第五七四話、空母を失った艦隊
火山重爆撃機の光線砲は、ムンドゥス帝国カリブ海艦隊のアルクトス級高速空母を次々と血祭りに上げた。
味方重爆撃機の誤射を疑ったモリンスィ中将だったが、その怒号混じりの静止は、当然届くことはなかった。
光線によって飛行甲板を溶かされ、格納庫で爆発し、全長250メートルの中型高速空母は火だるまとなって吹き飛んだ。
その損害の大きさに、カリブ海艦隊司令部は騒然となった。味方の誤射により、空母13隻が爆沈。5隻が大破、大炎上で戦闘能力を喪失した。
無事な空母は2隻しかなく、帰還した第一次攻撃隊の収容はほぼ不可能になっていた。
これには司令長官であるモリンスィの怒りが収まらない。しかし参謀たちは、光線砲による攻撃が、友軍ではない可能性を指摘した。
「攻撃した爆撃機の姿が、どこにもありません」
味方の重爆であれば、レーダーにその姿が捕捉できるはずだ。見張り員の目視はおろか、視界外に離れた機体もレーダーにも反応しないのはおかしい。
「遮蔽装置を使った爆撃機とでもいうのか?」
陸軍がそれを開発していた可能性はある。しかし、それでこれほどの大惨事が起こる可能性は低くないか。
「アメリカ軍が光線砲を実用化したばかりか、遮蔽装置を開発したというのか……!」
「わかりません。もしかしたら、日本軍から技術供与を受けたのかもしれません」
確かに日本であれば、光線砲も、遮蔽装置も使っている。それならば、一応納得はできる。
「しかし、認めたくないものだ。敵に遮蔽装置付きの光線砲装備の航空機があるなど」
モリンスィは歯噛みする。参謀長は口を開いた。
「如何致しますか、司令長官」
航空戦力はほぼ失われた。残るは戦艦、巡洋艦を中心とする水上打撃兵力のみ。しかし、一番近い敵である米大西洋艦隊もまた、空母戦力を喪失している。戦艦同士の砲撃戦ならば、カリブ海艦隊が圧倒的優勢だ。
だが懸念はある。敵艦隊の航空戦力は奪ったが、基地航空隊が重爆撃機を差し向けてきた場合、ほぼ対抗する術がない。
しかも先のような見えない敵機が撃ってきた場合、厄介この上なかった。
「ぐぬぬ……。こうなっては、敵船団を叩き、上陸した敵軍を孤立させる他あるまい!」
モリンスィ中将は、そう判断した。
米艦隊より先に、上陸船団を叩く。まず最低限、やらねばならないことを遂行する。
「どの道、我々が船団を目指せば、敵艦隊の方から寄ってくる!」
数の利を活かして、敵艦隊を適当な数でいなしつつ、船団を撃滅。しかるのち、残存する米艦隊を叩く。
「全艦、ベネズエラに上陸した敵の母船である船団へ、全速前進!」
・ ・ ・
その頃、アメリカ海軍大西洋艦隊、第6艦隊の旗艦『アイオワ』でも、司令長官アーサー・S・カーペンダー中将が、異世界帝国艦隊の惨状を報告を受けていた。
「偵察機によると、敵空母18隻が大破ないし沈没。残る空母は2隻のみです」
「……奇跡が起きたというのか」
「信じられません」
参謀長が首を横に振った。
「天から光線が降ってきて、敵空母を焼いたなどと」
「しかし、異星人たちは、その武器を使って、我が軍を痛打してきた。H・G・ウェルズの火星人のトライポッドのように」
1898年に発表されたSF小説『宇宙戦争』。火星人が侵略で使った兵器は、熱線や毒ガスを用いていた。
それは作り話であるが、こちらの現実に目を向ければ、異世界帝国は、重爆からの光線攻撃を繰り出してきた。
高高度から地上施設、飛行場や港を叩いてきて、航空機や船舶に被害が出た。アメリカ軍は高高度迎撃機を投入して、今では陸地に到達する前に撃退できるシステムを構築しているが、そこから外れると為す術がないのが実情だった。
「それが、逆に敵に突き刺さる。……誤射か?」
「自然現象ではないでしょうね」
「雷を見間違えた、か? それで空母だけ吹き飛ぶなんて、あり得ないだろう」
カーペンダーの言葉に、気象長が言った。
「カタトゥンボの雷でも、あり得ませんな」
ベネズエラ、マラカイボ湖近く、カタトゥンボ川で見られる多数の落雷現象。異様に雷が落ちる場所で知られており、一年の半分以上、落雷の夜が起こることもあるという。一晩およそ10時間、1時間あたり約280発落ちるというのだから、いかに多いかわかる。
大航海時代でヨーロッパにも存在が知られた結果『マラカイボの灯台』などと呼ばれている。
確かに、ここはベネズエラに近いが、場所も違えば、雷でもない。
「とにかく、我々にとって運がよいことに、敵空母は壊滅状態だ」
カーペンダーは言った。
「空襲はひとまず脇に置いていい。我々は、敵が船団に近づかないように攻撃し、撃退することに注力する」
「戦艦、巡洋艦で、敵に大きく水をあけられておりますが――」
「こちらは駆逐艦の数で押す」
駆逐艦の隻数では、第6艦隊の方が敵より30隻ほど多い。これら多い分で、敵戦艦に雷撃を仕掛ける。それしか勝機はないと思う。
「なに、我が海軍の駆逐艦乗りを信用しろ」
自身も駆逐艦艦長や隊司令を務めてきたカーペンダーは相好を崩すのである。
かくて、米第6艦隊は敵艦隊へ向かい、速度を上げた。その敵であるカリブ海艦隊は、ベネズエラ沿岸の米船団を目指していたから、第6艦隊はその側面から殴りかかるな格好となる。
そこへ大西洋艦隊司令部より通信が入る。それを受けた通信士は、上官に報告し、それは司令部情報参謀に届けられ、カーペンダー中将に告げられた。
「大西洋艦隊司令部より、太平洋艦隊からの連絡があったとのことで、日本艦隊がカリブ海に進出。第6艦隊の援軍として行動中」
「日本艦隊?」
思いがけないワードに、カーペンダーは眉をひそめる。
「太平洋側にいた日本軍が、カリブ海に?」
訳がわからない。パナマを太平洋艦隊が抑え、さっそく運河を利用したというのは、いくら何でも早すぎる。仮にそうでも、カリブ海へ来るならば、日本艦隊ではなく、太平洋艦隊の艦艇ではないのか? カーペンダーや司令部が困惑するのも無理はなかった。
「とにかく、日本海軍が動いているとのことで、くれぐれも敵と誤認しないように、陸軍飛行隊、第6艦隊、船団護衛部隊ほか、カリブ海で作戦中の全隊は注意せよ、とのことです」
日本軍は、この世界でアメリカ以外でまともな戦力を有して、異世界帝国と戦う同志である。貴重な味方を誤認、誤爆で関係を悪化させるわけにはいかない。
それはわかるのだが。
「しかし、日本艦隊がこちら来るのか……?」
大西洋艦隊司令部の命令は届いたが、正直信じられないというのが、現地の兵たちの意見だった。