第五二八話、北上する敵船団を追撃せよ
異世界帝国オーストラリア方面艦隊の戦闘部隊は、連合艦隊の夜襲により、ほぼ壊滅した。
主力に加え、引き返してきた前衛艦隊も返り討ちにした結果、弾薬が不足しているとして戦力評価乙に識別された艦は、主力兵器をほぼ使い切った。長居するだけ無駄なので、可能な範囲での補給と整備のため、転移を用いて内地へと帰還した。
故に、増援戦力を除けば、セイロン島沖で夜戦をくぐり抜け残っている艦隊は、連合艦隊直率と第一機動艦隊のみとなった。
「敵甲艦隊が連れていた輸送船団の残存部隊は、第七艦隊が掃討しました」
連合艦隊旗艦『敷島』。中島情報参謀が報告する。
昨日の午後、第一機動艦隊を中心とした空母群が、大規模航空攻撃を敢行。敵艦隊の空母を全滅させ、船団にも打撃を与えた。
敵はセイロン島攻撃のために攻撃部隊を前進させてきたが、ほぼ半壊の輸送船団は、上陸作戦も不可能として分離。ベンガル湾を北上する乙艦隊の方へ転進するのを確認し、連合艦隊は逃げる船団とその護衛の殲滅を、第七艦隊に命じた。
○第七艦隊:武本権三郎中将
・戦艦 :「隠岐」
・軽巡洋艦:「佐波」
・敷設艦 :「津軽」「沖島」
・第九水雷戦隊:
・第八十一駆逐隊:「初桜」「椎」「榎」「雄竹」
・第八十三駆逐隊:「桂」「梓」「蓬」「白梅」
・第八十四駆逐隊:「榊」「早梅」「飛梅」
・第八十五駆逐隊:「藤」「山桜」「葦」
・増援
・軽巡洋艦:「名取」
・第二十五駆逐隊:「夏潮」「時津風」「舞風」
戦艦『ビスマルク』を改修した『隠岐』を旗艦に移した武本中将は、第七艦隊残存を率いて、敵船団を追尾、捕捉。護衛戦力がすでに消耗していたこともあり、明け方までに、ほぼ全滅させることに成功した。
ここに甲艦隊として把握されていた艦隊は壊滅したのだった。
「――戦場より離脱した敵艦が数隻、索敵機によって確認されています。第一機動艦隊に命じて、これらにトドメを刺しますか……?」
「すでに脅威ではないのではないか?」
山本 五十六連合艦隊司令長官が問えば、中島は顎を引いた。
「はっ、離脱した敵艦の大半が、乙艦隊の方向へ離脱していますから、これと合流されたら、多少面倒になるかと」
「……うむ、そうだな。小沢君に頼んで、航空隊を出させよう」
水上艦で追尾すると時間がかかるのだ。山本は、草鹿 龍之介参謀長を見やる。
「残るは、その乙艦隊か」
「はい。第八艦隊、第九艦隊が、攻撃を開始する頃合いかと」
セイロン島を目指していた甲艦隊とは別に、インドはカルカッタ方面へベンガル湾を北上する異世界帝国の輸送艦隊があった。
その規模は、乙型戦艦こと、旧型のヴラフォス級戦艦6隻と、小型空母10隻、駆逐艦50が護衛につき、輸送艦はおよそ300がある。
この輸送艦の数は、インド洋艦隊が随伴させていた規模に匹敵し、セイロン島に迫っていた甲艦隊の随伴の倍である。
インド洋艦隊の後詰め戦力だったのだろうが、この量の陸軍と物資がインドに上陸するようなことがあれば、大陸決戦の行方にも影響するだろう。
護衛戦力自体は、異世界帝国の輸送船団の定番である小型空母と駆逐艦で、甲艦隊よりも弱体だが、格下とはいえ戦艦6隻がついているので、巡洋艦以下の水上打撃部隊が挑むのは厳しい。
その点、戦艦と大型巡洋艦を有する第八艦隊ならば、互角以上に渡り合えると連合艦隊司令部は予想した。第九艦隊と共闘すれば、よほどの不運や失敗がなければ、捕捉・撃滅は可能と思われた。
「とはいえ……こちらも援軍は必要かな?」
山本は首をかしげた。
インド洋海戦を戦った主な艦隊は、修理と補給のため、ほぼ撤退した。残っている第一機動艦隊を、第八、第九艦隊と合流させれば、より確実になるのではないか。
「一機艦も、それなりに弾薬を消耗していますから――」
草鹿は告げた。
「ここは予備兵力として待機でよろしいかと思います。第九艦隊にも転移艦がありますから、いざとなれば救援に駆けつけられますし」
「……そうだな」
山本は納得した。
・ ・ ・
「――うん、まあ、そういうわけで、新堂。お前にうちの航空隊を預けるからさ。特務巡洋艦……八十四戦隊、こっちに回してくれない?」
第八艦隊司令長官、遠藤 喜一中将は、同期である第九艦隊司令長官の新堂 儀一中将は気さくに呼びかけた。
同期であることもあるが、名前の響きが似ているからか、妙なところで親しかったりする。
なおハンモックナンバーは遠藤が同期の中の一桁、7番であり、新堂はもちろん、同期で艦隊司令長官をやっている角田 覚治、志摩 清英、三輪 茂義、原 忠一より上である。
あの軍令部次長の伊藤 整一よりも番号が若く、海大21期の同期でもある。もっとも、海大では伊藤が21期優等で上になったが。ともあれ遠藤と伊藤は同じタイミングで昇進する同期のトップ組だった。
そんなわけで、遠藤と新堂は同期ではあるが、指揮系統のトップは第八艦隊の遠藤にあった。
「要するに、第八と第九艦隊で、機動艦隊編成をやろうというわけだな?」
新堂が確認すれば、遠藤は我が意を得たりという顔になる。
「うん、そういうことだ。僕は航空の方はあまり関わってこなかったからね。せっかくの四航戦や六航戦を使いこなせる自信がない」
「はっきり言うなぁ」
「角田にならって、前に出てもいいかな、と思っている。こっちは砲術の人間だからね。餅は餅屋さ」
遠藤の考えを素早く思考し、新堂は答えた。
「わかった。空母はこっちで預かろう。八十四戦隊の特巡と……九十一駆逐隊も持って行くか」
「九十一駆?」
「妙風型大型駆逐艦だ。イタリアのカピターニ・ロマーニ級の改装艦だ。脚が早く、水上戦闘が得意なやつだ」
「そいつはありがたい」
「何なら、『妙義』と『生駒』も送ろうか。そっちの戸隠型と合わせて大型巡洋艦4隻になる」
「お前の旗艦はどうする?」
遠藤が問えば、新堂は苦笑した。
「空母を旗艦にするさ」