第五四六話、厄介な大物
「超々巨大戦艦……」
山本 五十六連合艦隊司令長官は、旗艦『敷島』の長官公室にいた。
陸軍インド方面軍から海軍に攻撃要請がきている。カルカッタの南西ハルディア港の南に、敵の上陸船団と護衛艦隊があって、そこに規格外の巨大戦艦が鎮座している。
この巨艦が装備する多数の40センチ砲級の砲の艦砲射撃によって、陸軍はカルカッタの奪回を阻まれているという。
草鹿 龍之介参謀長は頷いた。
「セイロン島の第七艦隊から、陸軍から要請を受けたものの、現状の戦力では攻撃不能という答えでして、こちらに指示を仰いでおります」
もし、第七艦隊にこれを叩けというなら、増援と補給を送れ、と。
先日のトリンコマリー空襲で、第七艦隊は戦艦の稼働がゼロとなり、大型巡洋艦もまた砲弾、誘導弾共に最低限しかない。巡洋艦、駆逐艦も数を減らしており、現状の戦力で、ベンガル湾最奥に突入するのは、至難の業だった。
ゲート破壊任務を帯びて出撃した新堂中将の艦隊は、作戦を果たして、転移によりすでに内地に戻っていた。転移技術がなければ、まだベンガル湾にいて、追加の任務を受けることもできたかもしれない。
いや、無理か――山本は思い直す。
ベンガル湾最奥にいるのは、その超巨大戦艦だけではない。多数の小型空母と護衛の駆逐艦が周りにひしめいているのだ。
最低でも主力級の機動艦隊を送らないと、撃破するのが困難な規模が。
「失礼します。長官、新堂中将、神明少将、樋端中佐、参られました」
「通してくれ」
転移ゲートを破壊してきた新堂艦隊の面々が、報告に連合艦隊司令部にやってきたのだ。会議はひとまず中断し、山本は新堂らを迎えた。
臨時編成とはいえ、急な任務について無事帰還したことは喜ばしく、その労を労う。新堂が転移ゲート破壊に関する報告、敵情を伝える中、話は自然と、敵超巨大戦艦の話へと移った。
「――陸軍からは、これを叩いてほしいと要請があった。現地に近い第七艦隊は無理だと言ってきた」
山本が告げると、新堂は腕を組んで黙り込んだ。山本の提出された敵戦艦の写真を眺め、視線を神明へ向けた。
「どう思う? これを沈めるのは簡単ではなさそうだが」
「これだけの巨艦ですから、装甲はかなり厚いでしょう。防御障壁の有無を差し引いても、戦艦レベルの防御性能はあると考えます」
戦艦砲弾や1000キロ航空機搭載型誘導弾を、十数発受けても耐える可能性がある。この巨艦だから、当てるだけなら難しくはないが、装甲が抜けなければ意味がない。
「周りに敵の護衛艦が多数展開している以上、戦艦などの水上打撃部隊はこれを撃破しない限りは、攻撃できない。……そうなると自然と航空攻撃となりますが」
転移ゲートを破壊した時のように。
しかし、航空誘導弾で致命傷を与えられるか、という問題がある。そして多数の爆弾による集中投入を行えるほど、海軍に余裕はない。
「連合艦隊の主力は、修理や整備にかかっていて、慢性的に弾薬が不足している。ここで艦隊をまとめてベンガル湾に突入させるのは、さらなる損耗を強いられる」
山本は口元を引き結んだ。今後を見据えると、弾薬問題が解決するまでは、重要局面に備えて温存しておきたいというのが本音であった。
敵の超巨大戦艦さえなければ、他に戦艦がない異世界帝国の艦砲射撃など高が知れている。洋上からカルカッタまで飛ばせる大砲はなくなるから、彼らが海上から動けなくなるまでベンガル湾を封鎖し、兵糧攻めも不可能ではない。
だからこそ超巨大戦艦は排除せねばならないのだ。
「一つ手があります」
神明は発言した。
「第九航空艦隊に、異世界帝国から鹵獲した重爆撃機を編入した航空隊があります」
ニューギニア島の異世界帝国の飛行場の無力化を図った際、多数の機体、兵器などが放置されたが、日本軍はそれをちまちまと内地へと運んでいた。
そして最近、そんな鹵獲重爆撃機――MEBB-21パライナの改修機、日本海軍名『火山』で構成された航空隊が編成された。
先の転移ゲート破壊後の、敵陸上戦力、施設空爆に火山で編成された航空隊が初参戦している。
「火山重爆に光線砲を装備し、高高度からの連続攻撃で、敵超巨大戦艦を葬る……というのはどうでしょうか? 異世界帝国が、マーシャル諸島攻略戦でこちらに仕掛けてきた攻撃です」
昨年のマーシャル諸島攻略戦では、パライナ重爆撃機からの光線攻撃で、空母数隻がやられ、日本海軍としては戦いには勝ったものの、手痛い損害を受けたのだった。
「可能なのかね、神明君?」
「元々、光線砲が搭載可能な機体でしたし、魔技研でも戦術案として検証をやっていたと記憶しています。連合艦隊司令部から軍令部に一声をかければ、すぐに準備にかかってくれるかと」
時々顔を出すとはいえ、今は第一機動艦隊の参謀長である神明なので、すべて把握しているわけではない。だが何をやっているのか、やろうとしているかについては、目を通すようにしている。
山本は頷いた。
「他に何か案はあるかね? ――ない? では、草鹿君。軍令部に飛んで、火山航空隊の光線砲使用について軍令部に要請を出してくれ。軍令部の第五部の確認も必要になるだろうが……まあ、陸軍の要請とあれば、そう悪い顔もしないだろう。……樋端、戻った早々悪いが君も行ってくれ」
「承知しました」
連合艦隊司令部は動き出した。再びベンガル湾最奥の敵に向けての攻撃計画が検討され、すでに一戦している新堂や神明からの意見を聞きつつ、敵超巨大戦艦撃滅作戦が練られていくのであった。
・ ・ ・
連合艦隊司令部から、火山航空隊に光線砲を装備させ、これをベンガル湾の敵超巨大戦艦に用いるという案が、軍令部に持ち込まれた。
軍令部第一部作戦課は、何故この件が、連合艦隊司令部から提案されたか疑問に思った。もっとも作戦課の源田 実中佐からすれば、おそらく神明少将辺りが提案したのだろうと見当をつけた。
第五部の魔技研に確認すれば、九機分の重爆撃機搭載型光線砲があって、火山重爆撃機に装備可能と返事があった。
ただちに、第九航空艦隊、七九二海軍航空隊の火山重爆撃機に、イ型光線砲の装備が行われた。爆弾倉のブロックを取り外し、代わりに光線砲ブロックに換装する。
改修機ではあるが、鹵獲した機体そのものなので、異世界人の作ったギミックはそのままとなっていた。だから換装作業もさほど時間がかからず、唯一の問題を上げるとすれば、乗員が実戦で光線砲機材を使用したことがないことくらいか。
試験で撃ったことがある者による指導と、マニュアルを徹底的に乗員に叩き込み、実戦に備える。
火山の乗員となるべく訓練した搭乗員らは、その中で、光線砲を使った攻撃もあるかもしれない、と言われていた。
だが今日でも明日でもない、だいぶ先だろうと思い込んでいたところに、抜き打ち検査のごとくそれを割り当てられたのである。やはり困惑する者も少なくなかった。
しかしやらねばならない。そしてぶっつけ本番である。
機体は遮蔽装置で隠れ、目標上空に向かい、敵機の迎撃を気にすることなく、反撃がこないうちに攻撃し、目標を沈める――
だが、問題もあった。それは光線砲で攻撃できる機体が九機しかないことだった。