第四五六話、囮の駆け引きと、偵察機
敵の配置が変わった。
紫星艦隊、ヴォルク・テシス大将は、遮蔽搭載のシュピーラド偵察戦闘機の各種報告に思考を巡らせた。
参謀長のジョグ・ネオン中将は、東南アジア一帯の地図を見下ろす。
「こちらを嗅ぎまわっていた敵艦隊は持ち場を離れ、新たな艦隊が本土より転移してきた」
「データにない新型のようです」
情報参謀が、偵察報告に視線を落とす。
「我が軍のリトス級に匹敵する大型空母。その飛行甲板の形状は、真っ直ぐと斜めに伸びている異様なスタイルです。先日、交戦があったと思われる敵潜水型空母に酷似した甲板が確認されていますので、おそらく日本軍空母の新たなトレンドかもしれません」
つまり、新鋭艦で間違いないということだ。しかもそれが4隻。リトス級に匹敵するなら、艦載機は定数120機はあるとみていい。露天駐機をすればさらに数も載せられるから、4隻合わせて500機前後の艦載機があってもおかしくない。
「プロトボロス型に似た旗艦級航空戦艦も確認されておりますが――」
「日本軍の総旗艦ですかな?」
ネオン参謀長は片眉を吊り上げた。テシス大将にとっては、ハワイでの海戦で、旗艦同士の一騎打ちをした因縁の相手ではあるが。
「おそらく『ディアドコス』をサルベーシしたものだろう」
テシスはきっぱりと告げた。
「インド洋で二番艦がやられている。それかもしれない」
リーリース・テロス大将の旗艦が日本軍にやられたのは記憶に新しい。敵の鹵獲艦の再生スピードは脅威だ。
「すると……そうなのか」
テシス大将は、地球各国海軍の艦種識別表を持って、日本軍のリンガ泊地に現れた艦隊を確認していく。
「大西洋艦隊が使用していた艦の再生艦中心の戦力だな」
「――つまり?」
「十中八九、訓練中の新艦隊だよ。……なるほどな、こちらの意図を日本軍は読んだか」
テシスの口元が緩む。そうこなくては。
「日本軍は、ソロモン方面に主力を振り向けた。我々の陽動に乗ったフリをして、決戦に使わない戦力を送り込んできたのだ」
リンガ泊地に現れたピカピカ艦隊は、まだ艦の習熟の終わっていない練度ということだ。見た目だけ取り繕い、誤魔化している間に、日本軍の主力は戦場に向かっている。
ネオンはわずかに眉間にしわを寄せた。
「つまり、目の前の敵は、烏合の衆ということですか。舐められたものですな。……仕掛けますか?」
増援が弱敵ならば攻撃する。そうテシスは宣言している。艦を満足に使えず、おそらく艦隊の連携も怪しい敵など、性能を活かせないまま撃破できるだろう。
「いや、あまりに見え透いていると思わんか?」
テシスは愉快そうだった。
「練度の低い敵。しかし慣熟すれば、新鋭艦として脅威となる。我が軍からすれば、やるなら今――そう思わせるのに」
「罠、ですか」
隠れているこちらをおびき出すための。
「敵が潜んでいるかもしれない海域で、新兵を鍛える間抜けはいない。そういうことだ」
訓練なら、もっと安全な本土周りでやればよいのだ。
「では、スルーですか?」
日本軍主力が余所――本命に向かったのなら、紫星艦隊が潜伏を続ける意味も薄れる。ネオンは不満そうだ。地球人に侮られているとして、この張りぼて艦隊を憂さ晴らしに撃滅したいと思っているかもしれない。
「リンガの敵は放置してもよいかもしれない。艦隊は、今のうちにスンダ海峡を……いや。フロレス海まで戻り、そこから脱出させよう」
「スンダ海峡にいた敵水雷戦隊は撤収したようでしたが――」
フィネーフィカ・スイィ首席参謀が怪訝な表情になった。
「閣下は、まだそこに敵がいると?」
「日本軍が置き土産の一つも仕掛けていないとも限らない」
潜伏している紫星艦隊が、ジャワ海から脱出するとしたら、そこを通る可能性が高いと日本軍は考えているだろう。防御シールドである程度のトラップや攻撃は凌げるだろうが、転移の使える敵だ。敵が集まってきたら身動きがとりにくい。まだ潜水補給艦が通過できているフロレス海に戻るが安全か。
「艦隊は下げるとして、このまま奴らの想定通りというのも面白くない」
テシスは獰猛な笑みを浮かべた。
「一つ、ささやかだが、奴らの裏をかいてやろう。君たちにも少々危ない橋に付き合ってもらうことになるがね」
・ ・ ・
リンガ泊地に停泊する日本海軍囮艦隊。その旗艦である航空戦艦『出雲』から、彩雲改偵察機が飛び上がった。
近隣飛行場からも二式艦上偵察機や零式水上偵察機などが飛び立ち、潜伏していると思われる敵に備えている。
遮蔽で隠れている敵を、目視、電探で発見はできない。だが空を偵察機が飛び回っていれば、敵の攻撃隊を早期発見したり、何らかのアクシデントで姿が出てしまった艦を偶然にも発見できるかもしれない。
が、今回、『出雲』を飛び立った彩雲改には、遮蔽で隠れた敵を見つける能力者が搭乗している。
「芦屋兵曹長、偵察機の乗り心地はどうか?」
機長である吉沢 丞二中尉が、三座の最後尾に呼びかければ、芦屋 晶江兵曹長は、ゆったりとした調子で答えた。
「はい、吉沢中尉。大丈夫です」
九頭島から来た能力者。それが芦屋である。非常にのんびりした女性であり、今回初めて組まされた吉沢も、女性兵の扱いはどうするのが正しいかわからず困惑している。
配属時の挨拶で、あくまで彼女は『お客様』だと言われていたから、軍人だからと普通に接するのも憚られた。
そもそも『見えないものが見える』という能力は、非常にオカルティックで、それもまたどう接すべきか、吉沢や部隊の面々を困らせている原因だった。
だが、今回の任務で芦屋の能力は、囮艦隊の命綱を握っている可能性が高いから、無下にもできない。
艦隊周りに隠れている敵がいないか探る――安全確認で、さっそく彩雲改は飛び上がったが、本当に遮蔽の向こうを見ることができるのか。吉沢を含め、半信半疑であったのだが――
「吉沢中尉、左舷方向、やや上方に何か飛んでいます」
え?――唐突な芦屋の報告に、吉沢は思わず声に出た。何かとは何だと、不明瞭な報告に怒鳴りそうになるが、相手はお客様。それは我慢するとして、言われた方向を探す。特に何も見えない。
「何が見える、芦屋兵曹長?」
「人の命、人魂のようにゆらゆらと」
やっぱり見えないものが見える奴の言うことは怖い――吉沢は本音を押し殺しつつ、人魂と聞いて、異世界帝国にそんな戦闘機があるという話を思い出した。もしかして。
「敵の偵察機……!?」
「かもしれません。あれは一つ。日本の偵察機だと、人魂が二つか、三つ並んで見えるはずですから」
「了解。こちらも遮蔽を使う」
吉沢は判断した。芦屋が見つけたのは、異世界帝国の偵察機だ。もうすでにリンガ泊地は見張られていたのだ。
だが同時にこれは好機である。敵の偵察機も無限には飛行できないはずだ。その航続範囲に敵艦がいるわけで、敵機が引き上げる時に追跡すれば、潜んでいる敵を発見できるに違いない。
「さっそく当たりを引いたな! 芦屋兵曹長、敵機の監視を続け、報告してくれ」
「了解です」
案外早く、囮艦隊の任務は終わるかもしれない。吉沢はニヤリとした。