第四八一話、夜間雷撃と、巡洋艦『香取』
ムンドゥス帝国南海艦隊ガンマ艦隊は、ガダルカナル島をぐるっと回って夜間移動する。
駆逐艦がわずか3隻にまで減少していたため、軽巡洋艦も対潜警戒に動員しつつ、ソナー性能の低下を覚悟で高速航行で、主力との合流を目指した。
各艦は、防御シールドを展開し、襲撃に備える。敵潜水艦の潜望鏡が確認できないか、対水上レーダーに加えて、見張り員が海上のうねりの中を、目を皿のようにして監視する。
だが、司令部が予想した通り、艦隊の針路上を、日本海軍の潜水艦が待ち伏せていた。
『駆逐艦「ペウケー」より入電! 我、雷撃ヲ受ク』
旗艦『テースタ』の司令塔にもたらされた報告の直後、遠くで爆発のような音が響いた。
『「ペウケー」被雷!』
「……」
フラーウス中将は無言だった。想像はついていた。日本海軍の潜水艦は、可潜艦というよりも真の潜水艦というべき能力を保有している。夜間から誘導魚雷を撃ち込まれれば、回避は困難だった。
艦隊は、さらに増速し、潜水艦を振り切る構えを取る。日本海軍の潜水艦の水中速度は、この世界の潜水艦の2から3倍近い速度を持っている。
敵も魔力機関を装備しているのだ。その水中速度は、ムンドゥス帝国の潜水航行に匹敵すると思われる。
で、あるならば、水上艦の戦闘速度であれば振り切ることが可能だ。
おそらく敵は、艦隊の針路上で待ち伏せているだろうから、攻撃を受けること自体は避けられないだろう。
だがその攻撃される機会を減らし、タイミングによっては、上手く躱せる可能性もなくはなかった。……実際にすでに攻撃を受けたが。
『軽巡『ステートス』に雷撃命中。シールドにより損害なし!』
「敵の潜望鏡は見つからんのか!?」
報告と、参謀の声が司令塔に響く。フラーウスは無言のまま。ヒューレー参謀長が言った。
「まだ序の口でしょうか。攻撃が集中すれば、脱落する艦も出るでしょうな」
この漆黒の海の中、いったい何隻の敵潜水艦が潜んでいるやら。アルファ艦隊が潜水艦にやられているから、その規模と力を軽視はできない。
果たして、何隻無事に抜けられるだろうか。フラーウスは闇を凝視した。
・ ・ ・
ガンマ艦隊を襲撃したのは、日本海軍第六艦隊だった。
昼間の乙艦隊襲撃で、その攻撃部隊は魚雷をほぼ使い切り、後方へ転移撤退。潜水母艦群からの魚雷と燃料の補給を受けた。
ただし、四個潜水戦隊すべてに魚雷を補充するのは、時間的に余裕がなく、警戒艦退治で、魚雷を残していた第十一潜水戦隊と、補充作業の終わった第二潜水戦隊のみが攻撃に参加した。
問題は、戦場の戻り方である。後方に転移したが、通常航行ではとても戦闘に間に合わない。
であれば転移で、ということになるが、第六艦隊では独自に転移艦艇を保有し、敵乙艦隊襲撃の戦場から、単独で今回の待ち伏せ海域へ移動した。
その艦は、軽巡洋艦『香取』である。
・ ・ ・
香取型は、元々は練習巡洋艦として計画、建造された。それまで士官候補生の遠洋航海に用いられてきた練習艦が、日露戦争時の装甲巡洋艦だったが、さすがに老朽化が否めず、新規に作られることになった。
限られた予算の中で工夫をこらし、船体も安価な商船構造に寄せた結果、香取型3隻で阿賀野型1隻以下にまで抑えることに成功している。
完成後、少しの間『香取』は、練習巡洋艦として任務に就いていたが、異世界帝国との開戦時は、第六艦隊の旗艦としてクェゼリンにあり、そこで敵の攻撃を受けた。結果、『香取』は奮戦空しく撃沈され、異世界帝国軍に回収、鹵獲された。
なお、この時、第四艦隊の旗艦を務めていたのは姉妹艦の『鹿島』だったが、第四艦隊もまた撤退戦で多くの犠牲を出し、撃沈されている。
しかし、『鹿島』は、対異世界軍事組織『幽霊艦隊』の方で回収されたため、その後、潜水可能な駆逐軽巡洋艦として大改装を受けて、日本海軍に復帰している。
さて、肝心の『香取』だが、第二次トラック沖海戦に、異世界帝国艦隊の側に参加。日本海軍との交戦で再び撃沈され、その後、回収されている。
ここで、一つの問題が発生した。
回収した『香取』を再生する必要はあるのか、と。
というのも、この頃になると、日本海軍は大量の回収された沈没艦を抱えており、順番待ちが発生していた。
現状に求められている艦が優先されるのは当然ではあるが、では、香取型はどうなのかとなった時、元より練習巡洋艦として作られ、巡洋艦としては低速。かつ武装も主砲が14センチ連装砲二基四門しかなく、高角砲一基二門、連装魚雷発射管二基四門と、5500トン型や『夕張』よりも貧弱。
司令部施設が充実し、艦隊旗艦を務められるが、それくらいしか、優位な点がなかった。
結果、より強力な砲撃型軽巡洋艦の再生が優先されるのも道理であり、かといって姉妹艦の『鹿島』が施されたような大改装をするかと言えば、それならば、異世界帝国の鹵獲巡洋艦を再生させたほうが早いとなった。
輸送船団の護衛艦にする案も、対潜装備が充実した艦がすでにある上に、転移連絡網が整備され、護衛戦力を拡充する必要性が薄くなったため没となる。
そして残った道が、潜水機能を有する転移巡洋艦に改装する案となった。
潜水艦の魚雷搭載数を鑑み、補給で後方に転移した後、前線復帰を速やかに実行させるには、第六艦隊専属の転移艦が必要ということになったのだ。
かくて、『香取』は、船体の修理時に気密性の向上が図られ、艦構造物の見直しが行われた。
機関をマ式に換装、船体中央のカタパルトなどがあった場所に転移中継装置を搭載。
武装は、イ式光線砲――特務巡洋艦が主砲に搭載した六連発型二門、艦橋側面に12.7センチ連装光弾砲二基四門と、対空・対艦装備を持つ。
魚雷発射管は、艦首四門と潜水艦型の配置となり、魚雷本数は10本。さらにマ式になって不要になった煙突部分は、対空誘導弾発射機を装備する。
こうして、新生第六艦隊がソロモン作戦に投入される際、転移巡洋艦として『香取』もまた前線に復帰したのである。
・ ・ ・
『香取』の中継ポイントに転移し、戦線復帰した大型巡洋艦『塩見』と、伊201型高速潜水艦6隻の第二潜水戦隊と、伊183、伊184、伊185、呂号潜水艦7隻の第十一潜水戦隊は、異世界帝国乙艦隊――ガンマ艦隊をそれぞれ襲撃した。
大巡『塩見』の夜間水上観測機である『瑞雲』の指示を受けて、それぞれの待ち伏せ地点から遠距離雷撃を行った。
潜望鏡すら出さない日本海軍潜水艦は、異世界帝国の対水上レーダーをまったくの役立たずにし、見張り員たちは、迫り来る魚雷にようやく気づいても誘導されていては回避もできず被雷、または防御シールドを削られた。
だが、シールドでの強行突破がよかったか、または日本海軍側の潜水艦の雷撃が不充分だったか、損傷、脱落艦はそれほど多くなかった。
3隻しか残っていなかった駆逐艦は全滅し、巡洋艦が新たに3隻脱落することになるが、全体で見れば6隻のみの被害で済んだと言える。
だが、ここにきて、ムンドゥス帝国ガンマ艦隊の艦艇――その対水上レーダーと見張り員にも大きな仕事がやってきた。
『艦隊正面に大型艦多数、出現! 艦隊の模様!』
『司令塔へ! 本艦隊正面に複数の光源が発生! 艦隊の模様!』
・香取改転移巡洋艦:『香取』
基準排水量:6023トン
全長:133.5メートル
全幅:16.7メートル
出力:マ式6万馬力
速力:29.3ノット
兵装:イ型光線砲×2 12.7センチ連装光弾両用砲×2
20ミリ光弾三連装機銃×4 53センチ艦首魚雷発射管×4
対潜短魚雷投下機×1
航空兵装:――
姉妹艦:
その他:異世界帝国との開戦直後に撃沈された『香取』を、日本海軍が回収、改装した巡洋艦。潜水機能をもたせ、マ式機関に換装。速力が30ノット近くにまで向上している。潜水艦隊による戦線復帰を助ける転移巡洋艦として、第六艦隊に配備される。