第四八〇話、外周からやられていく
異世界帝国丁艦隊――ガンマ艦隊に、第一機動艦隊の第二次攻撃隊は襲いかかった。
しかしその攻撃目標となったのは、艦隊外周の駆逐艦だった。
帝国軍の主力駆逐艦であるエリヤ級に、最近、地球に送られてきた新型のカリュオン級駆逐艦が、ガンマ艦隊を守っていたが、これらに対して対艦誘導弾が1隻辺り、1個小隊3発が撃ち込まれた。
エリヤ級は、基準排水量2100トンと、日本海軍で言うところの艦隊型駆逐艦のような排水量を持つが、その性能には凡庸。速射に優れる13センチ単装砲3門と、8センチ光弾砲2門、4連装魚雷発射管1基で、光弾砲を除けば、特型駆逐艦以下のようにも見える。
しかし手強いのは、やはり光弾砲で、対空・対艦の命中精度の高さは恐るべきものがあった。
が、航空機程度の大きさは捕捉、撃墜できても、細長く被弾面積が小さく高速の誘導弾を撃ち落とすのは難儀した。
もともと光弾砲が両舷に分けて配置されているため、側面からだと1門しか指向できず、複数の誘導弾を同時に向けられれば、全部を撃墜する前に被弾してしまうのだ。
ムンドゥス帝国では、駆逐艦は汎用の何でも屋であり、防御シールドも搭載されていない。
結果、第一機動艦隊の流星艦上攻撃機からの攻撃を捌ききれず、次々に沈められた。
一方、新型のカリュオン級駆逐艦はどうだったかといえば、こちらは排水量2400トン。全長119メートルと、まさに特型以降の艦隊型駆逐艦であり、速度はエリヤ級と同等の34ノットを維持しつつ、13センチ単装両用砲5門、8センチ光弾砲4門、53センチ四連装魚雷発射管2基8門と、武装面も強化されていた。
エリヤ級に比べて、光弾砲は倍増、片舷指向数も2門となり、誘導弾撃墜率も向上した。が、これもまた決定的なものとは言えず、相変わらず防御シールドがないので連続攻撃には自艦を守りきれなかった。
第一機動艦隊第二次攻撃隊は、徹底的に異世界帝国の駆逐艦を狙い撃ちにした。
光弾砲と近接防御火器である20ミリ機関砲を撃ちまくって防戦する駆逐艦。35隻の駆逐艦は、105発の対艦誘導弾にさらされ、何とか迎撃に成功し逃れたのが3隻のみ。18隻が船体を真っ二つにされたり、大爆発により轟沈。14隻が大破、航行不能で脱落した。
流星艦攻は、他に外周配置のメテオーラ級軽巡洋艦にも攻撃を仕掛け、1隻轟沈、2隻大破をさせたが、戦果としてはそこまでだった。
一方で、烈風艦上戦闘機は、ヴォンヴィクス、エントマ相手に暴れ回り、さらに流星の妨害をしようと防空任務に出たミガ攻撃機も次々に撃墜し、その迎撃戦力をほぼ食い荒らした。
一機艦の戦闘機隊には、自動操縦コアの無人機も増えたが、経験豊富なベテラン搭乗員も少なくなく、地球での戦闘ではあまり経験のない南海艦隊のパイロットたちを技量で凌駕したのだ。
かくて、日本軍第二次攻撃隊は、攻撃を終えて帰還していった。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国南海艦隊ガンマ艦隊の司令官フラーウス中将は、艦隊の受けた損害について愕然としていた。
「敵は防御シールドを抜けてくる誘導弾を使ってくるだって……?」
参謀たちは気まずい顔になる。特に、艦隊主力から報告を受け、それを伝えた情報参謀は小さくなっていた。
「敵はシールドのない駆逐艦をほぼ駆逐した。文字通り」
「ぷはっ――失礼しました」
航海参謀が吹き出したが、すぐに謝罪した。
「狙われたのは駆逐艦と軽巡洋艦、それも外周の警備担当艦ばかりだ。敵はシールドの強固な戦艦や空母を狙わなかった! これまでと! 同じ! パターンだ!」
フラーウスが怒りを露わにした。もっとも怒りの原因は、主力艦隊からの注意である『日本軍はシールド無効兵器を使っている』と違っていたからではないが。
「空母が残っているのに、ほぼ置物状態だ! 艦載機がほぼやられた!」
10隻の空母が残存しながら、艦載機は格納庫に残っている機体を全て併せても20機も残っていないだろう。機体のトラブルで居残りしていた機ばかりで、たとえ修理が完了したとして、それが何になるというのか。
「南海艦隊は、航空戦力を失った。飛べるものは、偵察機くらいだ」
これで日本軍の戦闘機――烈風と戦う? 無理だ。
「間もなく日が暮れる」
フラーウスの視線が司令塔の窓の外、真っ赤に染まる空へと向いた。
「敵の夜間航空隊が襲来する可能性はあるが、そこはもうシールドを頼りに耐え忍ぶしかない。主力と合流するまでに何隻やられるか、考えたくないが」
防御シールドは無敵ではない。攻撃を集中されれば、シールドがありながら撃沈された巡洋艦と同様の運命を辿る。
「が、用心すべきは、敵の潜水艦もだろう。アルファ艦隊は潜水艦に空母をやられている。我々がガダルカナル島に沿って移動しているから、針路を予想し待ち伏せしている率のほうが高いだろう」
「そのために、駆逐艦が優先的に狙われたかもしれません」
ヒューレー参謀長の発言に、フラーウスは首肯した。
「まさに布石だな。こちらの対潜能力は大幅に落ち込んでいる」
潜水艦を駆り立てる猟犬である駆逐艦は3隻しか残っておらず、そこそこの対潜能力を持つ軽巡洋艦12隻を前面に押し出すしかない。
後方には、日本海軍の主力が追いかけてきていて、ガンマ艦隊は主力本隊との合流を急がねばならない。
「全艦、対空・対潜警戒を厳とするように。防御シールドの展開は常時やっておけ。敵に奇襲されてはかなわん」
「はっ!」
参謀たちは答えた。フラーウスは、軍帽をとり、自身の汗でやや湿った髪を撫でた。
彼は、直接日本海軍と戦ってみて、その強さをひしひしと感じ取っていた。
東洋艦隊、太平洋艦隊、大西洋艦隊を撃滅してきた地球勢力最強格の軍隊、日本海軍。それは単なる噂話ではなく、事実だった。
彼らの攻撃パターンからすれば、制空権を押さえられた時点で、勝利の道筋を整えたといってもよい。日本艦隊にこの状態に追い込まれ、勝てた艦隊、部隊はムンドゥス帝国には存在しない。
――まったく、冗談ではない。
軍帽を被り直すフラーウスである。
夜が訪れつつある。海は不気味に黒く染まり、そこに日本海軍の潜水艦が潜んでいるかもしれない。
一時たりとも気の抜けない夜が幕を開けようとしている。
偵察機は、後方の日本艦隊が速度を上げてきたとの報せを最後に通信が途絶した。偵察機が撃墜されたのは仕方ないとして、フラーウスの抱く問題はそこではない。
潜水艦捜索の聴音機の索敵能力からすると、速度を上げるほど捕捉可能範囲が狭まるため、潜んでいる敵潜水艦の探知が難しくなる。
特に日本海軍の潜水艦は、他の国が可潜艦――潜ることができる水上艦であるのと異なり、長い時間を水中を航行し、速度も水上艦に匹敵する高速性能を持つ、真の潜水艦だった。
つまり、味方との合流のため、敵主力を振り切らねばならない現状、追い付かれないために速度を上げたいが、それだけと潜水艦に気づけず魚雷や機雷を踏み抜く可能性が高くなるということだ。
――まあ、シールドを信じて突っ切るしかないが。
フラーウスは呟いた。
だが、ガンマ艦隊の行き先に潜んでいるのは、ただの潜水艦だけではなかった。




