第四九四話、第九艦隊、捜索す
ムンドゥス帝国、超戦艦『ギガーコス』はマラッカ海峡を進んでいた。
その姿は、間もなく日本軍の夜間偵察機によって発見された。
『敵戦艦は1隻。遮蔽を使用しておらず、視認可能』
夜間視力の助けもあるが、偵察機の搭乗員たちの目でも、その敵艦は見ることができた。そして彼らは思った。デカいフネだ、と。
『ギガーコス』の司令塔にいるヴォルク・テシス大将は、参謀長のジョグ・ネオン中将から確認される。
「よろしいのですか? 敵の偵察機は、我々を通報していますが?」
「構わんよ。わざと見せているのだからな」
テシス大将は白い歯を覗かせた。
「姿を見せておいたほうが、いざ消えた時の敵に与える効果も大きい」
「有力な日本艦隊が、待ち伏せをしている可能性があります」
「有力かどうかは知らないが、我々がマラッカ海峡に入った時点で、待ち伏せ部隊を送っているだろう」
彼らの石油資源関係施設や軍港、リンガ泊地を襲撃したのだ。総合的な損害は小さくとも、被害を受けたことには変わりはない。日本軍の面子のためにも、マラッカ海峡に入り込んだ『ギガーコス』を沈めたくて、顔を真っ赤にしているだろう。
『針路偵察のシュピーラドより入電! 海峡内に敵艦隊あり。『ギガーコス』に向かって進撃中!』
偵察機の通報に、テシスはニヤリとした。
「待ち伏せではなく、積極的に仕掛けてくるつもりか」
「それだけ、連中も尻に火がついているのかもしれませんな」
顔を真っ赤に大激怒中なのは間違いなさそうだ。日本軍の上層部も、テシスの仕掛けた悪戯に大層ご立腹で、いち早く仕留めろということなのだろう。
「どうしますか? ある程度叩きますか?」
「こちらは単艦だ。如何にその性能が周囲を圧倒していようが、それを過信してはいけない」
やんわりとテシスは言った。
「それよりもだ。心理的に、日本軍を苛立たせるには、どうすべきかを考えた」
「ほぅ。……どうするのですか?」
挑むようにネオンが片方の眉を吊り上げれば、テシスは答えた。
「こちらを追いかけてくる敵が、こちらを見つけられず、取り逃がしてしまうことだ」
超戦艦の性能を以て、何隻か仕留めてもよいが、それではただ敵に『ギガーコス』が油断ならない強敵だという証明を与えるだけである。
スケールからして、この超戦艦が、そこらの戦艦より格上なのは、地球人にも容易に想像がつく。そんなわかりきった情報を与えても、彼らに与える衝撃は少ないだろう。
ならば、たった1隻の戦艦を捕捉できず、むざむざ逃がしてしまうほうが、日本人に与えるショックは大きくなると思われる。
「敵艦隊の包囲網を抜け……後方の、製油所をまんまと攻撃してみせれば、彼らの名誉も丸潰れだろう」
「意地の悪いお方だ」
ネオンは薄く笑った。
「本艦の装備でなければ、とても不可能に近い業です」
「無論だとも。その装備があるから、わざわざ単独行動で、マラッカ海峡に突入したのだ」
普通であれば、海峡出入り口を敵に塞がれ、包囲されるところだ。軽はずみに選んではいけない航路であるし、万が一にでも入ってしまえば脱出のために、強行突破しなくてはならない。
だが、この『ギガーコス』は、それができるのだ。
フィネーフィカ・スイィ主席参謀が口を開いた。
「後方と言いますと……目標はスマトラ島北のパンカラン・ブランダンでしょうか?」
「そうなるな」
すでに正面にいるだろう敵艦隊を突破した後の話を進めるスイィ参謀である。テシス大将の作戦に、一切の不安なく完遂するだろうと見越しているようだった。
「互いの偵察機が、位置関係を掴んでいるだろう。正面の艦隊をもう少し引き寄せよう。会敵前までいて、せいぜい肩すかしを食らわせてやろう」
テシスは、『ギガーコス』の新装備の準備、その確認作業は念入りにやらせる。それが働かなければ、敵地に孤立し、それこそハードな戦線突破をやる羽目になるのだから。
・ ・ ・
「敵艦が消えた?」
第九艦隊司令長官、新堂中将は、通信長の報告に首をかしげた。
「遮蔽に隠れたのか?」
今まで視認できていた敵超戦艦が消えた。東南アジアに入り込んだ敵艦艇は、遮蔽装置を装備していると思われるため、今回も装置を起動させたのかと思われた。
「遮蔽を見破れる能力者を乗せた偵察機は、到着したのか?」
「まだのようです。あと十数分後に会敵予定でした」
「それなら、我が艦隊が敵と接触する前に、偵察機が索敵できるだろうな」
新堂は、参謀たちを見た。
「全艦に、防御障壁を展開させろ。敵は未知の新型戦艦だ。夜間とはいえ、長距離から発砲してきてもおかしくない」
第九艦隊各艦は、警戒陣形を取りつつ、18ノットの速度で進んだ。先頭は、第十水雷戦隊で、その後ろを複縦陣で、重巡『標津』、大巡『妙義』、戦艦『信濃』列と、重巡『皆子』、大巡『生駒』、戦艦『諏方』列を形成する。
遮蔽で姿を隠した敵である。それを見破れる能力者の乗った偵察機が到着するまで、用心に用心を重ねる。
闇の中、波音が重なるマラッカ海峡を黙々と、第九艦隊は行く。
やがて、待望の偵察機が到着したが、そこからの報告は、新堂たちの期待したものと違った。
「何だって?」
「上空の偵察機によれば、影も形もないとのことで」
通信長が改めて持ってきた報せによれば、能力者は、遮蔽で隠れている敵艦を見つけられなかった。
「新型の遮蔽装置だとでもいうのか……?」
「……新型を作る意味があるでしょうか?」
倉橋参謀長は顎に手を当て考える。
「こちらとて、魔法に頼らないと見つけられないというほど、遮蔽装置は現状のままでも優秀です。まさか、敵が能力者を知り、個別に対応策を打ち出すとか……ちょっと考えられません」
確かに、普通に運用して、見破れる能力者と遭遇する可能性は、果たしてどれくらいだろうか? そして能力者が何を感知しているのか知らないことには、対応しようもない。
「そう考えるならば、今回の遮蔽と思われたものは、遮蔽ではない……?」
まさか、転移か――参謀たちに緊張が走った。
「もし転移で移動されたなら、我々は探しようがないぞ」
見落としの可能性を考えて、なお索敵をする第九艦隊だが、緊急電が飛び込んだ。
「パンカラン・ブランダン製油所が、敵遮蔽機の攻撃を受けました。おそらくその近海に母艦があると思われます!」
「セレターやパレンバンを襲ったのも遮蔽機だ。そしてその母艦は、あの新型戦艦と思われる」
新堂が唇を噛んだ。
「くそっ、敵は転移でおれたちの後ろへ飛びやがったんだ!」