第五六一話、防衛態勢を整える異世界帝国南米制圧軍
南米大陸北部ベネズエラ。ムンドゥス帝国陸軍、南米制圧軍前線司令部は、首都カラカスにあった。
「アメリカ軍によって、カリブ海を取り巻く大アンティル諸島、小アンティル諸島の前哨拠点はすべて無力化された」
南米制圧軍北部方面軍を指揮するクラニオ大将は、南北アメリカ大陸が印された地図を眺めつつ言った。
「いったいどこから湧いてきたのか、北米大陸を戦場にしていた頃が嘘のように、大量の兵器が我々を圧迫している」
落ち窪んだ目もと、肉をそぎ落としたような細身の男であるクラニオ大将は、表情に乏しい。
アメリカ陸軍の重爆撃機、ボーイングB17フライングフォートレス、コンソリーデーテッドB24リベレーター、ボーイングB29スーパーフォートレスが、キューバの航空基地から飛来し、アンティル諸島の拠点の他、南米北部のムンドゥス帝国軍拠点や施設に対する空爆を行っていた。
戦闘機による迎撃も行われたが、アメリカ陸軍もP-51マスタングやP-47サンダーボルトといった長距離飛行が可能な戦闘機で対抗した。
この攻撃と、アメリカ海軍潜水艦部隊による通商破壊と相まって、アンティル諸島の前線拠点の強化は進まず、44年に入って次々に拠点は放棄されていった。
結果、カリブ海の制空権維持は困難となり、カリブ海艦隊も大西洋へ退避を余儀なくされた。
そしてこの期を逃さず、アメリカ軍は攻勢に出るのである。
「アメリカ艦隊と、上陸舟艇を含む大量の船が南下しつつあるという。始まるぞ、南米上陸が」
ムンドゥス帝国南米制圧軍でも、米軍の反撃の予兆を掴み、防衛対策が取られていた。南米制圧軍参謀長であるイスキア中将は、地図上のベネズエラの海岸線をなぞった。
「米大西洋艦隊がアンティル諸島寄りの航路を選んでいるようで、上陸を行うとすれば、東からプエルトラクルス、サンホセデバルカベント、そしてモロンが有力視されます。もちろん、ここはすでに我が南米制圧軍、第41、42、44師団が展開しており、防御陣地の強化も進められております」
参謀長はさらに別に二カ所を指した。
「我が制圧軍司令部のあるカラカスに近いカティア・ラ・マールにも敵の攻撃と、もしかすると上陸の可能性はあります。ここは地形的にカラカスを狙う場合の一本道なので敵が上陸した場合の目的もはっきりしております」
「何よりここには我が軍の飛行場がある」
クラニオは淡々と言う。
「上陸如何にかかわらず、攻撃は仕掛けてくるだろう。そして――」
参謀長が指し示したもう一カ所に視線をやる。
「マラカイボには、この南米でも有数の油田がある。侵攻を続ける側としても、ここは押さえておきたいポイントとなるだろう」
しかし、とクラニオは目を細くする。
「こちらはアヴラタワーという弱点を抱えている。これまでの牽制の爆撃は凌げたが、本格的な上陸攻撃となれば、おそらく防ぎきれまい」
「であれば、海軍が、敵の上陸前に船団や舟艇を壊滅してくれれば、楽になるのですが……」
イスキア参謀長は冷淡な表情を崩さない。
「カリブ海艦隊は、敵爆撃機の空爆から逃れるために大西洋。もちろん増強されるとの話もあるので、もしかしたらまだ可能性はありますが、大西洋艦隊は、かつての威容とはほど遠く、頼りになるかと言われれば不安としかいいようがありません」
「確実なのは弱体の南米艦隊か」
クラニオは口元を引き結んだ。
南米大陸侵攻の際、撃沈、鹵獲した地球人の艦艇を編入、再利用している地方警備艦隊だ。その戦力は、アルゼンチン、ブラジル、チリ――ABC三国の海軍の戦艦、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦が中心である。
「南米海軍は、地球人勢力の中では、列強に入れないレベルのものしかなく、何より空母もありません。これで米海軍と戦うのは無謀でしょう」
「増援艦隊は来ているのだろう?」
「はい。ただ、例のインド洋での戦いで海軍が大敗した影響で、こちらに回せる艦は多くは出せないようですが」
クラニオとイスキアは互いに険しい表情だった。
「南米は気候と地形から、大軍の移動にはあまり向いているとはいえない」
「大陸南部はともかく中央部は広大な熱帯雨林。北と南でほぼ分断されているといっても過言ではありません。ひとたび上陸され、橋頭堡を築かれてしまいますと……撤退路は限られますな」
「南米大陸北部を押さえられれば、こちらからの空爆は不可能になる。本土の安全を守るためにも、アメリカはここを取りにくる」
「北からもですが、西からも敵は来ます」
イスキアは双眸を細めた。地図はベネズエラからコロンビアへと移る。
「太平洋では米軍が艦隊と船団を集結させ、ガラパゴス諸島に展開させております」
ガラパゴス諸島の東におよそ1000キロにエクアドル、そしてその北がコロンビアである。アメリカの太平洋艦隊が、大西洋艦隊と呼応して攻撃を仕掛けてくる兆候を見せているのだが。
「西からの上陸は、あまり脅威と見ていない」
何故なら、南米大陸の西には南北7500キロにも及ぶアンデス山脈が、南米七か国にまたがってそびえている。これが天然の壁となり、大集団が上陸しようとも、大して進まないうちに引っかかり、時間と労力を無駄にする。
ここに乗り込むくらいなら、南アメリカ南部まで行って、そこから上陸したほうがマシと言える。
「むしろ、太平洋側にいる米軍の狙いはパナマだろう」
太平洋と大西洋を繋ぐパナマ運河の存在。ムンドゥス帝国が制圧する南米を経由せずに、両方の海を行き来できる移動のための門。そこを取り戻すこともまた、アメリカにとっては重要だろう。
「敵大西洋艦隊が、カリブ海側でなく、大西洋側から来ているのも、太平洋艦隊にパナマ攻撃を任せる腹づもりなのだろうよ」
クラニオはそう判断した。太平洋側から南米北部への攻撃を行うにしても、攻撃できる範囲の狭さを考えれば、自ずとパナマが狙われると看破できる。
「南米艦隊だけなく、まともな援軍を海軍が派遣してくれることを祈ろう」
クラニオ大将は、かすかにため息をついた。陸での戦いならば陸軍。しかし海での戦いとなると、どうにもならない。
まして南米制圧軍、北部方面展開部隊は、航空戦力も米軍との度重なる戦いで消耗しており、敵が上陸してきた時の対処に手一杯。いざ海軍から支援要請が来ても、送る余裕はないだろう。
この時、陸軍南米制圧軍は、米軍の反攻作戦とその規模、攻撃目標を予想し、対応できていた。
しかし、彼らは重要な要素を見落としていた。
いや、見落とすではなく見抜けなかったというべきか。彼らが戦うのは、アメリカ軍だけでなく、日本海軍も含まれていた。
そして彼らは、日本艦隊がアメリカのバックヤード作戦に参加するため、転移でガラパゴス諸島近海に現れたことに気づいていなかったのである……。