第四七三話、武器の活用法はいくつもある
「報告です。敵乙艦隊ならびに丙艦隊の空母群の撃滅に成功。敵前衛となる二つの艦隊は、制空権を喪失しました!」
連合艦隊旗艦『敷島』にもたらされた報告は、司令部を歓喜に包んだ。山本五十六長官が頷く中、中島情報参謀は続けた。
「第六艦隊は、空母10隻の他、駆逐艦20以上と、戦艦2、巡洋艦8を撃沈とのことです」
「そんなに……」
草鹿 龍之介参謀長は表情こそ変えないが、どこか驚いたように言った。まさか新鋭潜水艦部隊がそこまでの戦果を叩き出せるとは思わなかったのだ。
「確かなのか? 過剰戦果ではないのか?」
「敵に張り付いている彩雲偵察機の報告でも確認済です。第六艦隊も遮蔽瑞雲を観測に使っているので、そこまで戦果に乖離はないと思われます」
中島はきっぱりと告げた。
「現在、第六艦隊は、魚雷欠乏によりラバウルへ転移離脱。特設潜水母艦戦隊より、魚雷と燃料の補給を受けています」
うむ、と山本は頷いた。
現在の第六艦隊の潜水艦は、艦級で潜高型(水中高速潜水艦)、海大(海軍大型潜水艦)Ⅶ型、巡潜(巡洋潜水艦)乙型、丙型、呂号中型(海中Ⅶ型)で構成されている。
そしてこれらは1隻につき最低で10本。多くても17本から19本の魚雷を搭載している。
戦果から考えると、おそらく魚雷をほぼ撃ち尽くしたと思われた。
「使えるな、潜水艦も」
「はい」
樋端航空参謀は首肯した。
「通常弾頭の魚雷ですが、敵空母が艦載機を発艦する寸前など、海中から狙ったほうがやりやすいのかもしれません」
「マ式機関による水中高速性能あってのものかもしれないが」
山本は言うと、中島に視線を戻した。
「丙艦隊の方の損害は?」
「第二機動艦隊の奇襲攻撃隊は、空母11隻全てを撃沈したとのことです。それ以外には、駆逐艦を5隻ほど撃沈破したと報告がきております」
「すると、戦艦や巡洋艦は、ほぼ手付かずか」
「二機艦の空母と航空隊は、東南アジアでの戦いで消耗したから」
樋端がフォローするように言った。
8隻中7隻の空母が損傷。『大龍』のように艦橋に被弾し、本格修理が必要な艦もあれば、復帰した『海龍』『瑞龍』のように、直撃弾を艦載機が吸ってくれて軽微な損傷に留まった幸運艦もあった。
しかし艦載機の方では、パレンバン防衛戦での損害、そして攻撃隊発艦前の襲撃により、その機体のおよそ半数が失われている。幸い、残存空母3隻に残存機をすべて振り分けてもお釣りがくる分は残っていたが、第二機動艦隊の航空戦力は落ち込んでいるといってよい。
山本や連合艦隊司令部からして、ソロモン作戦で、主力の一翼を担う第二機動艦隊の航空戦力半減は、悩みの種であった。
「しかし、これで敵さんも騙せるかな」
意味ありげに山本は笑みを浮かべた。
奇襲攻撃隊は、最近の日本海軍航空隊の通り、防御障壁を解除した隙を狙ってくる、と。
樋端は頷く。
「はい。敵も奇襲攻撃隊が、障壁貫通兵器を搭載していないと考えるでしょう」
あれば、障壁あるなしに関わらず奇襲できたはずだ――異世界人たちは、丙艦隊(ベータ艦隊)の空母群のやられ方からそう判断するに違いない。
「次は、敵が障壁あるなしに関係なく、二機艦の奇襲攻撃隊にはやらせます」
まだ生産数の限られている障壁貫通兵器である。二機艦に集中配備したが、それでも全弾を貫通兵器に揃えるには足りなかった。故に、使いどころが大事になってくる。
「異世界帝国、乙艦隊ならびに丙艦隊は、空母群を喪失。残存艦隊は、フロリダ島方面へ退避。おそらく後続の主力と合流するものと思われます」
「第一機動艦隊の攻撃隊は?」
「現在、退避する丙艦隊を追撃中。間もなく攻撃にかかると思われます」
「戦闘機が多いんだっけ?」
第一次攻撃隊の編成は、戦闘機が多く配備され、艦隊攻撃力はそれほど高くはない。第六艦隊にしろ二機艦の奇襲攻撃隊にしろ、ここまで完璧な仕事ができるとは思わなかっためだ。それなりに戦闘機が残っていると想定したための保険ではあった。
「はい。しかし、甲・丁艦隊が、艦隊防空のために戦闘機を派遣してくる可能性はあるので、無駄にはならないでしょう」
敵主力である後続の艦隊は、連合艦隊主力を攻撃するには、遠いが前衛艦隊のエアカバーは充分可能な範囲にいるのだ。
「ここらで敵艦隊の一つを潰しておきたいところだ」
山本は呟くように言った。敵戦力が合流すれば、当然のことながら一度の交戦で相手をする数が増える。合流前に叩ければ、その後も数の差を詰めた状態で戦える。
「特に、前衛である丙艦隊。ここが戦艦と駆逐艦の規模が一番大きな艦隊だったからね」
・ ・ ・
丙艦隊――ベータ艦隊は、空母11隻を喪失し、制空権確保が難しくなった。一応、直掩機は100近く上空にあるものの、進撃中の第一機動艦隊の第一次攻撃隊、およそ600機を迎撃するには心許ない。
しかし、攻撃隊側も、防御障壁用の誘導弾や爆弾がほとんどないため、真面目に対艦戦を仕掛けても、敵が防御を固めたら、数の割に戦果が乏しいことになるだろう。
そこで、ひと工夫が必要となる。
第二機動艦隊に所属する第十七潜水戦隊は、その高度な潜水能力を活用して、丙艦隊の退避針路上に回り込んでいた。
○第十七潜水戦隊:補給・潜水母艦3:『ばーじにあ丸』『あいおわ丸』『迅鯨』
・第七十潜水隊 :伊600、伊611、伊612
・第七十一潜水隊:伊607、伊608、伊613
・第七十二潜水隊:伊609、伊610、伊614
元祖マ号潜水艦戦隊。現在の新鋭潜水艦の装備を最初に装備し、技術試験を繰り返した古参潜水艦部隊である。
マ号から伊号ナンバーに変更されたこの潜水艦部隊は、機関を停止して、異世界帝国戦艦が通りかかるのを待っていた。
伊600――マ号潜水艦『海狼』。その潜水艦長である海道中佐は、開戦以来、この潜水艦の長を務める。
自身も能力者であり、能力者が動かすことでフルにその性能を発揮するフネとあっては、人員は半ば固定するしかないのである。
『敵艦隊、間もなく上方に到達』
「誘導機雷、連続射出」
海道中佐が命じると、伊600の甲板に並べられた誘導機雷ポッドが開き、順次浮上を開始した。
同じく息を潜めていている各潜水艦も、次々に誘導機雷を順番に放っていく。
「普通の機雷は足止めだが……。まあ、道具は使いようだからな」
妹である海道 鈴大尉が制御する誘導機雷、その動きを感知しながら、海道は目を伏せた。
「誘導できるんだから、こういうやり方もできるというわけだ」
間もなく、第一機動艦隊を飛び立った攻撃隊が、丙艦隊に襲いかかる。これはそのための準備だ。