第四五一話、見えないものを見るには?
第二機動艦隊空母群は、幽霊戦闘機シュピーラドによって、空母8隻中7隻が損傷した。
ハワイ作戦で、異世界帝国軍が人魂戦闘機とも呼ばれる遮蔽装置付き機を使っていたのを思い出したが、後の祭りである。
指揮官の山口 多聞中将は、損傷したとはいえ、甲板を片付ければまだ使える空母があるのではないかと思い、一時転移による戦線離脱を行い、戦力の再編にかかった。
彼はまだ、ジャワ海の敵機動部隊撃滅を諦めていなかった。むしろ、一方的に奇襲されたことで腹の虫が治まらなかったというべきかもしれない。
指揮下の空母群がジャワ海から離れた一方、異世界帝国――ヴォルク・テシス大将の紫星艦隊主力は、ジャワ海脱出のためスンダ海峡の再度偵察を試みていた。
シュピーラド偵察戦闘機のルカー・ウィネーフィクス中尉による通報で、日本軍機動部隊がいるのはわかっていた。
そのウィネーフィクス機は、その後音信不通となったが、次に放った偵察機は、日本機動部隊を発見できずに、スンダ海峡にまで達した。
旗艦『ギガーコス』では、テシス大将は海域地図を眺めた。
「ウィネーフィクス君は、敵に痛打を与えたのだろう」
提督の言葉に、ジョグ・ネオン参謀長は視線を向けた。
「やられてしまったことは気になるが、敵がいないということはその空母に甚大な打撃を与えることに成功したのだ」
敵は空母8隻と1個巡洋艦戦隊、1個水雷戦隊という編成だった。その主軸である空母にダメージがなければ、攻撃隊を出さずに移動する理由もないだろう。
「このまま、艦隊はスンダ海峡に向かわせますか?」
「そうだな。おそらく、敵が待ち伏せしているだろうが……」
テシス大将はニヤリとした。
「我が艦隊は、遮蔽装置により姿を消す。敵が隠れている我々を見つけ出すのが先か、あるいは痺れを切らして移動するのを待とう」
「待つ、ということは、すぐに動かさないのですか?」
「言っただろう。スンダ海峡には、敵が待ち伏せしている」
今は姿は見えないが、潜水艦を潜ませている可能性はある。
「艦隊が通過している間に、転移で包囲してくることもあるだろう」
「……」
「心配するな。我々はじっくり時間があるが、日本軍にはその余裕がない」
彼らが紫星艦隊を警戒し、東南アジアに有力部隊を留め置くならば、ソロモン諸島、あるいはマダガスカル島の侵攻部隊を間接的に援護できるだろう。
日本海軍は戦力を結集して、これらに当たらなければならないが、その戦力集中を妨害できるならば、しばし彼らの庭先に潜伏することは戦略上、有効な手と言えた。
「だが、ただ待つだけなのも面白くない」
テシス大将は改めて、地図を見た。
「日本軍を引っかき回すために、彼らを大いに困らせてやらねばな」
・ ・ ・
ジャワ海から、異世界帝国艦隊が消えた。
襲撃もなく、傍目には平穏が戻ったように見える。しかし日本軍にとっては、ただでさえ手薄な東南アジア防衛網にダメージを受け、さらにパレンバンの油田地帯にも少なからず被害が出た。
敵は転移で離脱したのか? 遮蔽に隠れている異世界帝国艦隊を捜索するのは容易ではなかった。
防衛力を強化しなくてはならない。それは陸海軍大本営でも一致した。
しかし連合艦隊としては、ソロモン諸島の敵大艦隊との決戦、そしてインド洋に進出しようと集まっている大船団と艦隊への対応を取らねばならず、東南アジアの防衛への協力は難しかった。
「敵がまだ潜んでいる可能性があります」
連合艦隊司令部、樋端航空参謀は指摘した。
「敵が転移で移動できるのならば、すでに逃げているかもしれませんが、それが確定ではない限り、敵がいるものと判断すべきです」
「しかし、有力な艦隊を配置するのは難しい」
草鹿 龍之介参謀長は淡々と告げた。
「我々はまず、ソロモン諸島の敵艦隊を撃滅する。そのために第二機動艦隊にも参加してもらわねばならない。戦力を分散してやれるほど、余裕はない」
現在、内地には戦艦を中心とした第一艦隊と、南太平洋から戻ってきた第一機動艦隊がいる。ソロモン諸島攻撃には、南東方面艦隊の日高見と第八艦隊も参加し、特殊砲撃艦隊である第一〇艦隊も加わる。
しかし、敵が大兵力であること、さらに続くインド洋での戦いを考えれば、極力被害を抑えねばならない。そのためにも、奇襲攻撃を得意とする第二機動艦隊の参加は必須と見られていた。
とりあえず、北方警備の第五艦隊、軍令部直轄の第九艦隊の扱いは決まっていないが、ソロモン諸島の作戦に参加するのはともかく、東南アジアに派遣しても潜んでいるかもしれない敵艦隊と交戦して、撃滅できるかは怪しかった。
「基地航空隊も、ソロモンでの戦いに投入される。東南アジア方面に回している余裕はない。……それこそ、内地を守る本土航空隊を使わない限りは」
内地を守る戦闘機や迎撃機を前線に、となれば、その間、本土の空を無防備にするということを意味する。いくら戦線が遠いとはいえ、何かあった時、防空態勢にありませんでしたは通用しない。
「問題を整理しよう」
静かに聞いていた山本五十六長官が口を開いた。
「東南アジアに敵艦隊が潜んでいるか早急に確認して、いるならそれを叩け。それを対処するか、あるいは対応できる戦力を東南アジアに残さないなら、ソロモン諸島の敵の撃滅に向かうのはやめろ――と外野が騒いでいるわけだ」
南太平洋のソロモン諸島に異世界帝国艦隊が居座っている。第一機動艦隊が夜襲を仕掛けて、しばし敵の足止めはなっていものの、時間が経てばその守りは強化され、いざ連合艦隊が乗り込んだ際、苦戦の確率が上がっていくだろうと予想されている。
山本としては、戦力を集め、早々に敵を叩きたい。だが南方資源帯の防衛は、日本の生存に関わる事態だから、軽視もできない、ということだ。
「要は、ジャワ海ほか東南アジアに、敵艦隊がいるのか、いないのか、はっきりさせればよい」
いないのなら、戦力をソロモン諸島に結集することができる。海軍も陸軍も、政府とて納得するだろう。
「で、面倒なのは、それを確認する方法がない、ということだな?」
「はい」
樋端は頷いた。
「偵察機を飛ばしまくればよいというものではありません。敵が遮蔽装置を使っていたとすれば、目視はもちろん、電探も役に立ちません」
「隠れているかわからないものを探すのは難しいな」
「砂浜から砂金ツブを見つけるようなものです。まず不可能でしょう」
「そうなると……」
山本の視線が動いた。
「専門家の助けがいるな」
軍令部第五部所属の、通称『魔技研』。魔力、魔法関係の技術を有し、異世界人のそれと同じかはわからないが遮蔽技術も開発した部署だ。敵の使う遮蔽を見破る技術はないか、尋ねるには打ってつける場所にある。
「安ベェ、軍令部に行って魔技研に、対遮蔽技術について訊ねろ」
山本は、渡辺戦務参謀を使者に当てる。そして次に樋端を見た。
「君は一航艦司令部に行って、小沢君と神明君から話を聞いてきてくれ」




