第四七二話、奇襲は二度ある
ムンドゥス帝国南海艦隊のアルファ艦隊が、海中からの猛攻にさらされている頃、最先鋒となるベータ艦隊(丙艦隊)では、空母11隻が艦載機の発艦を進めていた。
日本海軍の奇襲攻撃隊の襲撃を警戒し、まずグラウクス級小型空母3隻から、戦闘機60を発艦させる。
その間の8隻の空母は、防御シールドを張って襲撃を警戒する。
直掩部隊に加えて、追加の60機が艦隊上空に上がることで、さらに防空力を向上させて、次に5隻のアルクトス級中型空母の番となる。
ベータ艦隊の司令長官、ゲイラ・ティラー中将は、より厚くなる直掩隊を前に、日本海軍の奇襲攻撃隊が、ますます手が出しづらくなっていく状況に、笑みをこぼした。
「どうやら、無事に全機発艦できそうね」
「はい。敵の奇襲攻撃隊は、我が艦隊の周りにいないようですな」
カルボス参謀長が姿勢を正した。
艦隊上空の戦闘機の数は150近く。さすがにこれだけの機が、艦隊の周りを周回していれば、遮蔽で隠れている敵編隊も、発見を恐れて近づけないだろう。
いずれ直掩機の数は今の半分以下になるが、発艦作業さえ終われば、あとは防御シールドで最低限の防御はできる。
敵が現れないのであれば、現状警戒すべきは、日本の主力艦隊から出てきた約600機の攻撃隊の対処だろう。
アルファ艦隊やガンマ艦隊からも戦闘機が支援に出てくれば、切り抜けられる公算は高くなるだろうが、怖いのは敵艦が転移で突然至近に現れることか――
ぼん、ぼぼん、と爆発音が連続した。
「空――?」
『直掩機が多数、爆発!』
見張り員からの絶叫にも似た報告が飛び込む。
『て、敵襲!』
来た。日本海軍の奇襲攻撃隊。その航空隊が、前触れもなく現れたのだ!
「空母戦隊、発艦作業中止! 防御シールドを――」
「手遅れです!」
カルボス参謀長が驚愕の面持ちで、空母戦隊の方向を見ている。
またも爆発音が連続した。戦闘機が発艦しつつある中、アルクトス級中型空母5隻に、大型誘導弾が集中。たちまち鮮やかな爆炎が巻き起こり、空母の飛行甲板が炎に包まれた。
「対空戦闘!」
艦隊が慌ただしくなる。護衛の巡洋艦、駆逐艦の対空光弾砲が発砲をするが、すでに日本機は高速離脱にかかっている。
「やられた!」
ティラー中将は軍帽を叩きつけるように、床に投げた。あれだけ対策していたのに、まんまと攻撃を許してしまった。
「しかし、司令官。全滅ではありません」
カルボスは言った。
「アルクトス級5隻はやられましたが、まだリトス級が3隻、軽空母も3隻が残っております! 対策のおかげで、全滅は免れました」
参謀長の言う通り、艦載機120機を運用するリトス級大型空母は3隻とも無傷だ。
「しかし、目下のところの問題は、日本艦隊から飛び立った600機の攻撃隊が迫っていることです。アルクトス級5隻分の戦闘機が不足ですので、残っている戦闘機を全て出して、防空戦闘に注力する必要があります!」
「そ、そうね……」
元々、戦闘機掃討――ファイタースイープを狙った攻撃隊を送り出す予定だったベータ艦隊だ。だが、その一角である中型空母群の喪失は、その計画を大いに狂わせる。
「戦闘機は足りる?」
「航空参謀、どうか?」
カルボスが問えば、直掩機の残存を確認していた航空参謀が背筋を伸ばした。
「はっ、リトス級の全戦闘機を出して、直掩隊の数を合わせれば、敵攻撃隊の七割は確保できます。当然、敵攻撃隊には、攻撃機も多数含まれているでしょうから、戦闘機の数は最低でも互角。通常の想定編成ならば我が方が上回っているでしょう」
「……わかった」
ティラーは頷いた。
「敵は、我が艦隊の空母を全滅させて、主力艦隊の攻撃隊で仕掛けるつもりだった――」
そうであるならば。
「敵はこちらの艦載機を全部潰すつもりで奇襲攻撃隊を放ったのだろうから、その攻撃隊編成は、戦闘機より攻撃機を優先させているでしょうよ。つまり、全力迎撃ならば、こちらの戦闘機の方が優勢」
ただし迎撃に失敗すれば、ベータ艦隊に及ぶだろう被害もまた大きくなるだろう。敵は攻撃機重視なのだから。
「敵奇襲攻撃隊は、攻撃を終えて離脱した。この隙に、全戦闘機を展開。今を逃したら、出撃すら困難になるわ」
艦隊司令官の命令により、待機中だったリトス級大型空母3隻の戦闘機隊が、出撃態勢に入る。
防御シールドを解除。垂直離着陸機能を用いて、ヴォンヴィクス戦闘機が先頭からフワリと浮かび上がり、半分くらいの機が甲板から離れた時、大型誘導弾がリトス級空母に突き刺さり、爆発した。
「!?」
旗艦の司令塔から、リトス級が次々と火を噴いていくのが見えた。
何が起きたのか一瞬わからなかった。否、攻撃されたのはわかった。だが事実を認めたくなかったのだ。
日本機は去ったはずだった。だから、ここにいるはずがない。
だが現実には、日本軍の奇襲攻撃隊が現れて、シールドを解除したリトス級大型空母に次々と直撃弾を当てて、撃破したのだった。
・ ・ ・
日本海軍、第二機動艦隊は、潜水行動が可能な艦隊である。
所属する空母も潜水航行が可能な空母8隻だったが、東南アジア救援の際、異世界帝国の遮蔽型偵察戦闘機シュピーラドの単機奇襲を受けて、空母『加賀』を除く7隻が損傷する大惨事となった。
幸い、攻撃は飛行甲板と発進直前の艦載機に集中したため、損傷が軽微で応急修理で出撃可能な空母が2隻、ソロモン作戦に間に合った。
そして第二機動艦隊は、敵艦隊撃滅のため、潜水行動で進出。連合艦隊主力と連動して、異世界帝国艦隊を奇襲すべく戦況を見ていた。
乙艦隊に対しては、第六艦隊が仕掛けたので、二機艦航空隊は丙艦隊=ベータ艦隊、その空母群に狙いを定めた。
空母『加賀』『海龍』『瑞龍』から飛び立った攻撃隊は、九九式艦上戦闘爆撃機108機、二式艦上攻撃機108機、彩雲偵察機6の222機。使用可能全機を投入した。
いつものように遮蔽によって、異世界帝国丙艦隊に忍び寄った攻撃隊は、敵空母が艦載機を展開しようとしたところを襲撃した。
108機の戦闘機は、懸架して空対空誘導弾を発射し、多数いるヴォンヴィクス戦闘機やエントマ戦闘機を不意打ちの誘導弾で撃墜。
二式艦上攻撃機は、割り当ての空母に対して各9機ずつが突入することになっていた。アルクトス級中型空母5隻に対して、対応する5個中隊が大型誘導弾を投下した。
正規空母サイズとはいえ、九発の対艦誘導弾を受ければアルクトス級は、ひとたまりもなかった。
それらは瞬く間に中型空母5隻を喪失。攻撃を終えた中隊は、そのまま転移で離脱を図った。
異世界人たちは、日本攻撃隊は撤退したと思ったようだが、そんなことはなかった。割り当てられた空母が防御障壁を展開していたため、攻めあぐね、待っていた7個中隊、63機の二式艦上攻撃機がまだ潜んでいたのだ。
リトス級大型空母が障壁を解除したのを彩雲からの報告で知ったリトス級担当の攻撃機隊は、満を持して抱えていた大型対艦誘導弾を叩き込んだ。
それが、丙艦隊――ベータ艦隊司令部が呆然と見守るしかなかったリトス級大型空母群壊滅の背景である。




