光弾砲を叩き込んできた。
米の主力駆逐艦、フレッチャー級は排水量2110トン。日本の艦隊型駆逐艦に匹敵する性能を持つ。
12.7センチ単装両用砲5門は、対艦・対空双方に活用できる。これらで敵駆逐艦に撃つ艦もあれば、空から迫るミガ攻撃機に対空射撃を向ける艦もあった。
混沌としていた。
しかしこのままでは、米第6艦隊は、戦艦でジリ貧となり、巡洋艦に向ける敵戦艦の砲門が増えれば、戦線を維持できず艦隊は壊滅してしまうだろう。
援軍が必要だった。しかし米重爆撃機隊は、どこまでアテにできるかもわからない。
船団護衛の艦を回してもらうこともできない。そちらにもヴラフォス級戦艦10隻を中心とする敵艦隊が迫っている。
そうなると、救援に駆けつけている日本海軍のみとなるが、太平洋からやってきた彼らが、カリブ海の端につくのはいつになるかわかったものではなく、おそらく間に合わないだろう。
時間と共に、強靭な装甲を持つアメリカ戦艦も被弾による火災、バーベッドの歪みや衝撃による故障で、使用不能になる砲が相次いだ。
旗艦『アイオワ』で、戦況を見守るカーペンダー中将も、いよいよ覚悟を決める時がきたと表情を引き締めた。
引くに引けず、さりとて事態を好転させる手は、突撃する駆逐艦部隊の突破しかない。だがそれでも、時間を掛け過ぎた。仮に突破できても、第6艦隊の主要艦は、ほぼ壊滅だろう。
絶体絶命であった。
・ ・ ・
それは、米艦隊と交戦する異世界帝国カリブ海艦隊の反対側であった。
海面を割って艦橋、マストが突き出て、力強い4万トン越えの戦艦が姿を現した。
大和型――否、似ているがそれより小型、そしてスマートなその艦は、イタリア戦艦リットリオ級改装の石見型戦艦である。
新生第八戦隊『石見』『出羽』『美作』『丹後』の4隻である。潜水能力をもたせ、夜戦突撃戦艦戦隊として改修、復活したリットリオ級は、41センチ三連装砲を、アメリカ艦隊を砲撃する異世界帝国戦艦に指向した。
第八戦隊司令、佐藤 勉少将は、潜水艦を知り、水上艦艇を知る現場の男である。海兵40期卒業だが、海大にはいっておらず、昇進も遅れがちだった。だが海軍の人手不足は彼を予備役にする余裕などなかった。
「敵さんは、こっちを見ていない。やるなら今だ」
敵駆逐艦は、米駆逐艦の大群を相手するためにいなかった。戦艦を守るべき艦は、全て出払っていたのだ。第八戦隊に続き、悠々と海中から接近した日本巡洋艦戦隊が、次々に浮上する。
その間に先陣を切った石見型戦艦は、敵戦艦10隻の後ろ4隻――巡洋艦や米戦艦を砲撃し、しかし反撃が届かないからと防御シールドも張っていないそれらに、鉄槌を下した。
距離1万で、全主砲を発砲。さらに一段下がった艦尾には、八連装対艦誘導弾発射基が2基あって、そこから魔力式誘導による一斉発射が行われた。
砲弾が直撃し爆発し、あるいは外れて水柱が上がる。異世界帝国戦艦群も、背中から撃たれて吃驚している間に、複数の対艦誘導弾が上方から連続で降り注いだ。
それらはオリクト級戦艦の後部副砲群を破壊し、艦上構造物、そして艦橋と相次いで命中。たちまちその戦闘力と、艦の指揮統制力を奪い去った。
ろくな反撃ができないまま、後続の4隻のオリクト級戦艦が無力化された。それらに石見型戦艦はトドメを刺すべく、主砲を発砲する。
さらに浮上した第八十四戦隊の特務巡洋艦『足尾』『八溝』『静浦』『春日』が、艦首と艦尾の光線砲を連続発射。やはりアメリカ艦隊を射撃していた戦艦4隻、そのシールドのない反対側に火力を集中。強力な光線の連続射撃が、戦艦の装甲を溶かし、さらに奥へ次の光線が入り込み、そして弾薬庫を爆発させた。
これには、ムンドゥス帝国カリブ海艦隊司令長官であるモリンスィ中将を動揺させた。
「敵!? 後ろだと!?」
『敵は、アメリカ軍ではありません! 日本軍です!』
見張り員の絶叫に、モリンスィは耳を疑った。
「日本軍だと!? 馬鹿なっ――」
『高速飛翔体、多数接近!』
思考は遮られた。
日本軍第二十八戦隊『那珂』『鬼怒』『球磨』『多摩』――特殊巡洋艦に改装された4隻の軽巡洋艦は、重雷装艦ならぬ、多数備えた対艦誘導弾発射管から誘導弾を矢継ぎ早に放ち、モリンスィの旗艦に誘導弾の雨を浴びせた。
「!?」
シールドと叫ぶ余裕もなかった。次々に対艦誘導弾が、オリクト級戦艦に当たり、その艦としての機能を破壊。モリンスィの視界もまた爆炎に包まれ、司令部要員もろとも吹き飛ばした。
形成は日本艦隊の乱入で逆転する。
戦艦を全てを無力化、撃破された異世界帝国カリブ海艦隊。その後ろから浮上した第十三戦隊――大型巡洋艦『道後』『高見』『霊山』『迫間』――コンテ・ディ・カブール級とカイオ・デュイリオ級を改装した大巡は、50口径30.5センチ三連装砲を振り向け、敵重巡洋艦に向けて突撃した。
・石見型戦艦:「石見」
基準排水量:4万2900トン
全長:237.8メートル
全幅:32.8メートル
出力:魔式機関16万馬力
速力:32.1ノット
兵装:45口径41センチ三連装砲×3 イ型三連装光線砲×4
12.7センチ連装光弾砲×10 20ミリ連装光弾機銃×24
八連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1
八連装対艦誘導弾発射管(艦尾)×2 対空誘導噴進弾発射機×2
誘導機雷×16 対潜短魚雷投下機×2
航空兵装:カタパルト×2 無人偵察機×4
姉妹艦:「出羽」「美作」「丹後」
その他:イタリア海軍のヴィットリオ・ヴェネト級(リットリオ級)戦艦の回収、改造艦。潜水型戦艦として改装されており、自動化もさらに進められている。高角砲は光線砲化。対艦誘導弾発射機を艦尾に増設し、浮上と同時の一斉発射戦法をとる。