第四八三話、決戦の前に夜は明ける
ガダルカナル島の北、フロリダ島から北西海域に、ムンドゥス帝国南海艦隊主力艦隊が待機していた。
ガダルカナル島を周回する形になったガンマ艦隊との合流を待っていたが、彼らが合流することはなかった。
『日本艦隊の待ち伏せを受け、交戦中』
その通信以降、ガンマ艦隊からの連絡は途絶えた。飛ばした夜間偵察機によれば、進行方向上に日本艦隊がいて、それにやられてしまったのは間違いないようだ。
「いったい、この艦隊はどこから現れたのだ?」
クラッコ作戦参謀は苛立ちを露わにした。
「日本の主力艦隊は、ガンマ艦隊がやられた海域の後方。もう間もなく戦場に到達するというところ。これまで確認されていなかった敵が、ガダルカナル島の目と鼻の先に現れるとは!」
プロイ参謀長はロウバート・ケイモン大将を見た。
「これまで確認されていなかった、大和型らしい大型戦艦を含む艦隊のようです。例の見えない艦隊か、その一部でしょうか」
「本来の予定では、西方から攻める日本艦隊に対して、我が主力と交戦しているところを、ガダルカナル南方から回り込んだガンマ艦隊が仕掛けて挟撃する作戦だった」
しかし現実には、敵は陸軍の重爆撃機部隊から逃れるため、転移で移動したため、西方ではなく、ガダルカナル島南方に現れた。挟み撃ち戦力のはずが、それが最先頭に変わってしまい、撃滅されてしまった。
盤上の配置を取っ替えられては、作戦が狂うのも仕方がない。
「日本艦隊の位置は?」
「ガダルカナル東岸を北上中です。間もなく、ガンマ艦隊を撃破した艦隊と合流します」
航海参謀が海図を指し示した。
「そしてそのまま、我が主力と交戦に向かってくる場合、およそ2時間後、夜明け前に、サボ島の西およそ10から20キロの地点に到達すると思われます」
そうなると、南海艦隊主力との交戦予定は、午前から昼前ということになるだろう。
「潜水艦隊は?」
「配置転換は完了しつつあります」
クラッコは言った。
「艦隊決戦には間に合うかと」
「ガダルカナルの飛行場はやられた。フロリダ島の部隊は?」
「健在です。輸送艦が多く、敵は手を出しませんでしたので、使えます」
日本艦隊は、南海艦隊の航空戦力とガダルカナル島周辺の飛行場を優先して叩いた。海上の輸送艦や護衛艦は、主力を片付けた後でも叩けるとふんで、手を出さなかったのだろう。
「よろしい。そして昼の戦いならば、陸軍南方軍団の重爆部隊が動ける。諸君、まだ我々には勝機はあるぞ」
ケイモンは参謀団を見回した。
「よもや決戦の最中に、重爆が怖いと転移で逃げたりはせんだろう」
静かな笑いが広がった。分散した艦隊の大半がやられてしまってなお、司令長官ケイモンは勝利を思い描き、部下たちにも浸透していた。
・ ・ ・
連合艦隊の主力である第一艦隊、第一機動艦隊と、第二機動艦隊、第一〇艦隊が合流した。
第一〇艦隊は潜水したままだが、第二機動艦隊水上部隊は、第一艦隊の戦艦群と並走する形で、サボ島を西から抜けて北上するルートを進んだ。
連合艦隊旗艦『敷島』。連合艦隊司令部は、二機艦と第一〇艦隊による丁艦隊撃滅の報告を受け、その損害を確認した。
「軽巡1、駆逐艦3隻損傷。戦艦『近江』に被弾あれど戦闘に支障なし、か」
山本 五十六大将は、夜戦がほぼ一方的に進んだことに満足した。二機艦水上部隊の損害がこれならば、明け方以降の戦いでも、ほぼ全力で戦える。魚雷がほぼ半分消費されている点が、やや不安点であるが、艦上にある危険物に被弾しての致命傷になりにくくなると思えば、まだ気は楽になる。
草鹿 龍之介参謀長が資料に目を通した。
「これで、決戦の戦力がほぼ確定しました」
丁艦隊が失われ、合流しない今、敵は甲と、甲に集結した乙、丙残存艦の寄せ集めのみ。彩雲偵察機がこれまで偵察、観察を続けた結果――
「戦艦17隻。空母10隻、重巡洋艦42隻。軽巡洋艦40隻、駆逐艦70隻」
これが第一艦隊、ならびに第一、第二機動艦隊を主力にした連合艦隊が戦う相手となる。
前衛が第一艦隊、二機艦水上部隊。後衛が連合艦隊直率と一機艦となる。
第一艦隊、戦艦14、空母3、重巡洋艦11、軽巡洋艦5、駆逐艦15。
二機艦水上部隊、戦艦8、特巡6、軽巡洋艦4、駆逐艦29。
連合艦隊直率ならびに一機艦は、戦艦9、空母20、大巡4、重巡洋艦10、特巡3、軽巡洋艦19、駆逐艦44となる。
これに潜行している第一〇艦隊が、戦艦6、重巡洋艦8、軽巡洋艦8、呂号潜水艦18、特殊砲撃艦――戦艦型8、軽巡洋艦型8と、第六艦隊の潜水艦が順次到着し、支援にを行う予定である。
さらに巨大海氷飛行場『日高見』、その護衛の第八艦隊、戦艦2、大型巡洋艦2、空母5、重巡洋艦3、軽巡洋艦7、駆逐艦10も、いざとなれば参戦する予定である。
戦艦、空母で圧倒している。巡洋艦以下も数の上では互角にやれそうだが、すべて同時に投入するとは限らず、また日本側は防空巡洋艦も多く、純粋な艦隊戦には出ないことを思えば、劣勢かもしれない。
しかし、やはり戦艦が多いのは有利な点で、巡洋艦不足も後衛の第一機動艦隊の金剛型や雲仙型大型巡洋艦らが参戦すれば、渡り合えると思われた。
「問題をあげるとすれば――」
樋端航空参謀が発言した。
「先日、迎撃しきれなかった敵重爆撃機の対応です」
これを阻止できなければ、艦隊決戦にも大きな障害と化すだろう。よもや砲撃戦の最中に、転移離脱するわけにもいかない。
「やはり、砲戦中にも仕掛けてくると思うかね?」
「はい。中心戦力である戦艦、空母で我が方が優勢です。敵としても、この不利を補うために、砲戦中でも重爆撃機に攻撃させてくるでしょう」
誘導爆弾を雨あられと降らされ、防御障壁で防げば、砲撃ができず、敵戦艦からも攻撃され、障壁弱体化、あるいは突破される憂き目を見る。重爆を無視して防御をしない……は、あり得ない。タコ殴りにされて終わりである。
「日高見からも高高度迎撃機を出してもらう必要があります。一機艦の迎撃機だけでは足りませんし……内地の高高度迎撃機部隊も、臨時に呼び寄せる手も考えたほうがよいかもしれません」
「ふむ……」
山本は腕を組んで思案する。
そうこうしているうちに、東の空から太陽が登り始めた。夜が明けたのだ。朝日が差し込む中、急報が舞い込む。
『第一艦隊より、入電! 電探が敵小型艦艇、多数の接近を発見!』
「小型艦艇……?」
駆逐艦などではないのか? 連合艦隊司令部は訝った。ともあれ、異世界帝国が先んじて攻撃してきたのだ。