第五二六話、セイロン島沖夜戦2
「戦艦が18隻だとぉ! 馬鹿なっ!」
ムンドゥス帝国オーストラリア方面艦隊、アーデイン中将は、右翼隊が日本軍の戦艦部隊による集中攻撃でやられている状況に声を荒らげた。
「敵の戦艦は5隻だったはずだ! 偵察機が発見していない別動隊がいたのか」
そうとしか現状に説明がつかなかった。31隻もの空母を主力とする機動部隊の他に、前衛ともいうべき戦艦部隊が存在していたのを確認できなかったのだ。
――てっきりインド洋艦隊との戦いで、沈んだか手傷を負ったかでいなかったと思ったが、こんなに戦艦が残っていたとは……!
まさか偵察機が前衛を見落とすとは思っていなかったから、空母31隻の艦隊を主力と判断してしまった。
判断ミスは悔やまれるが、今はそれどころではない。
艦隊中央で暴れていた遮蔽装置付き戦艦は、味方が来たからか、いなくなったようだ。砲撃が止んだところから、味方の砲撃に巻き込まれないよう退避したのだろう。いつまでもそちらに気を取られていると、右翼隊が全滅してしまう。
「巡洋艦、駆逐艦戦隊は、左翼から回り込みつつ、敵艦隊の後方へ突撃、攻撃せよ! 敵のケツを吹き飛ばしてやれ!」
右半分はやられたが、左半分は残っている。ここで敵をやらねば、セイロン島、トリンコマリー攻撃など夢のまた夢だ。
「長官、ここは撤退すべきではないでしょうか?」
レゲイン参謀長が窺うように発言した。
「我が艦隊はすでに、半壊しております。敵艦隊よりの半分程度にまで減らされているものと推測――」
「馬鹿者! この状況で何故、我が艦隊が敵の半分と判断できる? 貴様の目はレーダーか何かか!?」
アーデインは怒鳴った。
「いいか若造。貴様の壊れた脳味噌にもわかるように言ってやろう! この戦局に活路を見いだすならば、突撃して敵を叩くしかないのだ! たとえこの戦場を逃げたとしても、朝になれば日本軍の航空機にやられる! ならば正面から戦え、この馬鹿者がっ!」
司令長官の怒号に、すっかり気圧され、言葉もない参謀長である。
旗艦『オルコス』以下、オリクト級戦艦6隻は、左舷側に巡洋艦戦隊を伴いつつ、艦隊右翼の敵艦隊に向かって突き進む。
『――レーダーは、多数の艦が入り乱れているため、識別困難!』
「目視で対抗しろ。敵戦艦の発砲炎は見えるな? 今は敵もシールドを張っていないだろう。当たれば確実にダメージを与えられる!」
問題は、艦砲の命中率だ。日本海軍はどういう魔法を使っているかわからないが、その射撃精度は恐るべきものがある。対してムンドゥス帝国戦艦の砲撃命中率は、初手から当たるとはとても思えなかった。さらに夜戦ともあれば。
もっと距離を詰めねば――
その時、左舷方向で、無数の炎が煌めき、雷鳴のような砲声が鳴り響いた。
「今のは何だ? ……まさか」
戦艦列の左を行くプラクス級重巡洋艦列に、立て続けに爆発と火の手が上がった。あきらかに攻撃を受けた。
『8時の方向! 新たな艦隊、出現!』
「なに!?」
アーデインや参謀たちは左舷側に寄り、目を凝らした。
・ ・ ・
それより少し前、異世界帝国艦隊が、第一、第二艦隊への反撃行動を開始した頃、転移巡洋艦『矢矧』によって、第一機動艦隊、第二機動艦隊が、その敵側面を衝くポジションに転移した。
早速、敵艦隊の位置、行動を把握し、攻撃態勢に移る。
「右砲戦! 我が第一機動艦隊突撃部隊の目標は、敵巡洋艦!」
戦艦『伊勢』で、小沢 治三郎中将は険しい表情をより険しくさせた。
「敵戦艦は、第二戦隊が牽制する。こちらは巡洋艦ならびに駆逐艦を叩く!」
戦艦『伊勢』『日向』は、41センチ三連装砲三基を右舷側へ指向する。後続するは第一六戦隊の重巡洋艦『利根』『筑摩』『鈴谷』『熊野』と、第三十二戦隊の大巡『早池峰』重巡洋艦『古鷹』『標津』『皆子』。
さらに軽巡洋艦『大淀』率いる第一防空戦隊の秋月型、冬月型、青雲型の各防空駆逐艦16隻が、水雷戦隊よろしく護衛についている。
第一機動艦隊は、ソロモン戦から水上艦相手に砲を撃っていないため、砲弾は潤沢にあった。
これに併走するように、第二機動艦隊の戦艦『磐城』『大和』『信濃』『和泉』、そして連合艦隊旗艦『敷島』が航行していて、それぞれの主砲を敵戦艦群へと向ける。すでに第二機動艦隊の所属である第八水雷戦隊は突撃の構えである。
「撃ち方始め! 敵の目をこちらに引きつけろ!」
小沢の命令と共に、第一機動艦隊各艦艇は発砲した。『伊勢』『日向』の砲弾は、敵重巡洋艦の防御障壁を削り、そして貫いた。艦首を抉り、マストを折られた先頭艦が、よろよろと針路を外れていく中、『利根』『筑摩』『鈴谷』『熊野』の20.3センチ連装速射砲が、プラクス級の障壁に着弾し、その耐久を削る。
『早池峰』が30.5センチ砲を撃って、敵艦に損害を与える中、迎撃しようと方向転換した異世界帝国駆逐艦に向けて、『古鷹』『標津』『皆子』が20.3センチ光弾砲で迎撃した。ほぼ直進する弾道を描く光弾砲に、船体を正面から貫かれ、爆発しながら海上に停止してしまう敵駆逐艦。
そうこうしているうちに、戦艦『磐城』ほか第二機動艦隊戦艦群が、敵オリクト級戦艦へ主砲を撃ち込んだ。
標的になった敵戦艦に砲弾が集中。水柱よりも命中の光が多かった。46センチ砲弾が混じったその攻撃に、主力戦艦であるオリクト級も耐えられない。
戦艦『大和』でそれを目撃した第二戦隊司令官、宇垣 纏中将は、思わず口元を緩めた。
「さすがは正木大尉だ」
『大和』の制御を担う正木 初子の砲術の冴え、いやコントロールは今日も抜群だ。宇垣は、開戦時の第一次トラック沖海戦直後の撤退戦を思い出していた。
あの時、救援に現れた戦艦『土佐』『天城』を、彼女は一人で統制し、多数の砲弾を1隻の敵戦艦に叩き込んで見せた。恐るべき命中精度、大砲屋の夢そのものの光景を具現化した砲術の神、いや女神。
そして今回は、初子は第二機動艦隊戦艦4隻の射撃をコントロールし、牽制でよしとされるこの状況で、敵戦艦1隻を撃沈せしめた。
砲弾が不足? いや、彼女にかかれば、各砲に10発も残っていれば、複数戦艦の統制射撃で10隻の敵艦を沈めてみせるだろう。
――何かこう、楽しくなってくるな……。
場違いな感情ではあるが、普段から表情に乏しい宇垣に、無意識の笑みを浮かべさせるには充分だった。
これに森下 信衛艦長は気づき、意外なものを見たという顔になる。
「砲弾不足、何するものぞ。『大和』と正木大尉あれば、他隊に委ねずとも敵戦艦を全滅させられる」
実際、そうなると感じさせる戦いだが、この時、第一機動艦隊、第二機動艦隊の反対側で、新たな刺客がムンドゥス帝国戦艦に牙を剥こうとその姿を現しつつあった。