第四六一話、ジャワ海海戦
ジャワ海での遭遇、いや待ち伏せ戦闘は、第九艦隊が圧倒的優勢に立っていた。
戦艦『諏方』の40.6センチ三連光弾砲は、異世界帝国の主力戦艦であるオリクト級の防御障壁を撃ち貫き、大破させる。
戦艦『信濃』はもう1隻のオリクト級を砲撃し、46センチ砲の巨弾を以て、追い詰めている。洋上でほぼ停止している艦は、さながら射的の的であり、『信濃』の砲弾はガンガン敵戦艦の障壁を削り、損傷を与えた。
旗艦である大型巡洋艦『妙義』は、前の艦が炎上し、身動きが取れない敵アルクトス級中型空母へ砲撃を行っている。
敵は緊急発進できるように戦闘機を待機させていたらしく、数機が飛び上がったが、こちらも、浮上した九航戦の『翔竜』『龍驤』と信濃部隊の『神鷹』『角鷹』の艦載機と、水上機母艦『千歳』の水上機が上がっている。
「このまま数撃てば、そのうち障壁はなくなるだろう」
新堂中将は呟く。傍らで戦場を見回していた参謀長の倉橋少将は双眼鏡を下ろした。
「案ずるより産むが易し、でしたな。もっと手間取るかと思っていましたが……」
「普通に正面からぶつかっていれば、こうも一方的にはならなかっただろう」
口の中で、魔技研上がりの神明が、遮蔽装置を用いた艦隊運用を積極的に打ち出さなかった理由がわかった気がする新堂である。
「奴らの敗因の一つは、こちらをやり過ごそうとしたことだろうな」
初めから、積極的に交戦の意図があり、そのように隊形を変更していたなら、たとえこちらが先手を取ったとしても、ここまで圧倒的な差は出なかったに違いない。
「こちらを避けようとして、一方に固まってしまったのが失敗だったのだ。おかげで外側の列がやられ、連中は身動きができなくなってしまった」
戦闘となれば機関の出力を上げて、高速戦闘を展開するものだが、脇にどいて、密集してしまったために、先頭と駆逐艦列がやられたことで、中の巡洋艦、戦艦、空母列は、進むも避けるもできなくなってしまった。
だから戦闘が始まってもなお、敵は回避運動もままならず、棒立ち状態となったのだ。そうなっては、第九艦隊側は撃ちまくるだけである。
艦隊列の後方にいた駆逐艦も順次、抜け出そうと後退などを始めたが、そこを標津型重巡洋艦2隻と、妙風型駆逐艦4隻が周り込み、退路を断つ動きを見せた。
イタリア、トレント級重巡の改装艦である『標津』『皆子』は、発射間隔の短い20センチ光弾連装砲で、矢継ぎ早に敵駆逐艦を撃つと、3000トン級の大型駆逐艦『妙風』『里風』『村風』『冬風』が38ノットの速度をかっ飛ばして、長12.7センチ連装両用砲による連打を浴びせる。
妙風型は、イタリア軽巡洋艦のカピターニ・ロマーニ級の改装艦だ。元は、小型軽巡であったが、高速力はともかく、武装が13.5センチ砲と軽巡洋艦としては軽く、当時ライバルであるフランスの大型駆逐艦を敵と見なしていたと思われる。
連装8門は魅力だが、軽武装ゆえ、いまさら14センチ連装砲をメインとする軽巡洋艦を増やす必要がなく、それならばと対空・対艦双方に使える両用砲を装備した高速駆逐艦として、改修を加えたのだった。
基準排水量3422トン。全長142.9メートル、全幅14.4メートルと、まさに小型軽巡洋艦といった艦容で、機関出力は11万馬力となる。対水上戦、対空戦闘双方に運用できる性能を持っている。
もちろん、潜水機能を持ち、敵艦隊至近で浮上後、その高速力で戦場をかき回す役割が期待されている。
閑話休題。
異世界帝国側は、退路に回り込まれ、二進も三進もいかなくなった。
「密集したが故に、身動きが取れず……。これが遮蔽装置を艦隊に装備させた際の不都合というものだな」
敵はもちろん、味方からも見えない遮蔽装備。互いが見えないからこそ、複雑な艦隊運動、回避運動がとれない。もし強硬すれば、僚艦と衝突してしまうかもしれない。
見て回避ができないから、攻撃されたなら、早々に遮蔽を解除して、広く動くしかないのだ。
「不幸だったのは、列の先頭に指揮官がいて、さっさと退場させられてしまったから、残っている者たちの統率がとれなかったことだろうな」
これで文字通りの袋叩きを、許すことになったわけだ。空母もまた艦載機を飛ばす余裕はなかったようだ。これを初めから飛ばしていたら、と思うが、それはそれで自分たちが存在することを日本軍にしらせる行為になるから、やらなかったとも取れる。
倉橋は首肯した。
「紫色の艦隊色なので、何か特殊な艦隊かと思いましたが、悪手を打てば、あっけなかったですね」
「なまじ数が多かったから、これで済んだが、敵がもう少し少なければ……いや、ハワイ沖海戦での『アルパガス』――あれを使いこなした指揮官がいたらまた、話が変わっていただろう」
ほぼ単独で、第一艦隊の戦艦群を追い詰めてみせた異世界帝国の指揮官。数が少ないからこそ、むしろ大暴れできた。
今回はこちらが勢いで押し込んだが、ひとたび膠着すれば、練度面でこちらが不利になっていたに違いない。
『信濃』を操る能力者は実戦経験が乏しいし、急遽増員された戦力もまた、どこまで熟練がいたか怪しい。
『諏方』は、開戦時から戦闘経験を重ねてきた正木姉妹の妹が動かしていたが、彼女にしても『諏方』とのフィットは今回が初という有様で、その能力をフルに引き出せたかは疑問の余地があった。
「ここの戦いは、もう決着がつきそうです」
倉橋の言葉に、新堂は現実に呼び戻された。
敵戦艦、空母はことごとくが沈みつつある。洋上で無事な姿をさらしているのは、味方艦艇のみだ。
「東南アジア一帯には、あの艦隊だけだといいんだがな」
新堂は独りごちた。
ジャワ海に潜んでいた敵艦隊は、これで壊滅だ。リンガ泊地に囮艦隊を配置したが、それが役に立ったかどうかはわからないが、脅威が一つ減ったのは間違いない。
問題は、まだ敵が潜んでいないか、捜索活動は続けなければいけないということだった。
ジャワ海海戦は、日本海軍――第九艦隊の勝利に終わった。
・ ・ ・
ジャワ海海戦の結果は、リンガ泊地の囮艦隊はもちろん、東南アジアから内地の海軍省、軍令部にも届いた。
同地の資源地帯への異世界帝国の襲撃の可能性が去ったことは、陸軍も含めて、内地の海軍上層部を安堵させた。
ソロモン海での戦いに備えて、前線に赴く連合艦隊司令部でもまた、勝利の一報が伝えられ、山本五十六長官ほか参謀たちの懸念を取り除いた。
「新堂君の第九艦隊は、うまくやってくれたようだ」
「意外と早く敵が見つかったものです」
草鹿参謀長は、事務的に告げた。
「これで、我々も正面の敵に集中できます」
コクリ、と山本は頷いた。
連合艦隊の主力として、第一艦隊と第一機動艦隊が、転移によりラバウルに集結。そこから島づたいに、ソロモン諸島を突き進む。
「後は……ゲートの破壊か」
ソロモン諸島サンクリストバル島近くにある異世界帝国軍のゲート。遠くシドニーから艦隊を送ってきた転移装置。これが存在する限り、決戦を挑もうとする連合艦隊には、絶えず敵の増援が現れる可能性との戦いを余儀なくされる。
「まずは、これを排除しなくては」
頼むぞ、別動隊――山本は心の中で呟いた。




