第五二一話、ムンドゥス帝国オーストラリア方面艦隊
ムンドゥス帝国南海艦隊、その主力はソロモン諸島を巡る決戦で、日本海軍に敗れ去った。
しかし南海艦隊から分離したオーストラリア方面艦隊は健在であった。
ハルク・アーデイン中将は、そのオーストラリア方面艦隊司令長官である。少々肥満体であり、髪も薄くなっているが、地球へ配属されて長く、その知識は新参の増えたムンドゥス帝国地球派遣軍の中でも豊富であった。
「――南海艦隊のケイモン大将が戦死し、インド洋艦隊もやられた、か」
アーデイン中将が言うが、参謀たちは静かに司令長官の言葉を待つ。しかしアーデインは鼻をならした。
「おい、これではワシが独り言を言っているようじゃないか。……レゲイン参謀長!」
「はいっ!」
「貴様、何かないのか?」
「あっ……いえ、特には――」
「貴様は参謀長だ。司令長官であるワシの言葉は一語一句聞き逃さず、いつでも応えられるようにしておけ」
真顔でアーデインは告げる。地球配属の古参である司令長官に対して、レゲインは、着任して日が浅い。
「で、話を戻すとだ。我がオーストラリア方面艦隊は、テシス大将の要請を受けて、南海艦隊とは別に東南アジアへの陽動攻撃に参加した」
「はい。……日本海軍の航空部隊の反撃を受けて、艦隊に損害を受けました」
「そうだ。空母15隻が全滅した。まったくもって腹立たしいことにな」
アーデインは不快げに唇を歪めた。
「我らが主力であった南海艦隊もソロモン諸島の戦いで壊滅した。そして我々に与えられた任務は、インド洋艦隊の後詰めとしての出撃――」
本来は、南海艦隊の別動隊として、ニューギニア侵攻部隊に回されると思われたが、そちらへの戦力が、オーストラリア西部に送られた。それらを統合し、増援を受けたオーストラリア方面艦隊は、インド洋に進出することになった。
レゲイン少将は言った。
「南海艦隊が健在でしたら、我々はインド洋ではなく、ソロモン諸島かニューギニアに向かうところでした」
「だろうな」
アーデインは視線を戻した。
「どちらにしろ、我が艦隊は後詰めだ。だがインド洋艦隊も、日本海軍に敗れた。いや、強いな、日本艦隊は」
「はあ……、そうですね」
少々躊躇いをおぼえつつ、レゲインは相槌を打つ。
「連中は艦隊ごと転移を行い、ソロモン諸島からインド洋に飛んだらしい。さすがに連戦だ。連中とて無傷とはいかんだろう。それなりに消耗もしているはずだ」
「はい」
「……参謀長。連中は我々の存在に気づいていると思うか?」
じっと観察するような目を向けるアーデイン。若い参謀長は、わずかに躊躇い、しかし答えた。
「現在のところ、発見された報告はありませんが、敵は我々をすでに発見しているものとして行動すべきかと思います」
「ほぅ。敵の偵察機の報告もないが、警戒はすべきというわけだな?」
「はい!」
「うむ。偵察機は飛んでこんでも、潜水艦が通報している可能性もある。例の東南アジア襲撃で、連中の飛行場をいくつか叩いたが、いつまでも警戒網にあいた穴をそのままにはしておかんだろう」
飛行機が使えないなら船で。日本海軍の偵察潜水艦が、うろついていても不思議ではない。
「そして敵は転移を使ってくる。今、こうしている間にも、突然、艦隊に突っ込んでくる可能性があるわけだ。……わかるな、参謀長?」
「はっ、警戒を厳に致します!」
「そうだ。我々は、セイロン島までかなり近づいておる。が、こちらは日本艦隊の位置を掴んでおらん。これは由々しきことだと思うがね」
そこでアーデインはニヤリとした。
「貴様は、すでに敵がこちらの存在を掴んでいる可能性があると指摘したな?」
「は、はい……、いえ、明確に決まったわけでは――」
言いかけるレゲインだが、遮るようにアーデインは言った。
「こちらも長距離偵察機を解禁しろ。敵は、ただでセイロン島を明け渡すほど柔ではないぞ」
「……よろしいのですか? 偵察機を解禁すれば、そこから逆にこちらの所在をバラす恐れがありますが」
「おいおい、貴様は士官学校で何を学んできたのだ?」
アーデインは不愉快そうに眉をひそめた。こいつは馬鹿かもしれない、という言葉を飲み込む。
「もう敵がこちらを掴んでいるかもしれんのに、逆に我々が敵の所在を掴んでいないのは問題だぞ。貴様は、目隠しして戦うつもりなのか?」
参謀長が強く言われ、若い参謀たちは緊張し背筋を伸ばした。
「いいか、参謀長。インド洋艦隊が撃滅されたということは、日本艦隊はそれなりの戦力をまだ残しているということだ」
痛み分け、引き分けであるなら、インド洋艦隊も残存部隊があって、敵の規模など詳細を報告してきたに違いない。
しかしそれがないとなれば、インド洋艦隊より日本艦隊が戦力を有し、撃滅したことを意味する。そのそれなりの残存戦力を以て、オーストラリア方面艦隊に殴り掛かってくる可能性は極めて高い。
「情報参謀!」
「はっ!」
アーデインが呼べば、情報参謀が一歩前に出た。
「カルカッタ侵攻部隊の方から、何も言ってきてはいないな?」
「はい。今のところ、何も」
無線封止によって、通信の傍受からの艦隊所在の発覚を避けての行動である。現在、アーデインのオーストラリア方面艦隊の他、南海艦隊残存の分遣隊であるカルカッタ侵攻部隊が、静かにベンガル湾に侵入しつつある。
「まだ向こうが攻撃を受けていないのは幸いだ。日本軍の目をセイロン島に引き付けてやるためにも、こちらは派手にやらねばならん」
アーデインは軍帽を被った。
「貴様らも、戦闘海域ではないからと気を気を緩めるな。身構えるのは、一歩も二歩も先からだ。日本軍はそこを攻めてくるのだからな」
「はいっ!」
ヨーイ、ドンで戦闘は始まらない。日本軍の先手必勝主義は、幾多のムンドゥス帝国艦隊を葬ってきた。
「貴様らも、まだ名誉の戦死者の列には加わりたくはないだろう?」