第四五八話、第九艦隊、急行中
増強された第九艦隊は、内地からセレベス海に転移した。
囮艦隊がリンガ泊地に出たので、第九艦隊はセレベス海を中心に索敵する予定だった。
だが、リンガ泊地に飛んだ囮艦隊の偵察機が、早速、潜伏した敵艦隊の発見を報告してきた。
敵を見つけたのであれば、悪さをする前にさっさと始末をしなくてはならない。第九艦隊司令長官、新堂儀一中将はジャワ海への転移を行った。
「リンガ泊地から遠ざかっているということは、奴らは現れた艦隊にビビって逃げ出したのか」
新堂が言えば、参謀長の倉橋 清二郎少将は口を開いた。
「数はほぼ互角なんでしょうが、あちらは巨艦揃いですからな。さすがに留まるのは危険と判断したのでしょう」
「もっと時間がかかると思っていたが、話が早くて助かるな」
「偵察機がうまく、隠れていた敵偵察機を発見したようで」
安村航空参謀が、得意げに告げた。この広い東南アジア一帯の海で、敵艦隊を発見できた理由。遮蔽を使った敵の偵察機を見つけ、それを追跡したから、という。
とはいえ――
「やはり、ちょっとうちの艦隊だけでは厳しくないか?」
敵の数は、戦艦3、正規空母5、巡洋艦10、駆逐艦20である。対して、第九艦隊の戦力は――
○第九艦隊:司令長官、新堂 儀一中将
第三十六戦隊:(大型巡洋艦):「妙義」「生駒」
第八十一戦隊:(戦艦):「信濃」「諏方」
第八十二戦隊:(重巡洋艦):「標津」「皆子」
第八十三戦隊:(転移巡洋艦):「夕張」「青島」
第八十四戦隊:(特務巡洋艦):「足尾」「八溝」「静浦」
第九航空戦隊:(空母):「翔竜」「龍驤」
第十九航空戦隊(空母):「神鷹」「角鷹」
付属:水上機母艦:「千歳」
第十水雷戦隊:(軽巡洋艦)「鈴鹿」
第六十七駆逐隊:「鱗雲」「朧雲」「霧雲」「畝雲」
第八十七駆逐隊:「柏」「黄菊」「初菊」「茜」
第八十八駆逐隊:「白菊」「千草」「若草」「夏草」
第九十一駆逐隊:「妙風」「里風」「村風」「冬風」
戦艦2、大型巡洋艦2、巡洋艦系7、軽空母4、水上機母艦1、軽巡洋艦1、駆逐艦16が、新堂の手駒である。
戦艦は『信濃』『諏方』は、スペック通りの性能を発揮できるならば、相手の戦艦が3隻でも問題はない。……ぶっつけ本番と、実戦経験不足という点に目を瞑れば。
巡洋艦戦力では、歴戦の『妙義』『生駒』は問題ない。改装重巡の『標津』『皆子』が、その火力をコンスタントに当てることができたら、数の差も補えるだろう。
ただし転移巡洋艦、『夕張』はまだしも、『青島』は期待してはいけない。第八十四戦隊の特務巡洋艦3隻は、使い方に少々癖があり過ぎる問題を抱えていた。
軽巡洋艦『鈴鹿』率いる第十水雷戦隊は、冬月型駆逐艦が4隻、潜水型駆逐艦の初桜型が8隻、そして新鋭の妙風型4隻の、16隻と一応数の上では整った。
しかし、航空戦力では、軽空母4と水上機母艦1と、リトス級大型空母1と中型高速正規空母4隻では、まともにやったら数の差で圧倒される未来が見える。
恥ずかしながら、航空攻撃を受けたなら、転移で逃げるしか手はないだろう。
「問題は、どういう接触の仕方をするか、だな」
新堂は呟いた。
敵は、まだバレていないと思い込んでくれていれば、こちらから不意打ちをかけて、その数を減らし、押し切ることもできる。
いや――
「仮に接近するこちらを見て、弱敵と判断すれば、姿を現して仕掛けてくるかもしれないな」
「だとしたら、先に一発撃ち込んでから、姿を見せると思います」
倉橋参謀長は、考えながら言った。
「敵も姿を現すのならば、奇襲したいと考えるでしょうし」
「さすがだ、倉橋君。いい読みだぞ」
新堂は笑みを浮かべた。
「しかし、よくよく考えれば、こちらが大和型とそれに匹敵する戦艦ならば、戦艦3隻の敵がこちらを弱敵と判断するだろうか?」
「確かに。気づかれていないと思い、見逃される可能性もありますね」
「……ならば、少し敵さんを騙してみるか」
・ ・ ・
紫星艦隊、戦艦戦隊司令官、トレケイン少将は、遮蔽行動中の戦艦『ゲネティア』にいて、報告を受けた。
「『ポルティア』より入電。艦隊正面に、日本海軍の艦隊を発見!」
艦隊の空母『ポルティア』が放ったシュピーラド偵察戦闘機が、東南アジアの海から脱出しようとしている紫星艦隊の前に、敵がいることを伝えてきたのだ。
「敵戦力、戦艦1、軽空母2、水上機母艦1、駆逐艦4」
「……思ったより少ないな」
敵が現れたと聞き、こちらを止めるべく日本軍が本気を出してきたと思ったが、そうでもないようだ。
「パトロール艦隊でしょうか」
戦隊参謀であるウラニー中佐が言った。トレケインは自身の顎をさする。
「テシス閣下からは、無用な戦闘は避けて離脱せよ、と命じられているが……」
果たして、現指揮官である、ランベルー中将はどう判断するか? 空母『ポルティア』に将旗を掲げるかの御仁は、あれでかなり戦闘を好む性格だ。忍べ、と言われても、敵が弱いなら叩き潰そうと考えるだろう。
「こちらが危なくならない程度に攻撃して、東南アジアがまだ危険地帯である、と日本軍に思わせるというのは、わからないでもないが……」
事実、テシス大将の戦艦『ギガーコス』は、それを実行するため、艦隊と別行動をとっている。
ここにテシス大将がいてくれれば、と思うトレケインである。そうすれば攻撃するのか、スルーするのか、ヤキモキしないで済む。
いくら弱敵だったとしても、日本軍が攻撃に気づけば、近隣の飛行場がうるさく航空機を飛ばしてくるし、ジャワ海を東進している針路から、新たな脱出路を見破られ、待ち伏せされる可能性もあるのだ。
遮蔽で見えないことになっているが、敵領海内の潜伏の日々に、精神的ストレスを感じているトレケインだった。
「『ポルティア』より入電。艦隊は縦列に移行。様子を見る、とのこと」
どうやら、ランベルー中将は、敵の動向を見た上で判断することにしたようだ。こちらは遮蔽を使っている影響で、あまり激しい艦隊行動が難しい。その点から見れば、順当な判断と言える。
「願わくば、敵がこちらに気づかず、遠くですれ違ってくれますように」
・標津型重巡洋艦『標津』(トレント)
基準排水量:1万1000トン
全長:196.96メートル
全幅:20.6メートル
出力:15万2000馬力
速力:35.6ノット
兵装:20センチ連装光弾砲×4 三連装イ型光線砲×4
12.7センチ連装両用光弾砲×4 六連装対艦誘導弾発射管(煙突)×1
艦首53センチ魚雷発射管×4 53センチ連装魚雷発射管×2
対潜短魚雷投下機×2 20ミリ連装光弾機銃×10
航空兵装:――
姉妹艦:『皆子』(トリエステ)
その他:イタリア海軍重巡洋艦トレント級を異世界帝国から鹵獲、改修した潜水型突撃艦。潜水水上打撃部隊の火力支援艦不足から、潜水行動可能な重巡洋艦としてトレント級が選ばれた。砲関係は、速射性能と装填機構の省略、人員削減のため光弾砲に変更。艦首にあった航空艤装は撤去され、潜水艦型の魚雷発射管を装備、潜水状態からの攻撃も可能となっている。