第四八八話、空中転移・待ち伏せ戦法
アメリカ海軍において、高高度で戦える戦闘機は重要視されていなかった。
空母部隊が想定する敵に、高高度から侵入する重爆撃機がなかったからだ。その高さからの爆弾が、海上を動く艦艇に当たるはずがないというのが、世界的に見て常識だったのだ。
海軍基地においても、仮想敵国が重爆撃機を飛ばしてくるなんてことがなかったことも、こうした海軍の高高度迎撃に対する軽視にも繋がった。
しかし、異世界帝国との戦争により、高高度から侵入、爆撃を行う超重爆の登場は、現実の脅威として米本土を襲った。
それでも、海軍の反応は鈍かった。本土においては、陸軍航空隊が迎撃に重視する一方、海軍は、水上艦が重爆撃機の攻撃を受けることがないという点もあって、やはり重要視されなかったのである。
新型戦闘機のF4Uコルセア、F6Fヘルキャットを開発する中にあっても、海軍は艦隊再建もあって、重爆の攻撃を受けていなかったことから、高高度性能より通常高度での戦闘力を重視した。
一応、F6Fでもターボチャージャー付きの高高度戦闘型が試作されていたから、まったく研究されなかったわけではない。が、結局、量産型では高高度性能は省かれた。
かくて、レンドリースもあって日本海軍は、米海軍のF6F――業風艦上戦闘機として運用したが、高度1万1000メートル程度まで不足なく飛べるものの、そこまで高い性能はなかった。
しかしそれでもマ式エンジン搭載型を除く、通常動力の日本機よりはマシと言ったところで、高高度の迎撃に用いられることになった。
南東方面艦隊の発案による『白鯨号の転移中継装置によって、敵重爆撃機の上に迎撃隊を呼び寄せる』という戦術。
これで戦闘機側が上昇の手間と時間をカットし、敵重爆隊の上方、高度1万1000メートルからダイブアタックを仕掛けるのである。高高度性能はともかく、降下して突っ込むのであればやりようはあるということだ。
業風戦闘機隊は、次々と異世界帝国重爆撃機部隊へ上方からの突撃に移った。青電、白電らマ式エンジン搭載戦闘機と交戦しつつ、数の差で突き進んでいたパライナ重爆撃機隊の上から、ワラワラと降ってきたのだ。
『対空射撃をしているのが旧型! 撃ってこない奴が新型!』
先に交戦していた空母高高度戦闘機隊からの通報で、その旨が業風隊にも伝わっている。業風は胴体と翼に爆弾やロケット弾を抱えたフル装備で突っ込んだ。
反撃してこない新型重爆に接近。戦闘機による爆撃という形で、異世界帝国重爆に攻撃を仕掛ける。
防御シールドは、業風の500キロ爆弾やロケット弾をよく防いだ。しかし、集中攻撃されれば話は別だ。艦艇よりも強度がないパライナ重爆のシールドも、数機のアタックで削られ、そしてついに機体への攻撃を許した。
1機、また1機と巨人機が火を噴き、あるいは翼をもがれて墜落していく。旧型のオルキ重爆撃機が機銃で弾幕を形成するが、降ってくる業風を押しとどめることはできなかった。
高高度戦闘において、まず通常動力の戦闘機では攻撃するのが難しい。空気の薄い高高度ではレシプロ機ではパワーが出ないためだ。
だから爆撃機の装甲以前に、『追いつけない』、『攻撃できない』がある。しかし、白鯨号の転移があれば、敵の前から待ち伏せができる。
白鯨号も、元は新型重爆撃機パライナの鹵獲機であり、その速度性能は同じ。つまり前を飛んでいる限り、追いつかれることはなく、転移中継点として常に敵の前を取れるのである。
青電、白電の不足を、レシプロ機で補う。それを満たすために、この白鯨号は必要不可欠な存在となった。
そして白鯨号の存在は、さらなる援軍を呼び込むことになる。
白鯨号から、味方機の誘導を見守っていた田島機長らクルーは、それを目の当たりにする。
「新たな転移! あ、あれは! 白電です!」
「南東方面艦隊機は、すでに全機出ていたはずだが……」
現れるはずのない白電戦闘機中隊が、複数、青い空にその銀翼をきらめかせる。
「所属識別……あ、あれは横須賀航空隊機!」
「機長! こっちは呉の航空隊です!」
本土航空隊の白電隊――横須賀、呉、佐世保、舞鶴など各鎮守府の高高度迎撃隊が、援軍として駆けつけたのだ。
内地の空を守っている部隊が、今この時、本土が攻められることはないからと、対重爆撃機部隊を送り込んできたのだ。
「いいぞ、白電隊」
援軍の戦闘機隊は、連合艦隊の決戦の水を差しにきた敵重爆撃機にダイブして挑みかかった。
業風がダイブアタックオンリーの一撃離脱戦のみしかできないのを尻目に、内地から転移してきた白電は、マ式エンジンの高高度性能を遺憾なく発揮し、敵重爆に反復攻撃を掛けた。爆弾を使い切っても、光弾砲を搭載する白電は重爆に追い打ちの攻撃が可能だったのだ。
爆撃はパライナに、光弾砲はオルキに。援軍の白電隊は、着実に敵重爆撃機を脱落させていく。
だが、異世界帝国重爆撃機隊は、半数以上を失っても、なおその先鋒は連合艦隊に迫っていた。
・ ・ ・
第一機動艦隊、旗艦『伊勢』。小沢 治三郎中将は、ゴマ粒以下の点の群れを双眼鏡で見やり、苦い顔になった。
「まったくもって、艦隊決戦の場にしゃしゃり出てくるあれには、腹が立ってしょうがない」
機動部隊指揮官として、重爆の介入に悩まされた小沢である。神明参謀長もまた空を見上げる。
「聞いていた数よりはだいぶ減っているようですね。迎撃隊は頑張りました」
「しかし……それでも十数機。いや二十、三十はいそうだ。こいつらが誘導弾やら光線砲を使ってくるのも時間の問題だ」
小沢は、青木航空参謀に確認する。
「どうだ、敵の高度は?」
「約1万のところを飛んでいます。40口径(12.7センチ高角砲)では届きませんが、長10センチや長12.7センチなら、何とか」
垂直発射管の対空誘導弾も数に限りがあるが、ないよりはマシである。
「さて、この数だ。敵は後衛を狙ってくるのか。果たして決戦中の前衛に行くのか……」
小沢は呟いた。
おそらく200以上の規模で辿り着いていたなら、どちらではなく、前衛も後衛も等しく狙われただろう。
だが青電、白電らの迎撃によって、その数を大きくすり減らしている。敵もそれぞれ割り当てられた目標へ向かうとは思うが、どれを攻撃するかは、その時になってみなければわからないのであった。