第五五四話、大陸決戦、動きあり
海軍が、ただでさえ時間のない中、南米侵攻作戦の準備を進める中、大陸の日本陸軍は大陸決戦における大反攻作戦を発動させた。
中国を侵食し、大陸東岸に迫っていた異世界帝国陸軍は、深刻な補給不足に悩まされており、その攻勢は止まっていた。
頼みのインド上陸と、そこからの物資補給だったが、その望みは日本海軍によって阻まれた。
補給が得られないという現実による士気低下、そして物資の枯渇しつつあるタイミングを狙って、陸軍は攻勢に出たのだ。
陸軍四式戦闘機、疾風――大東亜決戦機とされた新型戦闘機隊が先陣を切る。
『敵戦闘機、発見! 数5……いや8機!』
『少ないな。やはり、奴らの燃料事情は逼迫しているのだろう。――やるぞ!』
『了解!』
疾風は、プロペラのない機首を傾け、矢のように降下。残りわずかな燃料で飛び上がってきた異世界帝国戦闘機を攻撃する。
両翼の20ミリ機関砲、または機首の12.7ミリ機銃を雨あられと、ヴォンヴィクス戦闘機やエントマ戦闘機に浴びせる。
疾風は、マ式エンジンを搭載した陸軍の高速戦闘機であり、レシプロ機ではなく、ジェット機のそれに近い。
その速度は軽く700キロをオーバーし、異世界帝国の高速戦闘機エントマでさえぶっちぎった。
マ式エンジン搭載機の採用を早くより進め、一式戦闘機の隼Ⅲや隼Ⅳといったマ式エンジンを積んだ型で早くから経験を積んだ陸軍パイロットたちは、よりパワーアップした疾風を扱いこなし、敵機を叩き落とす。
高速性能、軽快な運動性に、扱いやすい操縦性。そして強火力。疾風は、戦闘機として陸軍の傑作機である。
燃料不足と機材調整困難で数が少ない異世界帝国航空隊が、陸軍航空隊に蹴散らされるのに時間はさほどかからなかった。
戦闘機の次は、攻撃の大東亜決戦機――新型の四式重爆撃機部隊が、敵陣地、飛行場、生命維持装置装備車両へ攻撃を開始した。
三菱キ67――四式重爆撃機は、海軍の一式陸上攻撃機の経験が盛り込まれた新鋭機だ。日本陸軍は重爆といっても双発機ばかりで、他国の重爆撃機が四発だったりするのと大きく異なる。
これも陸軍の予算の兼ね合いもあるのだが、それはともかくとして、四式重爆撃機は流行りのマ式エンジン搭載で、その高速性能に磨きがかかっていた。
最高時速600キロに近いその性能は、エントマは仕方ないにしても、ヴォンヴィクス戦闘機の初期型などは、一度距離を引き離せば、中々に追いつけないほどである。
四式重爆撃機『飛龍』は、陸軍伝統の航空撃滅戦の主力として、異世界帝国の重要設備、そして飛行場を叩いた。
アヴラタワーと同様の効果を発揮する生命維持装置装備車両も優先的に狙われた異世界帝国陸軍は、生命維持に躍起になる。
これを失えば、部隊は崩壊する――ただでさえ後方からの補給が遮断され、大陸で孤立している侵攻軍である。
日本軍による急所狙いに対しても、ある程度の対策がとられていた。
だが――
『戦車、前へーっ!』
陸軍戦車――アメリカからレンドリースされたM4シャーマンを主力にした戦車師団、そして歩兵師団が、各方面で一斉に進撃を開始した。生命維持の問題で対処に動く異世界帝国軍に息もつかせず猛攻を仕掛けたのだ。
航空に大半のリソースを割いた結果、弱体だった日本陸軍機甲部隊は、米国戦車の供給を受けて、その数と質を大きく向上させていた。
・ ・ ・
大陸反攻軍司令官である山下 奉文大将は、航空隊と機甲戦力を巧みに組み合わせ、大陸決戦の最終段階である大反攻を指揮した。
彼は戦前となる1940年に、陸軍航空総監と陸軍航空本部長を兼任し、陸軍航空部隊の要職を務めると、その半年後には、当時の友好国であるドイツに視察団団長として赴いている。
山下は、ドイツの優れたレーダー技術に関心を持ち、その一部を持ち帰ることに成功。さらにドイツ陸軍の高級将校と意見交換する機会を得た。その中にはドイツの戦車部隊運用の先駆者であるハインツ・グデーリアンも含まれる。
これらドイツ陸軍の戦術や兵器、その他工場や学校などを視察した山下であるが、彼の関心はもっぱら兵器よりもそれを支える産業力の方のほうが強かった。
そして軍事を支える産業方面をアメリカによる支援が補うことにより、大陸反攻軍は、山下の考える理想の軍隊へと近づいた。
敵が物資不足で弱体化する中、着々と準備を重ねていた大陸反攻軍は、事前の情報収集と充分な検討を経て、ここに怒濤のように進撃を開始した。
「突撃せよ! 敵戦線を突破! 敵に立ち直らせる暇を与えるな! 進撃せよ!」
空陸連携。航空撃滅戦と迅速なる機甲戦力の機動。日本陸軍版、電撃戦は、物資不足とアヴラタワーなど生命維持装置の喪失による混乱に陥っている異世界帝国陸軍を、各地で撃破。
これまで占領地していた敵部隊をすべてひっくり返すが如く、日本陸軍の進撃は圧倒的だった。
アメリカからの砲弾支援による重砲の活用。そして75ミリ砲装備のM4シャーマン。決して特質した性能があるわけではないこの戦車は、故障も少なく扱いやすく、馬鹿でもわかると評判のアメリカ式マニュアルの効果もあって、習熟した日本陸軍戦車兵によって恐るべき力を発揮した。
本領を発揮できない異世界帝国陸軍は、為す術なく日本陸軍によって各地で突破、孤立を許すこととなる。
結果、生命維持装置を失い、孤立した部隊はそのまま力尽き、指揮系統の混乱はさらに加速。異世界帝国大陸侵攻軍は、大軍を持ちながら一挙にその戦力を喪失することになった。
大陸決戦は、これまでの膠着状態が嘘のように、日本陸軍の快進撃で終局を迎えようとしていた。
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日本陸軍の猛撃は、日本中に知れ渡ることになる。
海軍の活躍ばかりが目につく中、これまで大陸で敵を押さえていた陸軍が、一躍脚光を浴びる活躍をみせたことは、国民を歓喜の渦に巻き込んだ。
海軍が度々、異世界人の艦隊を葬り、陸軍もまた大陸決戦に勝利した。これで異世界人も自分たちの世界に逃げ帰るだろうという期待が膨らんだ。
この長い戦いの終結を望むのは、前線の兵隊ばかりでなく、国民もまたそうだった。いつ終わるかわからない戦い。しかし、その願いが叶う気配は、いまだ訪れない……。




