第四五〇話、幽霊の跳梁
空母『大龍』の艦橋と、飛行甲板最前列の九九式艦上戦闘機が爆発した。
それは何の前触れもなかった。だから誰もが何が起こったかわからず、その理由を脳が理解しようと務めた。
そのわずか数秒後、今度は、『大龍』に後続していた『海龍』の飛行甲板が光弾と機銃掃射を受けて、発進直前の機複数を破壊。火の手を上げさせた。
「何だ!? 撃たれた!」
「敵、敵襲!」
「敵ってどこだ!?」
「対空監視!」
空母『海龍』の飛行甲板は混沌と化した。機体が爆発、そして誘爆し、また流れ弾に撃たれて甲板上に倒れる整備員を同僚たちが、発艦の邪魔にならないように移動や手当しようと駆け寄る。
甲板上の混乱を、艦長ら幹部が確認している間に、後ろに続く『剣龍』の飛行甲板で爆発が起きた。
終始、こんな感じだった。攻撃を受けたのに、敵機の姿が見えず、銃撃にしろ一瞬で通過してしまい、事態が飲み込めない者が相次いだ。
前を行く空母の飛行甲板で航空機が爆発し、続く空母や護衛の艦艇の艦長らは困惑した。
攻撃よりも事故と、脳が勝手に処理してしまうために、なりゆきを見守るしかなく、それが対応を遅らせた。
第七航空戦隊の『大龍』『海龍』『剣龍』と続いて、甲板上に騒動が起き、最後尾の『瑞龍』では、もしかして攻撃ではないか、と思った。
が、そこまでだった。可能性が脳裏に浮かんだ時には、見えない敵機の銃撃で『瑞龍』もまた飛行甲板に並んでいた攻撃隊に攻撃を受けた。
第八航空戦隊旗艦『加賀』では、同航する七航戦の空母の甲板で爆発と火の手が上がる様に怒号が飛び交った。
「電探に反応なし!」
「対空監視! 上空警戒!」
「未知の敵かもしれん。高高度にも注意!」
「『大龍』に発光信号。状況知らせ!」
どうなっとるんだ――山口 多聞中将は渋い顔だった。
攻撃隊発艦直前に、複数の空母で連続してトラブルだ。これがただの事故ではないのは、順番に発生した点から見ても間違いない。
問題は何が原因なのか、だ。
「近くに、遮蔽装置で隠れている敵がいるというのか?」
「わかりません」
岡田 次作参謀長は窓から周囲を見回した。
「奇襲攻撃隊であるならば、僚機との衝突を避けるために攻撃直前に姿を現すのが普通です。しかし、敵機の姿が見えません」
「複数ではないのかもしれない。1機だけ――」
「司令! 『神龍』より、甲板上で機体が爆発! 攻撃を受く、と通信!」
とうとう、八航戦の空母最後尾の艦にまで被害が発生した。直後、見張り員の絶叫した。
「後続、『蛟竜』甲板上で爆発!」
今度は後ろから順番にやられている。この期に及んで、事故などと考えている者はいなかった。
「後方に警戒! 何か知らんが向かってきているぞ!」
「敵を探せ! 正体を探るんだ!」
空母『加賀』の後部機銃、高角砲が艦の後方へ指向する。しかし、相変わらず敵機の姿はどこにもなくて――
「司令、艦載機を緊急発進させますか?」
岡田が、このまま飛行甲板上に機体を並べておくのは危険と判断した。マ式カタパルトレールならば甲板上の全機を流れるように飛ばすので1分とかからないが――
それで間に合うのか?――山口は歯を食いしばる。
「『応龍』甲板上に火の手!」
あっという間に、第八航空戦隊の空母3隻がやられた。この流れ、順番から見ても次はこの『加賀』の番だ。
敵も見えず、反撃できないままやられるのか……。
・ ・ ・
「あと1隻」
シュピーラド偵察戦闘機のコクピットで、ルカー・ウィネーフィクス中尉は唇を舐めた。
日本艦隊は、何に攻撃されているのか、いまだわかっていないようだった。
ルカー・ウィネーフィクスも、空母にかなり近寄ってから、低高度で飛行甲板の真上を抜けながら攻撃していった。だから周りの艦艇も、銃弾や光弾を観測しにくかったのだろう。
「単機で空母全滅とか、連中にとっては悪夢だろうねぇ」
遮蔽装置をフルに活用し、シュピーラドは最後の空母――『加賀』の飛行甲板上の日本機の群れを見やる。
飛行甲板の端から端をシュピーラドが飛び抜けるのは、平均1秒半。その手前から攻撃を仕掛ければ光弾も二射は撃ち込める。もちろん機銃弾は1秒ほど撃ちっぱなしだ。
ギリギリ寄るまでは攻撃しない。こちらも速度を出しているから、変針されたりすると面倒なのだが、見えていないからどちらに逃げるが正解かわからないのだろう。
かといって、艦載機を発進させるわけでもない。出ていればそれはそれで衝突しないように注意する必要もあるが、上手く先頭の機に当てられれば、それが邪魔になって後続機は飛べなくなる。
「いただきだ、最後の1隻!」
ウィネーフィクスが光弾砲のボタンを押し込む。空母の飛行甲板上の日本機に光弾が飛び、見えない壁に弾かれた。
「!?」
それがルカー・ウィネーフィクスの最期の光景だった。次の瞬間、シュピーラドは、『加賀』の防御障壁に衝突し、機体がコクピットごと潰れる。遮蔽装置が壊れ、露わになった残骸はバラバラに弾け飛び、海面に落ちて飛沫となった。
・ ・ ・
「敵機らしきもの、海面に墜落!」
見張り員の報告に、空母『加賀』の艦橋に安堵のため息で溢れた。山口は自然に浮かんでいた額の汗を拭い、加賀艦長の横井 俊之大佐を見る。
「君の機転のおかげで、命拾いしたぞ、艦長」
「いえ、艦を守るのが職務ですから」
正直、飛行甲板に艦載機が並び、いつ発艦命令が出てもおかしくない状況は、判断を難しくさせた。
防御障壁を展開してしまうと、艦載機は障壁にぶつかってしまうので発進できなくなる。発進させるか、守りを優先させるか。航空隊司令が発艦命令を出した場合、たとえ自艦が危険でも障壁を張らず、発艦を優先せねばならない。
いつ命令が出てもおかしくない状況だったが、山口は出撃を命じなかった。おそらく間に合わないと察していたからだろう。であるならば、横井も迷わず防御障壁の展開を命じた。とりあえず無事ならば、別の手も講じることができるから。
少なくとも、このまま8隻の空母の飛行甲板が全滅することは、あってはならない。
そしてその判断は、ギリギリ間に合った。間近に迫り、障壁の展開に気づくのが遅れた敵機は防御障壁に激突し、果てたのだった。
「ひとまず切り抜けましたが……」
岡田参謀長は表情を曇らせた。
「本艦以外の空母の飛行甲板がやられました。とりあえず、攻撃隊の発艦は、取りやめ、今後どう動くか考え直しませんと――」




