第五〇〇話、アペイロン鹵獲作戦
まったく、無茶苦茶な作戦だ。
現部隊の指揮官、遠木 迅中佐は、四式装甲機動歩兵を操り、メギストス級戦艦『アペイロン』の艦首甲板にいた。
潜航していた潜水空母『鳳翔』は、彩雲改偵察機から、敵艦の針路と距離を正確に受け取り、その至近に無音浮上できるように待ち伏せをしていた。
事実、浮上のために音を立てることもなかったから、海中に耳をすましていたソナーマンはまったく気づかなかっただろう。
浮上直後、格納庫から飛行甲板に転移させられた遠木ら突入隊は、右舷30メートル先を並走する『アペイロン』を見て、大ジャンプした。
なお、一般兵仕様の四式装機兵だったなら、約30メートル強の大ジャンプは不可能だった。能力者の魔力によって性能を底上げされた、いわばエリート仕様だったからこそジャンプで届く距離であった。
この辺り、遠木の現部隊を指名した意味があったわけだが、そこに魔技研出の神明少将の陰が見え隠れするのである。
ともあれ、アペイロンの甲板に飛び乗った遠木ら突入隊は、3名が甲板で敵に対して睨みを効かせる一方、残りが急いで携帯式転移中継装置を組み立てた。
分割輸送したそれは、瞬く間に魚雷と、それを支える発射台と三脚くらいのものとなる。これの早組み立てを5回しか練習できなかったのが、あまりに急造任務故の心残り。しかし、その辺りは装甲機動歩兵用の迫撃砲組み立て訓練の応用で何とか間に合わせられた。
異世界人が面食らっている間に、装置の効果範囲を設定し、転移。場所は九頭島にほど近い無人島。その山中に、『アペイロン』を落っことした。
その振動は、甲板で踏ん張っていた四式装機兵ですら転倒しそうになるほどの衝撃があった。突然、転移させられた艦内の異世界人には対ショック姿勢を取る間もなかったに違いない。
「志堂、桐谷、無事か!?」
『だ、大丈夫!』
『大丈夫です!』
「よし、撤収する! 回収はじめ!」
遠木は命じた。敵乗員が大惨事になっている間に、撤退する。さすがに武装した乗員をいちいち相手にしろとは任務に入っていない。
遠木ら突入隊は、素早く転移中継装置を分割、回収する。
「荷物は持ったな? 転移しろ!」
四式装甲機動歩兵の背面に装備した転移離脱装置を使う。これで九頭島へ転移離脱だ。部下たちが消えるのを見届け、デッキを機関銃を向けていた援護人員が離脱したのを確認して遠木は、最後に脱出した。
これで現部隊の任務完了だ。航行中の敵艦に乗り移り、転移装置を仕掛けるなどというアクロバティックな作戦をやり遂げた。
連合艦隊はインド洋で決戦らしいが、こちらは少しは休めるかな、と遠木は思った。敵旗艦級戦艦を1隻を使えなくしたのだから、お手柄に違いない……。
そう、思っていたのだが。
・ ・ ・
「はぁ……。鹵獲、ですか」
遠木は思わず返した。九頭島司令部の作戦室。任務完了を報告して1時間ほどして、再度呼び出しを受けたら、そこには連合艦隊司令部からやってきた渡辺戦務参謀が待っていた。
「うんそうなんだ。連合艦隊司令部としては、あれも強力な戦艦であるわけだから、鹵獲できるなら鹵獲したい。……それも無傷で」
何とも軽い調子で渡辺は告げた。遠木は舌がざらつくのを感じる。また現場を知らない司令部が無理難題を押しつけてくる。
「つまりは、あの旗艦級戦艦に乗り込んで、乗組員を殲滅してこい、ということですか?」
あの戦艦に何千人の異世界人がいると思っているのか? あれほどの大艦ともなれば、およそ3000人くらいはいるだろう。
日本海軍の艦艇は、かなりの部分で自動化を進めているから、今のレベルなら100人もおらず、制圧しろと言われてやってやれなくはないが、異世界人はそんなこともないだろうから、無茶もいいところである。
艦艇用クルーは陸兵に比べれば幾分か落ちるが、全員、訓練などで一度は銃を撃ったことがある。つまり白兵戦もある程度できるし、場所が場所だけに制圧は簡単ではない。
これは人数に対して人数で対処すべき任務であり、現部隊向きではない。
無理ですよ、と言いかける遠木だったが、渡辺は掌を向けた。
「いや、殲滅は間違いないが、乗り込む必要はないんだ」
「と、言いますと?」
「中佐、君の指揮する部隊に物体を転移させることができる能力者がいただろう? 名前は確か――」
「志堂ですか?」
彼女なら、短距離に限るが、転移させることができる。今回の敵戦艦乗り込み作戦でも、防御障壁を展開されていた時の予備プランとして、彼女の転移魔法で中継装置を戦艦の甲板へ飛ばすという次案があった。
「そう、志堂一等兵曹」
渡辺は、持参したバッグから何やら図面を出した。それを見て、遠木は眉をひそめた。
「これは、例の旗艦級戦艦ですか」
「そう、播磨型になる前の、異世界人の戦艦の図面だ」
メギストス級戦艦の構造図を出した渡辺は、艦中央部のとあるとある一点を指さした。
「これ、ここに魔技研がE素材と名付けたものが使われた、異世界人の生命維持装置があるんだけどね……。これがなくなったら、艦にいる敵兵は一網打尽になる」
「……」
えげつないことを考えるものだ。確かに乗り込んで白兵戦を仕掛けるよりは楽、かつ被害を抑えることができるだろう。……ただ一つ、艦の中枢にあるE素材をどうにかする方法が問題となるが。
「志堂一等兵曹の名を出したということは、彼女にE素材を転移させろ、ということですか?」
「それが一番損害なくやれる方法だと聞いたんだ」
「どなたから?」
「第一機動艦隊参謀長の神明少将からだよ」
さらりと渡辺が答え、同時に遠木は、反発も反対も出なくなった。
神明少将は、基本的に出来ないことを部下に要求しない。志堂が九頭島の魔法学校にいた頃から、彼女の能力については把握している神明である。遠木には、志堂にできるのか実感がわかないのだが、神明でできると判断したのならできるのだろう。
同時に、神明もまた連合艦隊司令部から、この『できるなら「アペイロン」を鹵獲したい』という無茶な方法の相談を受けたのだろうと、遠木は察した。
「こちらとしても、あわよくば無傷で鹵獲したいという話で、犠牲は出したくはない」
渡辺は言った。
「無人島に打ち上げられた旗艦級戦艦は、もはや動くことはない。だけど、異世界人たちが燃料切れで、生命維持装置が停止する前に、艦に爆薬を仕掛けて自爆でもされると、後が面倒になる。……敵掃討後は、転移装置で九頭島ドックまで移動させて改修するつもりだからさ」
「播磨型の三番艦、ですか」
「インド洋での作戦で、どれだけ被害が出るかわからないからね」
渡辺は軍帽を被り直した。
「51センチ砲を載せられる規模の大戦艦だ。敵の甲型戦艦を回収するよりも魅力的だと僕は思うけどね」
連合艦隊は、インド洋で異世界帝国艦隊と戦う。渡辺戦務参謀は、転移でインド洋の連合艦隊旗艦『敷島』へ戻っていった。