第四九五話、インド洋に展開する艦隊
ムンドゥス帝国の新鋭戦艦『ギガーコス』には転移装置が装備されている。
これは装備した艦艇を任意の方向へ数百キロほど瞬間移動させる装置だ。つまるところ、魔技研が作り、日本海軍が使用する転移とは別物である。
転移連絡網や転移中継装置のように、座標に向かって転移するのではなく、行きたい方向へ転移する。
その効果による転移距離を見れば、日本海軍のそれに圧倒的に劣る。しかし数百キロを瞬時に移動できるのは、たとえば前線からいきなり敵艦隊へ飛び込んだり、逃げる空母部隊や輸送船団を秒で追いつき、砲撃可能距離に持ち込めるということだ。
要は、使い方次第であり、どちらが優れている云々を比較するのは、少々分野が違う装置と言える。
ともあれ、ヴォルク・テシス大将は『ギガーコス』の転移装置でマラッカ海峡の半分以上の航程をすっ飛ばした後、搭載するシュピーラド遮蔽戦闘機3機を、スマトラ島北のパンカラン・ブランダン製油所と近隣飛行場に送り、襲撃した。
第九艦隊は完全に無視され、現地の軍施設はシュピーラドによって少なくない被害を出した。結局、反撃もかなわず、超戦艦『ギガーコス』はマラッカ海峡を抜けて、インド洋へ転進したところで、見失ったのである。
日本海軍は、新型戦艦1隻のために面子を潰され、陸軍は大陸決戦の最中の後方での不始末にカンカンだった。
一時は責任の所在について海軍人事に口出ししかけたが、インド洋での敵侵攻阻止という重要な戦闘が控えており、そこを海軍が何としても阻止しないと大陸決戦も破綻するとあって、陸軍も矛を収めた。
ソロモン作戦を終えて、連合艦隊は補給と再編成が急がれたが、異世界帝国軍は、マダガスカル島の大艦隊をいよいよ動かしてきた。
日本海軍インド洋展開部隊である第七艦隊。その司令部では武本 権三郎中将が最新情報を参謀たちと確認していた。
「言うまでもなく、我々は、インド洋マダガスカルから進撃してくる敵を阻止しなくてはならない」
大陸で戦争をしている異世界帝国陸軍は、生存不能空間の拡大により前線が孤立、物資不足に見舞われている。敵が死の谷と呼ぶ生存不能空間を超えて物資を届けるため、インド、カルカッタ方面の上陸を目指していると、日本陸海軍は見ている。
「大陸決戦の趨勢を決めかねない重大局面である。セイロン島、そしてカルカッタの防衛に、海軍は全力をあげなくてはならない」
武本の言葉に、参謀らは首肯した。参謀長の阿畑 洋吉少将が口を開いた。
「連合艦隊の主力は、ソロモンからインド洋へ順次到着することになっています。正直、ダメージが抜けきれていないでしょうから、どれくらいやれるのか、そこのところを見極めてから、になるでしょうが」
「今んとこ不参加なのは?」
「第八艦隊と南東方面艦隊は、居残りと聞いております」
異世界人から取り返したソロモン諸島。南東方面艦隊は、ラバウルを中心に、ニューギニア・ソロモン方面の警戒にあたる。
「ただ巨大海氷飛行場『日高見』は、こちらに回してくれるそうですよ」
異世界氷をベースに作り上げた洋上飛行場。ソロモン諸島での戦いも、基地航空隊の拠点として、その航続距離をカバーする移動拠点として活躍した。
ここ、インド洋での迎撃作戦でも、基地航空隊の飛行場として活用される予定である。
「基地航空隊が使えるのはありがたい」
武本は相好を崩した。
「何せこちらの基地航空隊の最前線はセイロン島だったからな。インド洋で敵を迎え撃つなら、ほぼ戦力外というところだった」
「我々第七艦隊は、転移巡洋艦も他の艦隊に比べて多いですから、日高見もより大胆に動かせるでしょうな」
日高見自体は、推進装置がないので移動できない。そもそも海氷を利用して作られた巨大過ぎる建造物をまともな速度で動かすのは不可能ではないが、困難ではある。だから日本海軍は、推進装置は搭載せず、転移装置によって移動を行う方式を採用したのだ。
佐賀作戦参謀が静かに口を開いた。
「南東方面艦隊が居残りなら、第十一航空艦隊が、日高見を降りることになります。するとこちらへ来れるのは、第一航空艦隊、それと第九航空艦隊辺りでしょうか」
「第一航空艦隊は確実だと思うが……」
阿畑は顔をしかめた。
「第九航空艦隊は難しいかもしれない」
「……例の東南アジアの防備強化ですか」
敵巨大戦艦――ギガーコスとその艦載機による奇襲。事件が起きたばかりで、正確な情報は伝わっていないが、内地は相当混乱したらしい。
阿畑は嘆息した。
「陸軍の施設もやられたからなぁ。インド洋防衛作戦は重要ではありますが、東南アジア防衛に戦力がいくらか割かれるでしょうな」
「……」
戦争の行く末を占い大海戦を前に、戦力が減るのは不穏である。
「内地はえらい騒ぎみたいですよ。リンガ泊地にいた囮艦隊の阿部中将が、何やら貧乏くじを引かされそうな雰囲気があるとか。襲撃現場に近い場所にいて、何もしなかったとか陸軍連中から責められているって話を聞きました」
「言っても、阿部は戦闘ができない囮艦隊だからな。陸軍は知らないんだろうが、初めから戦力に数えたらいかん」
新型が揃った演習艦隊――陸軍には、東南アジア防衛艦隊という触れ込みだったから、それで守れなかったとあれば、批判が出るのは仕方がない。指揮官にされた阿部中将は、まさに貧乏くじである。
「第九艦隊も敵を取り逃がしたことで、新堂中将の責任云々とか出そうではありますな」
ベラベラと喋る阿畑に、武本は首を横に振る。
「敵は転移を使ったんだろう? あれは新堂でなくても、誰がやっても逃げられた。責任は問えん」
誰が指揮官でも結果は同じだっただろう。前情報もなく、仮に転移できるとわかっていても、どこへ移動するかなど予想などできるわけがない。しかも敵艦を確認するより前に転移されては、手のうちようもないのだ。
「どれだけが東南アジア防衛に抜かれるかはわからんが、とりあえず来るのは、第一艦隊、第一、第二機動艦隊、第一〇艦隊……この辺りは確実か」
「第六艦隊も来るでしょう。インド洋は広いですし、潜水艦の出番も多いでしょう」
佐賀が頷いた。
「第五艦隊は……微妙でしょうか」
北方警備艦隊の第五艦隊。その戦力は、ナンバーあり艦隊の中では弱小という規模である。アメリカとの協調の結果、戦力増強の機会を逸し続けていたが、ソロモン、そしてインド洋作戦のために一応声がかかっていた。
「東南アジア防衛艦隊に組み込まれるかもしれません」
「あるいは、ソロモン作戦での損害の穴埋めに、他艦隊に吸収されるかもしれない」
武本は告げた。
「まあ、我が第七艦隊。第一、第六艦隊、第一〇艦隊、第一、第二機動艦隊、日高見航空艦隊が、インド洋作戦の戦力と見るべきだろうな」
これに対する敵インド洋艦隊は――
「戦艦と空母が追加されました。増加した空母は20隻ほどですが、そちらは幸い小型空母ばかりですが……」
戦艦40、空母60、巡洋艦80、駆逐艦240、輸送船600。連合艦隊主力がソロモン諸島で戦っている頃より、さらにその数が増えていた。




