第四七六話、位置転換
日本海軍の主力である連合艦隊が、異世界帝国重爆撃機隊と交戦している頃、南東方面艦隊の巨大海氷飛行場『日高見』を飛び立った陸上基地攻撃隊が、ガダルカナル島に作られていた敵飛行場を襲撃していた。
先日の第一機動艦隊水上艦隊によるソロモン海戦において、輸送艦隊もろとも建造中の基地が攻撃にさらされた。
そのため、復旧工事の最中ではあったが、一部がすでに実戦に耐えうるレベルとなっていた。これは、日本軍の彩雲偵察機によって確認されていたから、ソロモン作戦中の邪魔にならないよう、再度破壊することとしたのだ。
稼働する戦闘機の半数が、ベータ艦隊への支援に出払っているタイミングでの襲撃だった。残る稼働する戦闘機が出撃の準備にかかるが、本隊より先行し、遮蔽に隠れていた銀河陸上爆撃隊が、そうはさせじと爆撃を行った。
防御障壁発生装置がやられ、発進準備中の戦闘機が小型爆弾、もしくは光弾砲によって破壊される。
飛行場上空を警戒していた直掩機が、銀河を撃墜しようと向かうが、空対空誘導弾装備の月光双発戦闘機が牽制し、それを阻む。
そうしている間に、主力である攻撃隊が到着。少数の異世界帝国機は、業風、暴風戦闘機にたちまち蹴散らされ、一式陸上攻撃機部隊が、飛行場を爆撃した。
重爆用の飛行場ほか、戦闘機用飛行場も叩かれ、ガダルカナル島の基地航空隊は壊滅したのである。
ムンドゥス帝国南海艦隊の旗艦『エクリクシス』にもその旨、報告が入った。
ガダルカナル島の基地設備を破壊されたことは、ロウバート・ケイモン大将をして、ある程度想定していた。これ自体は驚くに値しない。
日本海軍は、制空権奪取を第一とし、そのための行動は躊躇いなく実行する。むしろ、囮として、敵航空隊の攻撃を吸うという意味で、ガダルカナル島の設備や役に立ったと言える。
それよりもケイモン大将の注意を引いた報告は、他でもない。
「日本艦隊が消えた」
南海艦隊が日本艦隊の目を引きつけ、陸軍航空隊が海軍を支援し、日本軍を叩く。そういう筋書きである。
その敵艦隊を攻撃に向かった陸軍南方軍団の重攻爆撃師団の重爆撃機部隊だったが、彼らは目標に辿り着けなかった。
日本艦隊は、転移で消えたに違いない。
陸軍南方軍団が自慢していた空中艦隊――その高い耐久力と数で押し寄せ、何機落ちようともひたすら前進すると、高高度から誘導兵器と光線兵器で一方的に敵を叩く。
そういう戦い方で敵を蹂躙する重攻爆撃師団だったが……。
「敵がいないのでは、仕方がありません」
プロイ参謀長が嘆息した。
「現在、方々に偵察機を飛ばし、日本艦隊の発見につとめておりますが、未だ発見ならず」
「逃げた、のでしょうか?」
クラッコ作戦参謀が言えば、ケイモンは淡々と告げた。
「転移で一時的に場所を変えただけだ。奴らはまだ、我々との戦いを求めているはずだ」
問題は、どこにいるか、である。プロイは海図台を見下ろした。
「アルファとベータの残存艦隊は、このまま我ら主力と合流させましょう。この二つの艦隊は再編成が必要です」
「ガダルカナルの反対側にいるガンマ艦隊は如何いたしますか?」
クラッコは眉をひそめた。
「この艦隊はまだ被害を受けていませんが、現状、主力と別行動中。個別に叩かれる恐れがあります」
日本艦隊が転移で逃げずに直進していた場合、正面をアルファとベータを吸収したケイモンの南海艦隊の主力。ガダルカナル島の南から迂回したガンマ艦隊と、敵艦隊を挟撃する腹づもりだった。
陸軍南方軍団の重爆撃機部隊と共同すれば、日本艦隊も撃滅できただろうが……。
「どこへ消えた……?」
・ ・ ・
連合艦隊主力は、ソロモン海に展開した転移巡洋艦『宮古』の元へ転移退避を行った。
『宮古』は、サンクリストバル島の南海域に潜伏しており、それは先日、第一機動艦隊水上艦隊が、ハリケーンに乗じて夜戦を挑むために転移してきた場所である。
『敵甲部隊は、フロリダ島で、乙、丙の残存艦隊と合流しつつあり』
彩雲偵察機からの報告が、連合艦隊旗艦『敷島』のもとに届く。
『丁艦隊は、ガダルカナル島南岸付近を航行中』
敵艦隊は二つに分かれた――これは各個撃破の好機ではないか。連合艦隊司令部は沸き立った。
草鹿 龍之介参謀長は言う。
「今なら、敵は艦隊による相互支援ができない状態です。さらなる漸減を仕掛けましょう」
「まず狙うとすれば――」
山本 五十六が視線を向ければ、樋端が指示棒を使った。
「まず、この手近な丁艦隊を、第一艦隊ならびに第一機動艦隊で攻撃を仕掛けます。我が方が敵の背後に現れたとみて注意を引いている隙に、第二機動艦隊の奇襲攻撃隊が、甲艦隊の空母群を撃滅。そうなれば、甲部隊はガダルカナル島を迂回せねば、丁艦隊の救援に駆けつけることができず、より各個撃破が成功しやすくなります」
「敵航空隊の横槍を防ぐことができます」
草鹿が付け足した。山本は頷いた。
「よし、それで行こう。我が艦隊は北上し、敵丁艦隊の攻撃に向かう」
場所が大きく変わり、当初とは別案での攻撃となった。ゲートはすでに塞いでいる今、敵は艦隊のみであり、その点は何も変わっていない。
第一機動艦隊ほか空母部隊は、転移離脱装置で戻ってきた機体の収容作業を行っており、最短で攻撃隊を出した場合、戦闘からその帰還は夕刻になると思われた。
その間、戦艦群を中心とする第一艦隊は、丁艦隊に向けて進撃。囮空母である海氷空母戦隊を連れての堂々たる航行であった。
そのおよそ一時間後、異世界帝国丁艦隊の動きに変化が見られた。それまでガダルカナル島の西側へ向かうような針路をとっていたのが、急に反転し、まるで第一艦隊の進軍に気づいたように引き返したのだ。
いや、気づいたのだ。おそらく異世界帝国の偵察機が、日本艦隊を発見し、通報したに違いない。
その証拠に丁艦隊の10隻の空母が、艦載機の準備をはじめたのだ。また、島の反対側にいる甲艦隊――敵主力艦隊でも動きがあった。
敵甲艦隊もまた、攻撃隊を飛ばそうとしているのだ。
第一艦隊、旗艦『遠江』の原 忠一中将は、軍帽を被り直す。
「敵さんもこちらに気づいたぞ。海氷戦隊はいつでも戦闘機を出せるように準備せぃ」
海軍兵学校39期。そのいかつい顔つきと恵まれた体躯から、アメリカで1933年に公開された映画のモンスターになぞらえて『キングコング』のあだ名で呼ばれる男である。
開戦時は、第五航空戦隊の司令官を勤め、以後、巡洋艦戦隊司令官を経て、航空関係の司令官を歴任してきた。
戦艦部隊の第一艦隊を任されたものの、航空戦についても理解がある指揮官である。
とはいえ、所属する海氷空母は戦闘機しか積んでいないため、もっぱら防空戦が中心となるので、やることは水上打撃部隊を率いての砲撃戦となる。
味方航空隊が動き出すのは、もうしばらくかかるため、まずは敵の空襲を切り抜けなくてはならない。




