第四七〇話、攻撃隊、出撃用意
異世界帝国艦隊が北西へ動いた。フロリダ島を中心に丙艦隊。その後続に乙艦隊がつく。
連合艦隊の主力、その一翼を担う第一機動艦隊の各空母では、艦載機の出撃準備が進められていた。
一機艦旗艦『伊勢』。小沢 治三郎中将は海図台に歩み寄る。山野井情報参謀が言った。
「偵察機の報告で、乙艦隊に対して第六艦隊が配置につきつつあるとのことです」
「では、我々は丙艦隊に戦力を集中できるな」
まず前衛の敵の二艦隊が、連合艦隊主力と衝突する。21隻の空母のうち半分を無視できるならば、消耗を考えればありがたいことだった。
「攻撃隊の編成は?」
「戦闘機411機、攻撃機201機、偵察機13機を予定しております」
靑木航空参謀は答えた。
第一の槍として戦闘機2、攻撃機1の割合だ。そして敵丙艦隊の空母群の配置から、敵戦闘機が全力迎撃してきた場合、互角にはなるだろう数の烈風戦闘機を、第一次攻撃隊が組み込まれている。それは第一機動艦隊の戦闘機の約四分の三に当たる。
「艦隊防空は、第一艦隊の海氷空母に任せる」
「あちらの空母は、ほぼ戦闘機しか積んでいませんからね」
連合艦隊主力に編成されている海氷空母6隻は、自動コアによる無人型業風戦闘機が艦載機として配備されている。元々、艦隊の囮役、被害担当艦である海氷空母には、それを長く活かすために、防空戦闘機しか載せていないのだ。
小沢は頷いたが、自然を眉間に皺が寄っていた。
「対障壁用の武器が充分だったら、攻撃機をもっと送り出してまとめて艦隊ごと沈めてやれるものを……」
「弾薬不足は深刻ですから」
大前参謀副長は言った。
「後々のことを考えれば、弾薬配分に制限がついてしまうのはやむを得ません。戦前から、海軍はフネばかりではなく、弾薬についてもより備蓄するべきでした」
「まあ、仮にそれができていたとしても、戦中での兵器の増加を見れば、それでも足りなかっただろうがな」
小沢は腕を組んだ。魔技研による沈没艦の再生と復活。その規模は、開戦以来減るどころか逆に増加している。それこそ、予算の制限がなければ海軍が夢見ていた大艦隊、その規模以上に。
「とはいえ、やはり対障壁弾は、こちらにも欲しかったぞ」
航空機搭載用の防御障壁を突破する転移誘導弾は、第一機動艦隊には配備されていない。増産は進められているが、配備可能数から第二機動艦隊に優先されたのだ。魔技研も含めて生産は進められているのだが。
「我々は、敵の注意を引くのと、後片付けが任務ですから」
神明参謀長は淡々と告げた。
「序盤はこんなものでしょう」
大型誘導兵器は、使いどころに注意が必要だが、中型誘導弾や小型爆弾も出番が多いだろう。
「まあ、二機艦と第六艦隊の先制攻撃のための援護役、だな」
小沢は皮肉げな顔になった。
かくて、第一機動艦隊の各空母から攻撃隊が発艦を始めた。上空警戒の直掩機が見張る中、まず第一航空戦隊の空母『大鶴』『紅鶴』『赤城』から艦載機がマ式カタパルトによって連続射出される。
二航戦、三航戦、五航戦は、飛行甲板に艦載機を待機させているが、防御障壁を展開し順番を待っている。
これは、第二機動艦隊が東南アジアへ救援に行った際、敵遮蔽機の単独襲撃を発艦直前に受けたことの答えである。
艦載機の発艦、着艦時は障壁が使えないため、そこを狙われると空母は弱い。日本海軍も障壁対策に、敵のそのタイミングを狙っていたが、東南アジアでは、異世界帝国に同じ手でやられてしまったのだ。
結果、第一機動艦隊でも、各空母の一斉発艦は取りやめ、戦隊ごとに順番に飛ばす方式に変更した。
発艦時に奇襲されても、被害は3、4隻に留まるという寸法だ。空母群全滅を避けられれば、まだまだ戦えるのだ。
マ式カタパルトによる発艦は、従来のそれよりも早いため、戦隊ごとの発艦に切り替えても、飛び立った航空隊の空中待機時間は短い。だから、襲撃を受けて全滅というリスクと考えれば、少々の時間ロスは許容される。
小沢は、上空の第一次攻撃隊を見やる。
「さて、矢は放った。敵さんも反応してくれよ。こちらがわざわざ大名行列をやっているんだからな」
・ ・ ・
日本艦隊より、約600機の攻撃隊が接近!
ムンドゥス帝国艦隊ベータ艦隊(丙艦隊)、アルファ艦隊(乙艦隊)の上空警戒機は、進撃する日本軍空母航空隊の大群を捉え、それを報告した。
すでに攻撃隊の準備をしていたベータ、アルファ艦隊は、その空母部隊にただちに攻撃隊の発艦と防空戦闘隊の編成を、それぞれ命じた。
防空戦闘隊については、すでに艦隊上空に張り付いている戦闘機隊がいるので、多少燃料に不安のある機を入れ替えることで対応できる。
ベータ艦隊は、日本軍戦闘機を狙ったファイタースイープを目論む編成なので、敵攻撃隊に対して、そのまま迎撃部隊として機能する。
問題は、攻撃機を含む編成を予定していたアルファ艦隊だ。旗艦『ヌーベース』のアゴラー中将は、アンコーン参謀長と参謀たちに確認する。
「およそ600機ということは、敵主力の空母数からして、およそ半分より少なめと見ます」
なお、ムンドゥス帝国側は、海氷空母を普通の空母と解釈している。その中身が、爆撃もできるが基本が戦闘機である業風しか積んでいないのを知らない。
「同数の第二次攻撃隊を放てると考えれば、まずこの敵攻撃隊を撃滅することを優先させた方が、のちのち有利に運べると思われます」
アンコーン参謀長は告げた。
まずは敵の槍を折ってしまおうというのだ。ムンドゥス帝国軍は、アルファ、ベータ艦隊の後方に主力とガンマ艦隊が控えている。敵の航空機の数が減ることは、長期戦の観点から見れば、日本軍にとってはより苦しいものになるはずだ。
……なおこの時点で、アルファ艦隊司令部は、日本軍の基地航空隊のことは忘却していた。
「では防空を優先し、敵航空機の迎撃を優先する。艦載機隊、発艦準備にかかれ!」
アゴラー中将が断を下し、所属する空母群が動き出す。
第一群、大型空母1、中型空母4。第二群も同じく大型空母1、中型空母4の編成だ。護衛の巡洋艦、駆逐艦が、日本軍の奇襲攻撃隊を警戒し、空を睨む中。まず第一群の空母5隻が、防御シールドを解除し、艦載機の発艦を行う。
まさにその時だった。
下からの強烈な突き上げが連打となり、リトス級大型空母の艦体を持ち上げた。僚艦であるアルクトス級中型空母も半ば持ち上げられたが、すぐに艦体がへし折れ、爆発した。
戦艦を旗艦としているアゴラー中将は、突如として空母群に起きた水柱と爆発音に衝撃を受けた。
「うおおっ!? な、何が一体――!?」
日本軍の奇襲攻撃隊か? しかし襲撃と共に姿を現すという日本航空機の姿はどこにもない。