第五〇三話、スファーギの失態
ムンドゥス帝国インド洋艦隊、第一群旗艦、改メギストス級戦艦『テタルトン』。
スファーギ中将は、日本軍との決戦を心待ちにしていた。
身長180センチの長身。しかし盗賊の頭目のように粗野な見た目で、何かと声の大きな男だ。
「待ち遠しい。まだ攻撃隊は出せんのか?」
「はっ、まだ艦載機の航続距離の外であります」
航空参謀が答えれば、スファーギは口元を歪めた。
「どうせ敵は我々の進行方向にいるのだろう? このまま我々が前進するなら、艦載機の航続距離も少しは余裕ができるんじゃないか?」
何せ迎えにいくわけだから。そういうスファーギに、参謀長は言った。
「我が隊はともかく、他隊はまだ後方ですから。攻撃隊は一斉に放つものですから、いましばらくは」
「ふん」
「それよりも、スクリキの展開数を増やしたほうがいいかもしれません。日本軍には遮蔽飛行できる攻撃隊がいて、それがこちらの攻撃隊展開の直前に襲撃してくるとか」
参謀長の進言に、スファーギは首を横に振った。
「まだこちらは発艦態勢にもなっておらん。今から出しても無駄だろう」
防御シールドを展開していれば、ある程度の攻撃は凌げる。それで防いでいる間に、スクリキ浮遊戦闘機隊を全機展開すれば、それで制空権を守れよう。
スファーギの自信は揺るがなかった。地球人は征服される下等種という偏見が強い、ムンドゥス帝国軍人である。最近こちらにきたばかりの将校は、まだそれらの見方が抜けきれていないのだ。
これまでの戦闘記録から対策は通知されているし、それを無視するつもりはないスファーギである。
だが、偏見からくる油断はあった。対策を鵜呑みにし、それ以上のことに頭を働かせなかったのである。
そして天罰は下った。
展開しているスクリキ浮遊戦闘機が、突然バタバタと撃墜された。直後、日本軍の奇襲攻撃隊と対艦誘導弾が現れ、空母群へ殺到した。
『敵襲! 敵襲!』
『対空戦闘!』
それまでの状況が一変し、スファーギらが事態を飲み込む頃には、10隻の空母が次々と誘導弾によって爆発、火だるまと化した。
「対空戦闘ーっ!」
スファーギが叫んだが、時すでに遅し。参謀たちも慌てている。
「防御シールドを張っていなかったのか? そんな馬鹿な!」
「スクリキの緊急発進を――」
その声に、スファーギはハッとした。
「そ、そうだ、スクリキを全機出せぃ!」
浮遊戦闘機隊は、支援輸送艦預かりの艦載機だ。空母を先制されるこれまでのパターンから見て、空母ではなく別の艦艇から直掩機を出すのがよい、と考えられたのである。
だが遅かった。肝心の守るべき空母が、真っ先に排除されてしまったからだ。
油断である。
第一群の対応は後手後手過ぎた。対空砲火も遅く、一部衝突事故を起こした機体以外は、日本機をほぼ逃がしてしまった。
・ ・ ・
インド洋艦隊総旗艦にして、第四群旗艦である改メギストス級戦艦『プロートン』。艦隊司令長官、メントー・オロス大将は、日本軍の先制攻撃について、報告を受けていた。
「襲撃を受けたのは、第一群と第三群です」
テルモン参謀長は事務的に告げた。
「第三群は、空母4隻沈没、2隻大破。しかし4隻は被弾はあれど、航行に支障なく、艦載機の展開も可能です」
インド洋艦隊の東に位置していた第三群を襲ったのは、日本海軍第七艦隊の奇襲攻撃隊である。
こちらも遮蔽を使って接近してきたが、通常の上空直掩に加えて、多数のスクリキ浮遊戦闘機が艦隊上空を守り、日本軍の襲撃から何とか空母を全滅させずに済んだ。
「対して、第一群は空母10隻が全滅しました。スクリキを展開させていたものの、日本軍の攻撃はまだ先とふんで、充分な数を展開させていなかったようです」
「日本海軍は、隙を見せれば襲ってくる。わしは、出撃前にそう司令たちに言ったはずだったがな」
オロスは眉間にしわを寄せた。やはり第一群のスファーギ中将は、やらかした。戦意はあるが、戦況の読めないマニュアル人間め――その罵倒は口から出ることはなかったが。
「日本軍は、こちらの想定より早く仕掛けてきた」
「はい。気になるのは、シールドを展開しているにもかかわらず攻撃され、空母がやられたことです」
テルモンは眼鏡を指先で持ち上げた。
「確証はありませんが、シールドを無効にする新型兵器を彼らは投入している可能性が高いと思われます。ソロモン諸島での南海艦隊も、その新兵器によって制空権が奪われた可能性も――」
対策はしていたはずだ。インド洋艦隊の将兵が接した対策も、南海艦隊でも同様に使われていたはずだ。
南海艦隊が撃滅され、日本軍は連戦にもかかわらずそれなりの艦隊戦力をインド洋に派遣してきた。
「対シールド兵器を用いられた場合、戦況にどう影響する?」
「敵航空隊の攻撃力が跳ね上がります」
テルモンは間髪入れずに答えた。
「戦艦や巡洋艦同士の砲撃戦ならば、片方が防御に徹する、という戦い方をしない限りは、多少防御力が上がる程度で済みますが、航空機による集中攻撃を受ければ戦艦と言えどやられます。まして空母は、シールドなしでは二、三発喰らえばお終いです」
第一群の空母群のように、あっさり全滅というのもあり得る。
「対策は?」
「敵の艦攻に攻撃させないことです」
思考早く、テルモンは告げた。
「幸い我が艦隊は、空母以外に支援輸送艦にスクリキ浮遊戦闘機を積んでいますから、艦隊攻撃力はなくとも防空に関しては、いまだ強固な迎撃が可能です」
「つまり、防御に関しては、まだまだ抵抗が可能ということか」
オロスは自らの白い髭を撫でた。
「敵機を近づけさせないとなれば……やはり厄介なのは、敵の奇襲攻撃隊だな」
それを封じない限り、接近されて襲撃される。レーダーも見張りも役に立たず、防御シールドも頼りにできない。その間に、インド洋艦隊の空母が全滅してしまう。
「襲撃部隊を展開させてはいますが、今のところ、まだ発見の報告はありません」
テルモンの表情は曇った。
日本海軍の奇襲攻撃隊を発進させている母艦群もいるはずである。それらを捜索、襲撃する遊撃部隊をインド洋艦隊は送り込んでいる。いつまでも敵の母艦群に好き勝手やらせるつもりはないのだが、不運なことに敵を捕捉できずにいる。
「見えない敵を探すのは難しい。特にこのインド洋は広いからな」
オロスは言うが、テルモンは首を横に振った。
「しかし、敵航空隊の航続距離内に、敵母艦群はいるわけですから。早いところ発見してほしいものです」
「同感だ」
日本軍の奇襲攻撃隊を黙らせることができれば、以後の戦いにも大きく影響を与えることができるだろう。




