第五四七話、さらに問題
火山重爆撃機の光線砲で、敵超巨大戦艦を撃沈できるか否か?
軍令部第五部からの報告で、連合艦隊司令部は、超巨大戦艦撃破作戦についてさらに検討する。
「――なにぶん、敵艦の性能は不明でありますから」
草鹿参謀長は、慎重だった。
「600メートルを超える戦艦など、古今例がありません。あれだけ大砲を積んでいますから、案外装甲が犠牲になっている可能性も否めませんが、逆に重防御の可能性もあります」
自艦の搭載する主砲を、戦闘想定距離で貫通できない装甲を持たせるのが、戦艦である。
カルカッタに艦砲射撃を見舞う超巨大艦は、その武装から戦艦と推定されるが、あまりの大きさに、既存の戦艦とは異なる設計コンセプトで作られているかもしれないのだ。
戦艦だと思って、その常識の範囲で決めつけると、致命的なミスを犯すことも考えられた。
「また、敵艦が防御障壁を展開している際に光線を当ててしまいますと、その障壁を大幅に削ることができますが、その分、艦本体に攻撃できる光線の本数が減ります。減った分だけ、撃沈できる可能性が遠のくと想定すべきです」
「一発でも当たれば、轟沈――だと楽なのですが」
渡辺戦務参謀は言った。草鹿は淡々と告げる。
「敵艦の装甲次第というところだが、普通に考えれば、期待してはいけないだろう」
マーシャル諸島攻略戦では、光線砲一発で空母が轟沈させられたが、戦艦と空母では防御性能が違う。
「障壁を展開されていても撃沈できる案でなければ、実行すべきではないと考える」
「現状、9本の光線を確実に当てるならば、防御障壁がない状態を狙うしかないでしょう」
樋端航空参謀が口を開いた。
「具体的には、敵艦が何かに向かって砲撃しているところを狙えば、障壁はないのは確実です」
防御障壁は、一部の兵器を除けば敵の弾はもちろん、自艦が放つ砲弾も止めてしまう。故に、主砲などをぶっ放す時は、障壁は自ずと解除されている。
「何かを砲撃させると? 囮か?」
渡辺が言い、樋端は首肯した。
「海軍の艦艇は、護衛艦隊のせいで、射程まで近づけるかはわかりませんが、陸軍がカルカッタ市内へ陽動攻撃をかけたら……敵は撃ってくるでしょう」
「陸軍の兵を犠牲にするというのか?」
山本が低い声を出した。この声音の山本は、あまりいい感情を抱いていないのを察した渡辺は思わず首をすくめた。
戦争とはいえ、兵が犠牲になることに山本はよい感情を抱いていない。
陸軍と海軍は、所属も違えば同じ国であっても対立やいがみ合いなど珍しくはない。海軍軍人の中にも陸軍に対して罵詈雑言が飛び出すほど毛嫌いしている者がいる一方、山本は陸軍でも親しい将校はいて、過激な物言いをすることは少なかった。同じ皇軍として、陸軍だろうが兵は兵であり、犠牲は少ないにこしたことはない。
樋端は事務的に告げた。
「艦砲射撃を逃れてくれる策があればいいのですが、しかし確実に敵巨大戦艦を撃滅するためにも、障壁がない状態を狙うのが作戦成功において不可欠です」
カルカッタ奪回の陸軍を餌にするつもりはないが、もし率先して陽動して動いてくれたなら、超巨大戦艦撃沈の成功率は上がるだろう。
「陸軍とて、兵に余裕があるわけではない」
山本はボソリと言った。
「大陸決戦に戦力を注ぎ込んでいる以上、インド方面軍の余剰戦力は多くない。ここで早々にカルカッタを奪回して、戦線を整理せねば、正面からの突き上げで突破されてしまうかもしれない。それでは意味がない。陸軍の負担をかけぬよう、こちらで何か障壁を無効化する策を講じようではないか」
司令部は静かになる。時計の時を刻む音が耳につき、参謀たちは頭を働かせる。その間にも、光線砲装備の第七九二航空隊の火山重爆隊の準備が整っていく。
・ ・ ・
時間だけが過ぎていった。結局、陸軍に囮攻撃をしてもらい、敵超巨大戦艦が主砲を撃っている隙を狙って、重爆撃機から光線砲を見舞うという策で行く方向に固まっていく。
他によい案が浮かばず、一度、休憩をとることになり、それぞれお茶と饅頭で一休みする。
その合間に、最新の報告を確認するため、席を外した中島情報参謀が険しい顔で戻ってきた。
気づいた渡辺が問う。
「どうした?」
「あまりよろしくない話です」
「深刻か?」
「ちょっと、作戦の雲行きが怪しくなる情報が入りました」
「聞きたくないねぇ……」
「じゃあやめますか?」
「どうせ聞かないと後悔するやつでしょ」
話して、と渡辺は促した。
「ベンガル湾の例の超巨大戦艦なんですが、現状、特に動きはないです」
「いっそベンガル湾から移動してくれればいいのにね」
それで、と、お茶をすする渡辺。中島は片方の眉を吊り上げた。
「敵戦艦の上空ですが、新型の小型戦闘機が直掩を飛ばしています」
「そりゃあ、そうだろう。敵だって馬鹿じゃない。こっちの空襲に備えて警戒するだろうさ」
「何が問題なんだ?」
樋端が話に入ってきた。中島は肩をすくめる。
「火山重爆の光線砲って、高高度から撃つんでしたよね? その途中、敵戦闘機に当たって、肝心の戦艦に届かない可能性はないですか?」
「あ……!」
渡辺は目を見開いた。樋端はなおも問う。
「そんなに敵機の数が多いのか?」
「そのようです。偵察機の報告では、複数の集団でぐるぐると周回したり、戦艦の真上を通過したりしているそうです。……これ不味いのでは」
「光線砲の威力なら、途中に敵機が入ろうが余裕で溶断、貫通するだろう」
「ですが、触れたことでどれほど威力に影響が出るかわからないですよね?」
中島が重ねて問うと、光線兵器の専門家ではない樋端も考え込む。目標の敵超巨大戦艦の装甲の厚さがわからない現状、ほんの少しの威力の減退が、死命を分ける可能性もあった。
「ここまでやって、実行しないはないが……」
樋端は飄々とした表情を崩さずに言った。
「成功率が下がるのは、確かによろしくないな」
「……」
渡辺と中島も顔を見合わせる。そこへ長官公室に新たに人がやってきた。
「休憩中と聞いて」
「神明少将」
今回の火山重爆による光線砲攻撃案を提案した第一機動艦隊参謀長が、顔を出した。先の案をまとめた後、新堂儀一中将と九頭島へ戻ったのだが。
「どうされました? 忘れ物ですか?」
「うん、いや……。長官の顔色があまりよくないように見えたからね。治癒術士を連れてきた」
神明の後ろから、顔を出したのは中年のご婦人。場違いな人間の登場に、参謀たちは緊張したように背筋を伸ばした。
「うちの妹なんだがね」
神明が言うと、参謀たちは一斉に頭を下げた。渡辺が口を開く。
「これはどうも。神明少将には大変お世話になっております!」
海軍軍人は、同僚の家族に礼儀正しい。これは上から下まで共通であり、たとえば兵の家族が訪れた時、上司である下士官がお茶を煎れたりしてもてなしたりする。
しかし、それとは別に参謀たちは顔を見合わせた。