第四六八話、戦いの前触れ
連合艦隊主力は、ソロモン諸島、ブーゲンビル島の南にあるショートランド島沖を東進しつつあった。
主力艦隊旗艦『敷島』にて、連合艦隊司令長官、山本五十六大将は、前線の偵察機からもたらされた報告に耳を傾けていた。
「ほう、敵旗艦が」
「はい。転移ゲートが消滅した直後、旗艦級戦艦の艦橋にて複数の爆発を観測しました」
中島情報参謀は、遮蔽で潜伏する彩雲改の報告を伝える。
「その直後の警戒ぶりから見て、遮蔽に隠れた航空機からの攻撃を受けたものと思われます」
「しかし……我が方に、敵旗艦攻撃を命じられた部隊はない」
山本は、樋端航空参謀を見た。
「おそらく、転移ゲートを攻撃した九十一潜水隊の攻撃隊が、仕掛けたものと思われます。偶然か、狙ってのものかはわかりませんが」
目の前に敵の旗艦があったから、行き掛けの駄賃とばかりに一太刀浴びせていった、と考えれば、可能性はなくはない。
中島は続けた。
「敵司令部は旗艦を変更した模様で、旗艦級戦艦は損傷の修理のため、一時後方へ下がりました」
「43センチ砲戦艦を脱落させたのは大きいかもしれない」
山本は小さく頷いた。
「幸先よし、と見てもよいだろう」
参謀たちは頷いた。このまま艦隊が東進、ソロモン諸島をさらに進めば、異世界帝国軍も攻撃を仕掛けてくるだろう。
位置的に、フロリダ島西の丙艦隊、同北の乙艦隊が最初にぶつかることになる。そしてまずは、艦載機同士の航空戦となると予想しているはずだ。
「乙、丙合わせると空母は21隻」
「できれば、ぶつかるのはその半分といきたいところですが」
樋端は淡々と本音を口にした。
乙艦隊にはリトス級大型空母2、アルクトス級中型空母8。丙艦隊には、リトス級大型空母3、アルクトス級中型空母5、グラウクス級小型空母3が所属している。
常備艦載機定数からの予想では、型違いはあっても双方とも840機である。甲板に露天繋止の場合は、さらに増えるのだが、異世界帝国にそこまで増やす理由があるかと言うと疑問ではある。
対して、第一艦隊、第一機動艦隊は、海氷空母6隻と17隻の空母があり、隻数では互角だが、敵にはさらに主力の甲艦隊とガダルカナル南の丁艦隊の各10隻ずつ空母があるため、トータルで見ればおよそ半分である。
乙、丙の後の甲、丁との連戦を考えれば、いかに被害少なく戦っていくかが鍵となる。
渡辺戦務参謀が口を開いた。
「いつものように奇襲攻撃隊で先制できればいいんですがねぇ……」
「まあ、敵さんも毎度同じ手にやられないよう、対策の質を上げているようだからね」
山本は苦笑する。
「こちらも過剰な期待はしないようにしないとね」
そう言いつつも、奇襲攻撃隊が敵空母群の一つを潰してくれれば楽になるのも事実ではある。
第二機動艦隊の、潜水型空母群は、東南アジア救援の際に奇襲を受けた結果、戦力半減状態であるため、いつものように初っ端から使えるほど余裕はない。一度大海戦となると、連戦でフル稼働となるため、最初から連戦が予想されるこの戦いでは、使いどころに注意する必要があった。
草鹿参謀長が言った。
「新戦力の整った第六艦隊が、どこまでやれるか、ですな」
「うむ」
潜水艦艦隊である第六艦隊。今回の決戦において、その働きぶりに大いに期待が持たれていた。
対米戦争を想定した漸減邀撃作戦において、敵艦隊の捜索、艦隊決戦前の反復攻撃でその戦力を削るべく計画された潜水艦隊。
そして今回のソロモン作戦において、第六艦隊は敵艦隊攻撃の一翼を担うこととなっていた。
・ ・ ・
ムンドゥス帝国南海艦隊、アルファ艦隊。
フロリダ島北に位置し、日本海軍から『乙艦隊』と呼称されている。サンタ・イザベル島とマライタ島の中間海域にその艦隊は展開していた。
旗艦『ヌーベース』に座乗するアゴラー中将は、偵察機などの索敵情報を吟味し、参謀団に告げた。
「日本艦隊がこのままなら、先鋒はベータ艦隊。我々はその次であるな!」
フロリダ島西――ムンドゥス帝国名称ベータ、日本海軍名称『丙艦隊』が、位置的に最初に交戦となるだろう。
アンコーン参謀長が首肯した。
「まずベータ艦隊が、日本艦隊に対して、ファイタースイープを狙います。続く我々は、戦爆連合にて、日本艦隊を攻撃。まず空母戦力を叩きます」
「気掛かりは、例の遮蔽攻撃隊だな」
日本海軍の中でも、姿を隠して攻撃隊を放つ空母機動艦隊が存在する。これまでの戦いでも、この奇襲専門航空隊によって、対峙した艦隊はことごとく制空権を喪失し敗北してきた。
テシス大将が、敵の手を解き明かしたことで、今ではムンドゥス帝国の各艦隊は、この見えない攻撃隊に対して用心を重ねている。
「制空隊を広い範囲で展開させています」
アンコーンは背筋を伸ばした。
「防御シールドの隙をつく攻撃を対策するため、空母からの発艦も一斉ではなく、時間差展開にしました。たとえ奇襲を許しても、一挙に空母が壊滅するという手は避けられます」
「よろしい。幾多の戦いで、我が帝国を苦しめてきた日本海軍も、ここで血祭りにあげてくれる!」
ふははっ、と笑うアゴラー中将だったが――
「長官! 警戒潜水隊が、敵潜からとおぼしき攻撃を受けました! 敵は複数の模様で、警戒隊は音信不通となっております!」
「なに、潜水艦だと?」
アゴラーは目を鋭くさせた。
サンタ・イザベル島とマライタ島の間に展開するアルファ艦隊だが、その水道には、敵潜水艦や遮蔽艦対策に、潜水艦戦隊を配置していたのだ。
「一斉にやられたというのか? 警戒隊は1隻も残っていないのか?」
「そのようです。如何いたしますか?」
正直、警戒隊はこのまま両島の間で見張らせ、艦隊はベータ艦隊の後詰めとして移動しようとしていた矢先であった。
その方面を見張る部隊を、敵が全滅させたということは、この海域を敵部隊が侵入しようという前触れなのではないか。
「機雷などを敷設されて、主力艦隊の合流の妨害をされても困る。第65駆逐戦隊を出して、敵潜水艦を捜索、撃滅せよ!」
アルファ艦隊から10隻の駆逐艦が、対潜行動に移る。日本海軍の潜水艦は非常に手強く、かつての太平洋艦隊が輸送船団をやられまくったのが記憶にある。
アゴラーとしては10隻でも不安だが、決戦を控えている以上、それ以上を割くわけにはいかなかった。
駆逐艦が高速で現場海域へ急行する。その間、アルファ艦隊主力は西進すべく、移動を開始した。




