第四六九話、前進! 第六艦隊
フロリダ島の北の海域に展開していた乙艦隊が動き出した。
日本海軍第六艦隊旗艦『塩見』は、海中にあって、敵艦隊の動向を探っていた。
早池峰型大型巡洋艦の改良型である潜水型航空巡洋艦がこの『塩見』である。
異世界帝国のヴラフォス級戦艦をベースにした早池峰型を参考に、艦首に主砲を二基、艦橋があって、艦体中央から格納庫と飛行甲板を備える航空巡洋艦として改設計された。
基準排水量2万6000トン。全長230メートル、全幅31メートル。マ式機関16万馬力で水上33ノット、水中速力20ノットを発揮する。主砲は、アルパガス級戦艦が搭載していた障壁貫通砲を再現した20センチ三連装対衝撃光弾砲二基六門。そして対潜、対水上艦用の誘導魚雷発射管を四連装六基二十四門、他誘導機雷を装備する。
航空巡洋艦ではあるが、船体は戦艦クラスであり、艦載機は18機の搭載が可能となっている。
この潜水艦隊旗艦用巡洋艦の源流は、大淀型軽巡洋艦に遡る。
潜水艦部隊を支援する高速水上偵察機を搭載する偵察巡洋艦として計画された丙型巡洋艦。その用途は、広大な太平洋を索敵し、敵艦隊を発見。潜水艦部隊に通報することで、漸減邀撃作戦の潜水艦襲撃ターンを成功に導くことにある。
要するに索敵力に劣る潜水艦の目となって、敵の位置を通報する高速偵察機を運ぶキャリアーなのである。
異世界帝国との開戦以来、魔技研の技術により、帝国海軍の艦艇、兵器は発展した。その中には、マ式機関によって高速力を手にした潜水艦も含まれる。
が、何よりの進化は、誘導兵器ではなく、魔力式水中索敵装置と、水中でも交信可能な魔力通信である。これにより潜水状態の潜水艦同士の連絡、連携が格段に向上。単艦行動の多かった潜水艦が、複数による高度な連携が取れるようになった。
そうした新世代の潜水艦戦術の発展に伴い、潜水艦隊旗艦にも変化があった。
水中交信による連携は、旗艦をして、潜水艦に対して水上艦艇のような直接指示が可能になった。
水雷戦隊の旗艦、あるいは戦隊旗艦のように、直接戦場にいて所属する潜水艦を指揮する。そのために、潜水艦乃至、潜水航行可能な水上艦型艦を旗艦とするのが望ましい。
で、ここで問題になるのは潜水時の索敵範囲の狭さである。特に水中聴音系は自艦の出す騒音を抑えて使用するなど、一定速力を出しての使用は困難と、注意が必要であった。
ここで、潜水艦隊旗艦用に計画された丙型巡洋艦――大淀型がクローズアップされることになる。
索敵範囲の狭さは、偵察機で補えばよい。航空機用遮蔽装備が実用化され、敵から隠れたまま偵察や通報が可能となったことは、さらに追い風となる。
水中交信も可能な魔力式通信があれば、潜水艦の索敵を偵察機が担当しつつ、その都度、彼我の位置などを通報できる。それにより複数の潜水艦が連動、敵ハンターグループへの反撃や、襲撃を誘導できるのだ。
そのためには、潜水艦隊旗艦は、複数の偵察機を搭載できる艦が望ましい。そして潜水可能艦艇であることから、偵察機は艦内に格納しての運用が望まれた。
結果、鹵獲軽空母改装案と、ヴラフォス級戦艦船体を利用しての航空巡洋艦案が候補に上がり、すでに設計の上がっていた早池峰型大型巡洋艦を、航空巡洋艦として改設計することで、決定された。
これが、大型潜水型航空巡洋艦『塩見』である。
『塩見』は、マ式機関を標準装備した新世代型潜水艦隊を率いる旗艦として、第六艦隊の旗艦となり、ソロモン諸島に派遣された。
艦隊司令長官、三輪茂義中将は、旗艦『塩見』にいて、最前線にいた。
海兵39期。潜水畑を歩んできた人物で、開戦時は第三潜水戦隊司令官。1942年に海軍中将になった後は、艦政本部第7部長(潜水艦部)を務めたのち、第六艦隊の指揮官となった。
魔技研の技術により飛躍的な進化を遂げた潜水艦部隊の運用や性能について、建造されている段階から関わっており、新戦術についても精通している。
●第六艦隊:三輪 茂義中将
艦隊旗艦:(大型巡洋艦):『塩見』
・軽巡洋艦:『香取』
第二潜水戦隊:伊201、伊202、伊203、伊204、伊205、伊206
第三潜水戦隊:伊52、伊53、伊55、伊54、伊56、伊58
第四潜水戦隊:伊40、伊41、伊42、伊43、伊44、伊45
第十一潜水戦隊:伊183、伊184、伊185、呂38、呂39、呂40、
呂42、呂44、呂46、呂48
今回のソロモン作戦において、第六艦隊はマ式機関を搭載した28隻の潜水艦を、艦隊決戦に投入。残る通常動力潜水艦である伊19、伊21、伊39、伊177、伊180、伊181や、呂104以降の呂号小型潜水艦は、戦場外周の索敵や警戒に当たっている。
さて、決戦参加の28隻のうち、最初からマ式機関が搭載されて建造されたのは、マ号潜水艦改め伊611型の戦時量産型である伊201型の6隻だ。
それ以外の伊号、呂号潜は、建造中ないし進水直後のものを、マ式機関搭載型に改めて改修、その後就役したものとなる。すでにほとんど完成間近だったものについては、そのまま搭載は見送られた。
かくて、水中速力が飛躍的に高められた新式潜水艦隊は、ようやく数が揃い、此度の戦いに加わったのだった。
「敵駆逐艦10、本艦の頭上を通過」
索敵士官の報告に、三輪は黙って頷いた。参謀長である仁科 宏造少将が口を開いた。
「敵さん、全速力で航行していましたな。あれでは聴音も使えますまい」
自艦の出す機関の騒音で、聴音機が音を拾えない。マ式機関はディーゼルなどに比べても静音性に優れているとはいえ、20ノット近い水中速度を出せば、停船ないし低速でなら音を拾えただろう。あれをガンガンにエンジンを回して突っ走れば、聞こえるものも聞こえない。
「気づいてくれれば、そのままやっつけたんだけどね」
三輪中将は苦笑した。今回の作戦では、各伊号潜水艦には、甲板に垂直打ち上げ可能な誘導魚雷を追加装備し、真上の敵艦にもぶっ放せるようにしてきたのだ。
「瑞雲からの報告はどうか?」
「現在、敵乙艦隊主力は速度16ノットで西進中。それ以外に変化はありません」
遮蔽装備の瑞雲水上戦闘爆撃機が、第六艦隊の目として、上空に飛んでいる。水中の潜水艦隊とは、魔力式通信により連絡を取り合っており、敵の針路や速度、数に位置など、ほぼ筒抜け状態となっていた。
「結構。我々は、敵警戒艦の約2000メートル離れた位置を保って追跡する」
16ノット程度の速度であれば、敵ソナーの探知能力はおよそ1500から1700メートルといったところだ。それより離れた位置ならば、彼らは水中にいる日本潜水艦を発見できない。
しかしこちらは、魔力式測定の他、遮蔽瑞雲によって、敵の位置は随時わかっている。さらにマ式機関による水中航行時の燃費は、従来のバッテリーなどとは比べものにならず、高速航行で数時間追跡も可能であった。
43年辺りから、異世界帝国通商路を荒らし回り、練度と戦技向上に務めてきた日本海軍の精鋭サブマリナーたちが、いよいよ敵主力艦艇に対して牙を剥かんとしていた。
・塩見型航空巡洋艦『塩見』
基準排水量:2万6000トン
全長:230メートル
全幅:31メートル
出力:マ式機関16万馬力
速力:水上33ノット/水中速力20ノット
兵装:20センチ三連装対衝撃光弾砲×2 50口径12.7センチ連装高角砲×4
8センチ光弾対空砲×12 六連装対艦誘導弾発射管×1
61センチ四連装魚雷発射管×6 対潜短魚雷投下機×2
誘導機雷×30
航空兵装:カタパルト×4 艦載機×18
姉妹艦:――
その他:早池峰型大型巡洋艦の改良型である潜水型航空巡洋艦。異世界帝国のヴラフォス級戦艦をベースにした早池峰型を参考に、潜水艦隊旗艦用巡洋艦として作られた。搭載した瑞雲との連携で、敵情を把握し、潜水艦部隊を指揮する。




