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第四九八話、インド洋艦隊


 ムンドゥス帝国インド洋艦隊。

 それは東洋艦隊なき後、新設された艦隊である。艦隊司令長官は、メントー・オロス大将。

 白くなったもっさり髭の老将は、改メギストス級戦艦『プロートン』を旗艦とし、セイロン島ならびにカルカッタ攻略艦隊を率いてマダガスカル島を出た。


「我がムンドゥス帝国の地球派遣軍を、苦しめてきた日本軍」


 老将は口を開いた。


「我が軍が進出すれば、必ず迎撃に出てくる。……そうだな、参謀長?」

「はい」


 眼鏡をかけた痩身の参謀長――テルモン中将は眼鏡のブリッジを持ち上げた。以前は、ヴォルク・テシス大将の太平洋艦隊の参謀長を務めていた冷静な男である。


「彼らは、帝国に劣らず強力な兵器と優れた戦術を駆使します」

「……ふむ」


 オロス大将は見定めるように目を細くした。


 この俊英は、行く行くは艦隊司令長官になる人材と言われていたが、太平洋艦隊の敗北で評価が微妙なものになっている。特に、最近、帝国から地球へ着任した将校たちからは。

 自分が負けた相手を強かったと持ち上げることで、相対的に自分は悪くない、優秀だ――そう暗に言っているように受け取れるのだ。


「わしは、地球人との戦闘経験は皆無だ」


 オロスはゆったりとした口調で告げる。


「君を参謀長に採用したのは、地球での豊富な戦闘経験を買ってのことだ。……公正な見方での評価を頼む」

「はっ、承知しております」


 テルモン参謀長は踵を鳴らした。自分が今、周囲からどういう目で見られているか自覚しているのだ。


 ――まあ、スファーギ中将の嫌味に気づかぬ男ではあるまい。


 インド洋艦隊第一群司令官スファーギ中将は、オロス同様、最近地球にきた組である。異世界を差別的に見ている典型的なムンドゥス帝国軍人であり、現状の戦力でも日本軍を一撃のもとに粉砕できると豪語している男だ。


 身の程知らず、典型的な無能臭がするスファーギである。彼の戦績については、表面上の記録しかしらないが、どうにも信用できないとオロスは感じている。


 インド洋艦隊は、中央に輸送船団を固め、その四方を護衛艦隊で囲んでいる。オロス大将の第四群が後方だが、スファーギの第一群は船団の前方――つまり、艦隊の先頭を行っている。逆の配置にしたら、自ら先鋒を志願したスファーギである。


 艦隊は輸送船団を囲み、均等に四等分されている。

 つまり一群につき、戦艦10、空母10、重巡洋艦9、軽巡洋艦9、駆逐艦48。ちなみに中央の輸送船団には、小型空母20、重巡洋艦4、軽巡洋艦4、駆逐艦48という配分だ。


 オロス大将としては、スファーギほどの強気にはなれなかった。彼は堅実な指揮官であり、着任から短いながらもテルモン参謀長がまとめた日本軍の評価と戦術について熟読している。


 それを合わせ、太平洋艦隊、大西洋艦隊、そして南太平洋にて展開した南海艦隊を葬った日本海軍の実力を見れば、インド洋艦隊の規模は充分とは言えなかった。


 幸いなのは、日本海軍は、ソロモン諸島での戦いから連戦となり、その主力は補充や修理が間に合わず、幾分か戦力が落ちていると思われる。

 さらにヴォルク・テシス大将の紫星艦隊が、日本軍のテリトリーである東南アジアに攻撃をかけたことで、日本海軍はインド洋ばかりに戦力を投入できない状況になっている。


 つまり、よそでインド洋艦隊のためにお膳立てが進められているということだ。それだけ、インド洋艦隊が果たさなければならない任務は重い。……たとえ、それで『全滅』することになっても、だ。


「参謀長、日本海軍は、まず制空権を確保してくるという話だったな?」

「はい、閣下。彼らは遮蔽装置付きの航空隊で奇襲攻撃を仕掛けてきます。ご存知の通り、遮蔽装置は――」

「レーダーでも目視でも発見できない。故に、敵はこちらの警戒を易々と破ってくる、そうだな?」

「ご賢察の通りです」


 それで対日本海軍のマニュアルでは、空母部隊は、全艦同時に艦載機を展開させることなく、シールドを利用して順番に発艦。奇襲での一挙壊滅を避けるべし、とあった。


「しかし、せっかくの対策も、南海艦隊では通用しなかったようではないかね?」


 ソロモン諸島に展開した南海艦隊が壊滅したという報告は、インド洋艦隊にも届いている。日本軍がどういう戦術で南海艦隊を撃破したか、詳細な報告はないが、配布されたマニュアルが上手くいかなかったのではないか、とオロスは疑った。


 つまり、マニュアル通りでは南海艦隊と同じ轍を踏んでしまうのではないか、ということだ。


「懸念はもっともです、閣下」


 テルモンは冷静だった。


「しかし我が艦隊は、新式の対空防御策を講じております。これで敵の奇襲航空隊による被害をある程度軽減することができます」

「だと、いいのだがな」


 そこでオロスは口元を緩めた。


「まあ、防御兵器だ。お手並み拝見というところだな」


 そこへ前線から報告がくる。


「前哨の(オー)-399潜水艦、ロスト」

「O-534、O-544もロスト。日本軍潜水艦による攻撃と思われます」


 オペレーターの報告に、オロスは目を細めた。


「日本軍の潜水艦も非常に優秀だったな」

「はい、閣下。太平洋でもそうでしたが、ここインド洋でも敵潜水艦による通商破壊が活発でした」


 潜ることができる船、可潜艦というレベルなのが地球の潜水艦である。しかし日本軍に限っては、完全に潜水艦としての活動が可能な艦を保有している。これに沈められたムンドゥス帝国の護衛艦、輸送船は数え切れない。


「敵は、確実に我々の航路を掴んでいる。つまりは、そういうことだ」


 セイロン島から艦隊が出れば、インド洋艦隊と正面からぶつかる。テルモンは口を開いた。


「はっ。しかし、敵は転移による艦隊突撃も行いますから、側面、後方の警戒も抜かりがあってはいけません」

「無論だ。だが転移で飛び込まれてはな」


 オロスは皮肉げに言った。


「肉を切らせてやらねば、どうにもなるまい」


 食いついた敵を放さないために、多少の犠牲はやむを得ない。


「たとえ、我々が全滅してしまったとしても、な」


 インド洋艦隊は、セイロン島を目指し前進を続ける。懐に多数の輸送船を抱えて。


 日本海軍はいつ現れるのか。潜水艦による索敵の他、偵察機を頻繁に飛ばして、敵の発見に務める。


 本来なら、もっとセイロン島に近づくまで、ここまで厳重に索敵をする必要性は薄いと思われていたが、オロス大将はすでに日本軍の目は、インド洋艦隊を見ていると感じていた。

 古参軍人の勘を持ち出すまでもなく、マダガスカル島にいた頃から、日本軍にその動向は監視されていたに違いない。


 つまり、インド洋艦隊の数や配置も、すでに敵に筒抜けである。

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