第五五〇話、陸軍の陽動部隊
連合艦隊は、カルカッタに砲撃を見舞える位置に存在する超巨大戦艦――『レマルゴス』撃沈のために、陸軍インド方面軍に陽動攻撃を要請した。
方法は問わないが、敵が防御障壁を展開できないタイミングを作り出してくれれば、よくて撃沈、悪くても大破させ、その砲撃力を弱体化できると、海軍は約束した。
現地の陸軍からの反発を覚悟したが、意外にもすんなりと了解が帰ってきた。連合艦隊側は知らないことだが、陸軍も海軍が要請を断ってきた場合に備えて、独自の作戦を行う用意があったためだ。
もちろん、陽動しろという話に、一部の陸軍将校は反発したが、実行部隊として送られてきた特殊魔法第二中隊にとっては、海軍がトドメを刺してくれる可能性があると聞いて、肩の荷が下りたくらいだった。
作戦決行日を5月15日として、陸海軍共同の、敵超巨大戦艦攻略作戦が進められることとなった。
一方、内地では、予備案として氷塊爆弾という名の質量弾の製造が、九頭島の浜辺で開始された。
異世界氷を使った巨大な海氷を作るというこの案は、もし不要になっても、バックヤード作戦に投入する海氷空母に転用するということで、軍令部も許可を出したのだった。
・ ・ ・
見渡す限り、残骸の山であった。
曇天のインド、カルカッタ市街。かつては日本陸軍の司令部があったが、転移ゲートを用いた異世界帝国の上陸作戦で、守備隊は市外への撤退を余儀なくされた。
敵が設営しようとしたアヴラタワーを破壊したことで、その活動圏を押し込め、攻勢をかけた日本陸軍だったが、ハルディア洋上の超巨大戦艦『レマルゴス』の艦砲射撃により、またも退却を強いられたのだった。
「――で、残ったのは廃虚の町ってわけ」
特殊魔法第二中隊、その第三小隊小隊長、鏑木浩太郎中尉は、三式機械服フイⅢをまとい、かつては栄華を誇っていた町の成れの果てを見回した。
「知っているか、五反田軍曹。この町を吹っ飛ばしたのは、たった1隻のバカデカい戦艦によるものだって話だ。そいつはまるで、連合艦隊の戦艦が束になって大砲を吹っ飛ばしたかのように、沢山の砲弾を降らせたらしい」
『そいつは、おっかないでありますな』
機械服――異世界帝国陸軍から鹵獲したものをベースに製造された装甲スーツをまとう軍曹が答えた。全身すっぽりとアーマーに覆われており、頭にゴーグル状の覗き窓があるものの、中の人間の顔などはわからない。
『つまりは、この瓦礫の山より高い建物だらけだったんでしょうな』
「ビッグガンが雨のように降ってきたら、町一つ、あっという間にこうなるってことだ」
艦砲射撃、恐るべしである。
『民間人は……いなかったんでしょうな』
「ああ、たぶんな。異世界連中に占領された土地の人間は、強制的に連行され、消えちまう。生きているのか殺されているのか……」
鏑木はため息をついた。
「というか、こんなありさまで、ここを奪回する必要があるのかね?」
司令部があった場所も、砲弾の直撃を受けて、バラバラに吹き飛ばされている。最近、移動してきた鏑木たちに渡されたカルカッタ市の地図は、ほとんど役に立たない。目印となる建物は軒並み破壊されていたからだ。
『さあ、上の考えることなど、我々雑兵にはわからぬことです』
五反田軍曹の機械服が、左右へ視線を走らせる。動くものが見えないとはいえ、警戒は怠らない。
『しかし、カルカッタはインド方面軍にとっても要地ですから、ないならないで、新しい建物を建てるだけです』
「……その前に、もう一度更地になってもらうことになるんだけどな」
鏑木はスーツ内に身を沈め、上部カバーを閉める。これで彼の体は機械服と一体になり、外からその表情などがわからなくなる。
『どうだ? 敵の姿は?』
『確認できませんね。アヴラタワーがないので、連中もこっちへ出てこれないんでしょう』
『そのくせ、オレたちが旗を立てたら撃ってくるというんだろう? ヤになるね』
フイⅢ型は廃虚の町を進む。ここからでは例の超巨大戦艦は見えない。
鏑木たち特殊魔法第二中隊は、5月15日に決行予定の閃光作戦の準備のために、カルカッタ市内にいる。なお、本日は14日。作戦は明日決行であった。
人の気配のないゴーストタウンを、機械の装甲をまとう陸軍兵士が駆ける。
『当日は、ここに幻の重砲陣地が出来上がる!』
『そしてそれを目ざとく見つけた敵さんが、砲弾の雨を降らせる、と』
五反田軍曹が返した。
『その間に、海軍さんがデカブツをやっつける。……本当にできるんでありますかね?』
『やってもらわなくちゃ困る。海軍がやってくれなきゃ、それに突撃するのはオレたちだぞ』
冗談じゃない、と鏑木は、口の中で悪態をついた。
陽動の重砲陣地、陽動の戦車軍団がカルカッタ市内に忽然と姿を現す――陸軍の魔研が開発した幻惑兵器で、『蜃気楼』などと呼ばれる代物を、瓦礫の中に仕掛ける。
幻なのだから、敵の砲弾が雨霰と降ろうが、それによる犠牲はゼロだ。もちろん、設置中に攻撃されれば、その限りではないが。
――いや。犠牲ゼロは言い過ぎだった。
陽動攻撃役が、敵超巨大戦艦に一発攻撃を撃ち込む手はずとなっている。そこで敵の注意を引き、蜃気楼による幻の機甲部隊の存在に気づかせる。
当然、直後に反撃がくるだろうから、陽動攻撃役は即時退避しなければ巻き込まれるのだ。
『誰が攻撃役になると思う?』
『やめてください、中尉殿。そういうことを言う時に限って、引き当てているじゃないですか!』
五反田が本気で嫌そうな声を出した。外からは見えないが、鏑木は唇をひん曲げる。
『クジで決めるのが間違っているんだ』
『よく当たる占いで、決めるでありますか?』
五反田が軽口を叩いた。
『あれで一番ツイている奴が、指名されるようになっております』
『一番ツイてない奴は、危ない任務から外されるらしいぞ。当日は、むしろそっちがよくないか?』
『ツイてない奴は、味方も巻き込むのでなしであります。地雷を踏んだ奴の巻き添えはご免であります! ……中尉殿?』
五反田の機械服が振り返る。鏑木のフイⅢは、空を見上げている。
『どうしたでありますか?』
『嫌な雲が出てきた。……雨が降りそうだ』
聞けば、閃光作戦において、海軍は空から仕掛けるとか。
『嵐がきたら、作戦ってどうなるんだっけ?』
黒雲が広がっている。雨が、近づいている。




