第四七八話、紫電改二、舞う
紫電という戦闘機があった。
海軍の局地戦闘機であり、元は水上機の需要の減少を見込んだ川西航空機が、水上機の陸上機化案を持ち込んだのが始まりだ。
異世界帝国との開戦前、1941年12月も末、海軍に持ち込まれた十五試水上戦闘機――のちの『強風』の陸上戦闘機化案に、海軍は飛びついた。三菱で開発中の局地戦闘機『雷電』と、零戦の後継機の開発遅れを憂いていたところだったからだ。
結果、局地戦闘機『紫電』の開発はスタートしたが、その原点は、水上戦闘機である『強風』となっている。……もっとも紫電化した時に、思想はともかく、共通できたのはコクピット周りだけというほど弄くる結果になったが。
が、異世界帝国との戦いで、紫電の立ち位置は非常に微妙なものとなってしまう。
高高度を飛べる局地戦闘機として作られたマ式エンジン搭載の白電が、速度、火力ともに優れ、すぐに実用化された。その結果、紫電は重爆以外の敵機に対抗する基地航空隊の戦闘機という形になった。
さらに、開発に手間取った結果、零戦の後継機『烈風』が驚異的な追い上げで実用化、主力戦闘機の座を獲得したことで、基地航空隊の戦闘機も烈風で一本化する流れになりつつあった。
紫電は、強風水上戦闘機同様の中翼配置であり、車輪――降着装置の主脚を長くする必要があって、この辺りのトラブルにはかなり悩まされていた。
このままでは、紫電不採用、開発の資材も資金も時間もドブに捨てる結果となってしまう……。
実際のところ、川西航空機は紫電の性能に満足していなかったから、機体を低翼配置にし、量産性の向上を図った仕様――紫電改の開発も行ったが、ここで大胆な転換を行う。
戦況が南方へ移るのを見越して、紫電改を水上戦闘機としても使える仕様にしたのである。
いわゆる先祖返り的発想。原点が強風という水上戦闘機だった紫電が、再び水上戦闘機の能力を得たのである。
魔技研のもたらした魔力フロートは、水上機でも陸上機並の運動性、スピードを発揮できるようになる。
この能力があれば、南太平洋を巡る戦いでも、烈風その他が飛行場や空母が必要でも、紫電改ならば、基地でも空母でも使える一方、それらがなくても運用できる――そう海軍にアピールしたのである。
川西航空機は貪欲だった。強風が水上戦闘機としてあまり配備が進まなかった一方、魔技研が手を加えて作った一式水上戦闘攻撃機を大いに参考にし、紫電改に組み込んだのである。
その結果、更新が必要だった奇襲攻撃隊用戦闘機、九九式戦闘爆撃機の後継機候補に滑り込み、烈風を押さえて採用を勝ち取ったのだった。
敵の虚を衝く奇襲攻撃隊ならば、空母を使わないが、長駆進出、潜水補給部隊と連携して敵地奇襲をする水上攻撃隊の戦術にも利用できる、と海軍は考えたのである。
かくて、紫電改――紫電二一型は、陸上基地航空隊用戦闘機として製造されたが、すぐに艦上機仕様、奇襲攻撃隊仕様の紫電改二が作られた。
新式遮蔽装置搭載の紫電改二は、最高時速675キロを発揮し、武装の面では烈風と同じく20ミリ光弾機銃を四丁装備。対空のみならず、対艦・対地攻撃でも機銃掃射以上のダメージを与えられる。高速機であるが、自動空戦フラップの搭載で烈風に勝るとも劣らない旋回性を併せ持つ。
基地、艦艇、空母、水上と場所を選ばず使用できる万能機として、紫電改二は生産。今ソロモンの空で初陣を飾ったのである。
・ ・ ・
第二機動艦隊第二次攻撃隊は、異世界帝国主力艦隊を襲撃した。
艦載機準備中の空母10隻に対して、転移爆弾ならびに転移誘導弾によって奇襲。防御シールドで守られた空母の防壁をすり抜け、異世界人たちに災厄を叩きつけた。
紫電改二の60キロ転移ロケット爆弾六発が、空母を護衛する戦艦や、巡洋艦の甲板を叩き、艦橋や対空砲群を吹き飛ばせば、流星改二が、リトス級、アルクトス級といった帝国空母に1000キロ転移誘導弾をぶち当てた。
流星改二は、日本海軍の主力艦上攻撃機『流星』の改良型、流星改のバリエーションだ。採用を急いだ結果、若干修正すべき点を残していた流星は、ここにきてバランスの見直しと調整を入れた改良型が作られていた。それが流星改である。
その一方で、日本海軍は奇襲攻撃隊が使用する二式艦上攻撃機を新型に置き換える計画を立てた。遮蔽装置を備え、ここまで大きな損害も少なく活躍してきた二式艦攻だが、1000キロ弾の搭載ができないことが不満点となっていたのだ。
主力艦隊の流星が搭載できる1000キロ級兵装を搭載できる新型艦攻ということで、流星改に遮蔽装置を積んだ流星改二が作られた。
奇襲攻撃隊がスマトラ島近海での攻撃で、二式艦攻をそれなりに失ったことで、更新機会と見た海軍は、補充機材を流星改二とし、早速今回の第二次攻撃隊に参加することになったのだった。
流星改二の攻撃はリトス級大型空母ですら大きなダメージを与え、海へとその巨体を沈ませた。
奇襲攻撃隊は、防御障壁ごしの攻撃により異世界帝国主力艦隊の空母を全滅させ、制空権獲得のために大きく貢献を果たした。
流星改二部隊が攻撃を終えて離脱するまで、紫電改二およそ90機は、直掩の敵機と交戦。持ち前のスピードと格闘能力を遺憾なく発揮し、ヴォンヴィクス機を圧倒。光弾機銃で撃墜すると、艦攻隊の退却に合わせて撤退した。
・ ・ ・
まるで突風が吹いたようだった。
ムンドゥス帝国南海艦隊旗艦『エクリクシス』。ケイモン大将にとって、この襲撃は実に苦痛に満ちた時間だった。
対策の上をいった日本軍の攻撃は、想定される中で最悪の、空母全滅という結果を突きつけたのだ。
司令長官の沈黙は、参謀たちにも伝染し、司令塔はただただ重苦しい。
状況は最悪の可能性があった。
「日本軍は、防御シールドを無効化する武器を持っておる」
その事実は、航空攻撃に対して帝国艦隊が大幅な劣勢になったことを意味する。
敵は、対空砲の射程外から誘導兵器を撃ち込むようになった。であれば、防御シールドでそれを防ぐことで、航空攻撃が効率の悪い戦法になるよう仕向けることができた。
が、シールドが意味をなさなくなれば、敵は射程外から誘導兵器攻撃を多用するようになるだろう。そうすればムンドゥス帝国艦隊は一方的に戦力を喪失していくことになるのだ。
有効な対策は、誘導兵器を撃ち落とすことと、撃たれる前に戦闘機で敵攻撃機を撃墜することだ。しかし空母が失われ、戦闘機による迎撃がほぼ不可能となった。
これは、南海艦隊の危機である。
「しかし、敵もシールド無効兵器の数が限られているのではないでしょうか……?」
プロイ参謀長が、控えめな調子で言った。
「もし彼らが潤沢に無効兵器を保有しているならば、最初から使っていたはずです。それを今回の攻撃だけで使用したのは、そもそも在庫に余剰がなかったからと推測します」
「確かに、数に限りはあるだろう」
ケイモンの声は重々しい。
「しかし、戦況の推移を鑑み、ここから我が艦隊を撃滅するに足る量があると見て、解禁してきた可能性もある」
最初から使えば、途中で尽きるが、ある一定のラインを超えればあとは最後まで足りる。だから使ってきた、とも考えられるのだ。
もしそうであるならば、進退窮まった――ケイモン大将は静かに目を閉じた。
こうなると頼りになるのは、もはや陸軍南方軍団の重爆撃機部隊のみだろうか。
・艦上戦闘機:紫電改二
乗員:1名
全長:9.38メートル
全幅:11.99メートル
自重:2300キログラム
発動機:中島『誉』三二型、空冷2400馬力
速度:675キロメートル
航続距離:1705キロメートル
武装:20ミリ光弾砲×4 ロケット弾×6もしくは、小型誘導弾×4
その他:局地戦闘機、紫電の改良型。その空母艦載型として作られた改良型。烈風との差別化のため、元となった水上戦闘機『強風』同様、魔力フロートによる水上戦闘機仕様に変更でき、着陸(着水)と場所を選ばない運用が可能。自動空戦フラップを搭載し、零戦並みの軽快な運動性を持つ。遮蔽装置を装備した奇襲攻撃隊用の九九式戦闘爆撃機の後継機として、配備が始まった。




