第五二四話、オーストラリア方面艦隊、前進続行す
日本軍は空母を狙う。それは彼らがムンドゥス帝国に正面から反撃してきた時からのセオリーとも言える。
「言わば、パターンというやつで、この手の戦い方というのは軍隊によって違うもんだ」
ムンドゥス帝国オーストラリア方面艦隊司令長官アーデイン中将は、苦虫を噛み潰したような顔だった。
「さて、我々はセイロン島上陸がほぼ不可能になってしまった」
日本軍の1200機にも及ぶ大編隊の攻撃は、初手、陸軍を載せた上陸軍、そして物資を満載した輸送船団へと向いた。
船団護衛部隊の悲鳴のような要請を聞くまでもなく、アーデインは本隊の迎撃隊を船団救援へと差し向けた。
が、狡猾な日本軍は、遮蔽に隠れた奇襲攻撃隊を用いて、頭上が手薄になったオーストラリア方面艦隊を襲撃した。
終わってみれば、日本軍はセオリー通り、ムンドゥス帝国艦隊の空母部隊を撃滅し、制空権を奪った。
「空母も失われたが、我々はセイロン島の日本軍施設を攻撃せねばならない。占領できずとも、拠点としての機能を奪えというご命令だ。貴様はどう思う、参謀長?」
「はっ、正直無謀ではあります。しかし命令でありますから――」
「やらねばならない。その通りだ。カルカッタ行きの船団のためにも、セイロン島の基地設備は叩く。……それで我々が全滅しようとも、だ」
ごくり、とレゲイン参謀長の喉仏が上下した。アーデインは鼻をならす。
「空母はやられたが、我々にはまだスクリキ無人戦闘機が残っていて、ないよりマシだが迎撃に限ればまだ何とかやれる」
ただし30隻に及ぶ日本空母の攻撃隊が来襲すれば、被害は免れないだろう。本当に気休め程度の直掩だ。
「そしてその懸念だった日本軍の機動部隊だが、第二次攻撃を放ってこなかった」
夜になる前にもう一度、仕掛けてくる余裕があると思われたが、日本軍は仕掛けてこなかった。
「インド洋艦隊との連戦で、爆弾を使い切った説が出てきたな。そうだな、ステートス?」
「はい。連中は先の第一次攻撃でケリをつけるつもりだったのかもしれません」
ステートス航空参謀は頷いた。
「しかし、奴らは夜間に航空攻撃を仕掛ける腹かもしれません」
「そう。航空攻撃は昼間のみという先入観の裏をかいてくるかもしれん。日本軍にはそれができるからな」
アーデインは淡々と告げる。
「しかし、夜も見える能力があるとはいえ、昼間のようにはいかん。さすがに1000機以上の夜間攻撃はあるまい。むしろ、転移を使って日本軍の水上打撃部隊が、夜戦を仕掛けてくるに違いない」
現在確認されている日本艦隊は、空母こそ31隻だが、戦艦は5隻、大型巡洋艦1、重巡洋艦7、軽巡洋艦21、駆逐艦およそ30。
艦隊戦力では、オーストラリア方面艦隊は昼間の脱落、沈没艦を差し引いても、戦艦17、重巡洋艦18、軽巡洋艦35、駆逐艦65と、敵のほぼ倍の戦力を有していた。
「何も、こちらが分散してやることはないわな」
オーストラリア方面艦隊としては、セイロン島のコロンボ、トリンコマリー両軍港を破壊したいところである。
だが艦隊を二分して、日本艦隊と互角の戦力にして応戦してやる道理はなかった。悔しいが、個々の性能は日本側がやや優勢であり、数が互角はつまりムンドゥス帝国側の不利だ。
「連中が得意としている夜戦で、各個撃破はなしだ。我々はトリンコマリーに艦隊を集中する」
「長官、我々の任務からしますと、コロンボも攻撃しなくてはなりませんが……」
レゲイン参謀長が、やや狼狽えつつ言った。アーデインの機嫌を損ねないように、という気が見えていて、当然のごとくアーデインはギロリと睨んだ。
「貴様はワシの話を聞いていたか? 日本海軍は必ずこちらの攻撃を阻止するために夜戦を仕掛けてくる。そこを返り討ちにできれば、トリンコマリーを叩いた明日以降、悠々とコロンボも攻撃できるという寸法だ」
戦力の集中は戦いの鉄則である。日本軍はセイロン島防衛のために、仕掛けてくるのは確実なのだ。ならば戦力分散して、どちらに仕掛けてくるのか迷いながら身構えることもなく、一塊になっていた方が対応しやすいというものだ。
・ ・ ・
オーストラリア方面艦隊は、前衛に軽巡洋艦15、駆逐艦20の前衛を配置。その後ろを戦艦17、重巡洋艦18、軽巡洋艦20、駆逐艦30が続いていた。
前衛は対潜警戒。後続部隊は、戦艦部隊が複縦陣を形成し、その外側に巡洋艦、駆逐艦が縦列で航行し、敵の突入に対する防御層を作っていた。
アーデイン中将は、古参の地球派遣軍軍人として、日本軍の夜戦を警戒していた。戦艦部隊を複縦陣にしたのも、敵の側面からの切り込みに対応したもので、戦艦の主砲はそれぞれ正面ないし側面に予め指向させてあった。
敵襲あれば、素早く照準、射撃できるようにという配慮である。
艦隊はセイロン島北東部のトリンコマリーを目指して航行する。いつ日本艦隊が殴り込んできても応戦できるように、戦闘配置のまま。
しかし、アーデイン中将の読みは、ほぼ正解だったものの、間違いもあった。
それは確認されている以外にも日本の艦隊があって、その水上打撃部隊の戦力を、大きく見誤っていたことだ。
攻撃は突然だった。
警戒部隊に守られた戦艦部隊、その左列の最後尾のオリクト級戦艦が、40.6センチ光弾砲弾36発全弾を叩き込まれ、爆発轟沈した!
突然の火柱が闇夜を明るく照らした。
『敵襲!』
すでに配置についているムンドゥス帝国将兵は、爆発で戦艦がやられたことに驚きつつも、すぐに自分の警戒範囲に敵がいないか目を鋭くさせた。
レーダー室もまた、日本軍が転移で現れたのではないかと、それまでとの光点との違いを見定めようとした。
が――
『こちら右舷見張り、敵影なし!』
『左舷見張り、こちらも敵影見えず!』
『こちらレーダー室、敵艦隊らしき反応、確認できず』
見張り員もレーダーも、敵を見つけられない。ムンドゥス帝国艦の全てでほぼ同じ報告が行われ、旗艦である『オルコス』のアーデイン中将にもとにも届く。
「くそっ、確認できないなんてことがあるか! そもそも何にやられた? 潜水艦なら、ソナーで探せ! それ以外なら、敵は遮蔽を使っているということだ。見つけるのは無理なら、せめて次の攻撃の出所は見失うな!」
言い終わらないうちに、またも爆発の轟音が響いた。
『右列四番艦「モティヴォ」にて大爆発!』
また1隻、戦艦がやられた。これでなお敵艦が見えないのであれば、敵は遮蔽艦で決まりだろう。
潜水艦の雷撃が、巡洋艦、駆逐艦に当たらず戦艦だけに当たるという、いくら誘導するとしても神芸当の技でない限りは。