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第五四九話、氷塊爆弾


 超重量の氷塊を、巨大戦艦にぶつける――それは寸法の偶然の一致がもたらした思いつきだった。


 しかし古くは、大型の豪華客船が氷山と衝突し沈没するという痛ましい事件もあり、巨大戦艦といえど、衝突したらただでは済まない規模のものが相手ではひとたまりもない。


 神明の思いつきは、一見とても馬鹿らしい空想の産物だった。休憩時の会話故、険悪な雰囲気にはならなかったが、会議の場だったなら、ふざけているのかと一喝されかねないものであった。

 誰もが思いつきと思っているから、そのアイデアに対してのツッコミも容赦がない。


「巨大な氷山は、I素材を用いて作るとしても、それをどうやって敵巨大戦艦にぶつけるんです?」


 周りには異世界帝国の護衛艦隊がいて、巨大戦艦からも砲撃されれば、その前に返り討ちにあってしまうのではないか?


「そもそも、敵の超巨大戦艦にぶつけるだけの速度を、氷山に出せますか?」

「自走させる必要はない」


 神明は、きっぱりと告げる。


「空から落とす」

「んな無茶な!?」


 渡辺戦務参謀が素っ頓狂な声をあげた。200万トン級の氷塊を落とす、とか。氷塊は空を飛ぶものではない。


「……あー、転移ですか」


 樋端が顎に手を当てながら宙を見上げた。


「白鯨号の転移中継装置を使って、転移装備を設置した超重量の氷塊を爆弾よろしく頭上から見舞う、と」


 あー、と渡辺、そして聞いていた山本長官は、それを思い描く。


「なるほど、転移させて落とすなら、重爆が目標の移動さえできれば、搭載量や重量も関係ないわけだ」

「これは重要な話ですよ」


 樋端が閃いた顔になった。


「その気になれば、5トンや10トンの超重量爆弾を戦場に飛ばして、落とすことができるという意味ですから。転移中継装置を一式陸攻や銀河に装備すれば、1トン程度しか爆弾が積めなかったそれらが、重爆以上の爆撃能力を持つことができる……!」

「……すると、高い金と資材を使って重爆を量産する必要性もなくなる、か……?」


 より安く、生産しやすいもので代替えできる――渡辺が呟いた。


「それはともかく、空から目標に落とすなら、今の光線砲搭載重爆撃機と同じく、艦隊を使わなくていいから、超巨大氷塊さえ作れるなら実行できる作戦になるか」

「氷塊自体は、こちらも準備にさほど時間は掛からないだろう」


 神明は少し考える。


「こちらには海氷空母が、ある程度量産できるし、巨大な物体でいえば日高見という海氷飛行場を作っている。あれを敵艦に落とすと考えれば、空母や飛行場仕様に形を加工したりしないで済む分、製造も早い」

「材料はありますかね?」


 樋端が問えば、神明は答えた。


「あるだろう。ソロモン作戦で失った甲型海氷空母2隻の補充用のI素材を、軍令部がバックヤード作戦に向けて用意していた。氷塊を作るだけなら、それを流用すればいい」

「軍令部が許可しますかね?」

「陸軍の要請に応えるため、他に方法がないと言えば何とかなるんじゃないか?」


 神明は他人事のように言った。


「予備プランとしては、それでいいんじゃないか? 火山重爆の光線砲で撃沈できればよし。できなかった時は、氷塊爆弾作戦で行くということで」

「……懸念が解消されましたね」


 樋端が苦笑し、視線を山本に向けた。


「如何でしょうか、長官?」

「うん、面白そうだ」


 山本は破顔した。


「神明君、言い出しっぺの君には、もう少し付き合ってもらうよ。予備案として、氷塊爆弾案を詰めてくれ。実際に行うにあたり、問題点を洗い出して、実行できるように。軍令部と話し合う必要があれば、連合艦隊司令長官の許可は出ているとでも言っていいから」

「承知しました」


 神明は頷く。山本も口元を緩めた。


「しかし、君は、変なことを思いつくなぁ」



  ・  ・  ・



 連合艦隊司令部から離れる神明。その足で軍令部へ向かうが、連れてきた妹のトキ子も一緒である。


「……どうだった、山本長官は?」

「定期的に治癒は必要ね」


 治癒術士であるトキ子は、医者の顔で告げた。


「深刻な病はないけれど、あのまま放置していたら数カ月と経たずに倒れていたかも。そう若くはないんだから」

「連合艦隊司令長官、しかも戦時の指揮官として采配を奮っていらっしゃる」

「後任を選んで、療養するのがいいけれど……まあ、無理なんでしょうね」


 トキ子は皮肉っぽく告げた。神明は顔を上げる。


「本人が自覚すれば、それも可能なのだろうが」


 軍神と言われ、その期待に応えるつもりだ。そのためなら戦場で死ぬことも厭わないだろう。

 むしろ、これまで多くの将兵を失った責任を感じればこそ、最期は戦場で、と考えているのかもしれない。それが心身を蝕んでいるのは皮肉ではあるが。


「現状のままなら、どうなる?」

「週に一回、今日のような治癒を施しておけば、私がいる限り、死なせることはないわよ」

「裏を返すと、それをしないと、数カ月保たないかもしれない、か」


 頼めるか、と神明が言えば、トキ子は首肯する。


「今倒れられたら、軍も国民も不安になるでしょうからね。やるしかないでしょ」

「助かる」

「本当にそう思ってる?」


 トキ子は、長身の兄を見上げ、そして睨んだ。


「いま、多くの海軍軍人さんが家に帰って、家族と過ごしているのよ? 兄さんもたまには帰ってきたら?」

「家族水入らず、というだろう? 私よりも娘たちとの時間の方が君には大事だろう?」

「あなたも家族よね?」


 トキ子は目を険しくさせた。


「初子は、あなたといる時間を大事にしたいようだけど?」

「年の差を考えてくれ」


 目を逸らす神明である。妹の神明 トキ子――正木 トキ子は、正木 初子、妙子の母であった。二人とも海軍で能力者としてその力を発揮している。

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