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第四九一話、非常識な突撃


 連合艦隊は、南海艦隊を追い詰めつつあった。パズルのピースを適確にはめていくが如く、敵に損害を与え、その戦力を削った。


 オーストラリアからの重爆撃機部隊を退けた後、南東方面艦隊の基地航空隊や第八艦隊も戦場に駆けつけ、異世界帝国艦隊は、もはや劣勢を挽回するのも不可能な状況となった。


 が、ここから戦いの流れが変わった。

 乱戦気味だった戦場が、本当の乱戦になったのだ。異世界帝国艦は、艦隊や戦隊の統制を離れ、各個に突撃を開始。日本軍艦艇に迫りつつ、後先考えない猛撃を加えた。


 破れかぶれ。猪突猛進。それは、艦隊の航行のルールも自艦への安全さえも無視した危険行動だった。


 後衛である直率艦隊と、第一機動艦隊の金剛型戦艦や雲仙型大型巡洋艦などの水上打撃部隊を前衛と合流。敵南海艦隊残存艦に引導を渡そうとしていた山本 五十六長官の思惑も狂い出す。


「これは一体どういうことか?」


 異世界人は自殺願望でもあるのか。捨て身の突撃に、動揺が広がる。


「敵はどうやら敗戦を悟ったようです」


 普段、泰然とした態度を崩すことがない草鹿 龍之介参謀長が、珍しく苦い表情を浮かべた。


「戦国時代の武士の如く、死兵となってこちらに出血を強いているのでしょう」

「死兵……!」


 渡辺戦務参謀が絶句する。樋端航空参謀は、飄々と表情乏しく言った。


「まあ、フネが沈めば彼らも生きていられないですから、そういう捨て身の心境になったんでしょうね」


 どこか自分を納得させるような樋端である。草鹿が言った。


「長官。前衛との合流を一時見合わせましょう。ただでさえ戦場が混乱しております。下手に密集すれば、向かってくる敵艦との衝突もあり得ます」


 海域を狭くするのは得策ではない。特に至近距離での交戦となれば、味方への誤射、流れ弾の被弾も増えるだろう。味方に殺されてはたまらない。

 その間にも、前衛と敵艦隊との間の戦闘は続き、衝突、大破艦の報告が相次いだ。


『戦艦「肥前」、敵軽巡と接触!』

『軽巡「小矢部」、敵艦と衝突! ……沈みます!』


 後衛として距離があるため、『敷島』から詳しくは見えないところもあるが、だいぶ前衛が混乱しているのはわかった。

 報告は続く。


『彩雲、黒鷹2号より通信。フロリダ島とガダルカナル島の間にいた輸送艦隊が西進を開始。本艦隊に向かって接近中とのこと!』

「輸送艦隊が……?」


 思わず山本は口にしていた。何故、戦力にあり得ない輸送艦が艦隊ごと、戦場に近づくのか? 普通は戦場から離脱させるために、この場合だと東進させるべきではないのか?


 東には、こちらの潜水艦が待ち伏せているとでも判断した? いやさすがにそれはない。それで艦隊戦の海域に近づくなど全滅ほぼ確定ではないか?



  ・  ・  ・



 第一機動艦隊旗艦『伊勢』。

 連合艦隊直率に所属する空母の偵察機がもたらした報告は、第一機動艦隊司令部にも届いた。


「長官、爆装はなくてもいいので、烈風と流星、使える機体で第三次攻撃隊を編成……いや、ただちに出撃させましょう」


 神明参謀長の具申に、小沢中将に問う。


「この輸送艦隊が何だと言うのだ、神明?」

「輸送艦隊は、おそらく連合艦隊――日本軍艦艇への体当たりを狙っています」


 ざわっ、と参謀たちが目を見開いた。小沢は眉をひそめる。


「はたして輸送艦に、我が軍の軍艦に体当たりなどできるか?」

「普通に考えれば、難しいでしょう」


 低速の輸送艦などスピードで振り切れるし、近づかれる前に、砲撃で沈めることもできる。輸送艦や支援艦は、装甲などないも同然だ。射的の的であり、戦闘中ならば万が一にも衝突されることはない。


「しかし、戦場が混沌として、逃げ場が塞がれれば追いつくことも可能ですし、集団で移動されれば、やはり近づかれないうちに排除せねばならなくなります」

「つまり、やるだけ敵には無駄な努力ということだな」

「今回の一戦で終わるのであれば」


 神明は言った。


「しかしインド洋での戦いのことを考えれば、我々はそんな無駄弾を撃っている余裕はありません」

「……!」


 小沢、そして参謀たちもその意味に気づいた。


「まさか、こちらの弾薬を消耗させるために、自殺同然の道を選んだというのか。敵の輸送艦隊は……!」


 正気を疑う行動だ。非力な輸送艦が沈めてくれと、砲門の前に自ら突き進んでくるなど。


「そうとしか、この不可解な異世界人の行動に説明がつきません。すでに決着がつきかけている戦場です。味方の消耗を避けるため、艦隊がぶつかる前に、高速の戦闘機や艦攻で叩くべきと具申します」

「……」

「参謀長。しかし、敵輸送艦を攻撃するための爆弾は――」


 青木航空参謀が言いかけ、口もとに手を当てた。


「いや、爆装はなしって言いました?」

「搭載している光弾機銃で掃射する。装甲もない輸送艦ならば、それで蜂の巣にすれば動けなくなる」


 ただの機銃よりも強力な光弾機銃ならば、あわよくば撃沈も狙えるだろう。敵の輸送艦の自衛装備はせいぜい機関砲があるかないか。間違っても光弾砲はないから、艦載機による近接射撃を加えても、返り討ちにあう可能性は極々低い。


「よし、それで行こう」


 小沢は決断した。

 ただちに第一機動艦隊の各空母から準備中だった烈風戦闘機隊が順次発進。燃料補給を済ませ、爆装について指示待ちだった流星艦上攻撃機は、誘導弾や爆弾なしでそのまま出撃することになった。


 第一次攻撃隊の帰還機から優先して発艦し、とりあえず100機近くが、各空母の彩雲偵察機の誘導に従い、それぞれの隊で輸送艦隊へと飛んだ。

 その後も複数の編隊に分かれて発艦が進められ、戦闘機を中心に200機近くが、輸送艦攻撃に参加した。


 一航戦『大鶴』艦攻隊隊長の下村 太一郎少佐は、その数のあまり多くない流星艦上攻撃機の一機に搭乗し、戦場を睥睨(へいげい)した。


「これで艦隊まで殴り込みに行くなんざ、なーんて命知らずなんでしょ」


 護衛の駆逐艦や防空艦の姿はなし。輸送艦を守る気がなく、すでに戦場へとそれらの艦艇が向かったせいだろう。足並みを揃える気はない、ということだ。


「各機、接近して光弾砲による攻撃を開始。一応、対空機銃とかあるみたいなんで、注意すること。――かかれ!」


 流星艦攻隊が高度を落とす。一方の烈風隊は、2個中隊が念のための対空監視をする他は、全機フルスロットルで突入を行っていた。


 神明の予想通り、軽微な武装しかない輸送艦による対空能力は恐ろしく低かった。しかも各個にバラバラで動いているので、弾幕の形成もほぼ不可能だった。そこを猛禽のように烈風戦闘機、流星艦攻が襲いかかった。


 光弾機銃による掃射は、輸送艦の船体に炸裂し、爆発により穴が開いて、その航行能力を奪う。空を飛べるということは暴力だ。それをまざまざと見せつける一方的な戦いだった。

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