第四四九話、ゴーストファイター
第二機動艦隊空母群は、ジャワ海にいる異世界帝国艦隊に向けて、攻撃隊の準備にかかった。
エレベーターによって飛行甲板に運ばれ、艦載機が並べられる。二式艦上攻撃機には800キロ対艦誘導弾が搭載され、九九式戦闘爆撃機は制空戦闘用の空対空誘導弾が懸架されている。轟々と発動機が唸り、整備員たちも発進に備える。
投入予定は427機。指揮艦である山口多聞中将は、母艦の制空は投げ捨て、稼働機を総動員する判断を下した。
いざとなれば、艦隊は潜水して敵の攻撃を回避できるからだ。
「懸念はやはり、異世界帝国艦の防御障壁だ」
艦橋から、発艦作業を見守る山口。
「うまくすれば、パレンバン攻撃に向かった敵攻撃隊が母艦に帰ってきているタイミングに仕掛けられる」
たとえ、障壁で守りを固められてしまったとしても、約270機の艦攻が集中すれば空母5杯はやれるだろう。いかに障壁があろうとも、効率が悪かろうと。
参謀長の岡田 次作少将は傍らに立った。
「まず空母を排除できれば、スマトラ島の油田地帯をこれ以上やらせることもありません」
こうしている間にも、敵が第二次攻撃隊をパレンバンに送り込む可能性もある。敵の第一次攻撃隊に随伴した戦闘機には精鋭も混じっていたようで、送り出した戦闘機隊にもかなりの損害が出た。
だからこそ、この敵はここで沈めねばならない。山口はもちろん、奇襲攻撃隊としてベテランが多い搭乗員たちも、敵艦隊撃滅に闘志を燃やし、仇討ちではないがお礼参りする気概に満ちていた。
意気軒昂。スマトラ沖で敵大艦隊を痛打した後だけに、今度もまた異世界人の艦隊を海の藻屑にする――はずだった。
マ式カタパルトレールの上に並び、連続射出される時を待つ機体群。50機あまりの発動機が一斉に唸る飛行甲板は騒音に満たされていた。
そこにそれとは別の轟音が聞こえた。
「『大龍』で爆発!」
見張り員の絶叫。
「は?」
山口も岡田も、空母『大龍』――第七航空戦隊の単縦陣、その先頭を行く空母へと視線を向けた。
潜水型空母として改修、復活を遂げた『大龍』、その艦橋が吹き飛び、炎を噴いていた。
・ ・ ・
それは姿を消していた。
ムンドゥス帝国紫星艦隊、旗艦直属航空隊から飛び立った遮蔽装置付き偵察戦闘機シュピーラドは、艦隊の脱出路確認のため、スンダ海峡へ偵察に飛んでいた。
ヴォルク・テシス大将率いる紫星艦隊主力は、東南アジア一帯へ奇襲攻撃をかける脇の一刺し作戦を行った。
透明化可能な二つの艦隊を用意して、交互に出現、攻撃することで日本軍に転移艦隊であると思わせた。
何故、そんなまどろっこしい手を用いたのかと言えば、敵中へ突入した後、日本軍の追撃を回避して極力損害なく脱出するためだ。
東南アジア一帯の防備は手薄であることはわかっていたが、日本海軍が転移で艦隊を送ることができる以上、ひとたび襲撃すれば、連合艦隊主力が現れる可能性も皆無ではなかった。
遮蔽装置を使って姿を隠し、機を見て逃げることも可能ではあるが、一つの艦隊では、容易に脱出経路を予想され、待ち伏せされる可能性が高かった。
陽動目的の作戦だが、全滅させられては意味がない。日本軍のように、そうポンポン転移できない以上、策を講じなければならなかった。
しかし、作戦立案にあたって、そうこちらの都合よく日本軍が引っかかってくれる保証はないことは、承知していた。
彼らが転移でなく、遮蔽装置を使っただけだと看破したら、結局、脱出路を予想され待ち伏せされる。
セレベス海に進出したシャラガー中将の別動艦隊が、日本軍航空隊の奇襲攻撃を受け、作戦継続が困難になった。
それを知ったテシス大将は、主力によるマラッカ海峡突破ルートを捨て、スンダ海峡を艦隊脱出ルートに選んだ。
偵察のために旗艦『ギカーコス』が搭載する人魂戦闘機、幽霊戦闘機とも言われるシュピーラド偵察戦闘機を1機派遣。
これが、スンダ海峡からジャワ海へ入った山口多聞の空母機動部隊を発見した。やはり待ち伏せされていたのだ。
ムンドゥス帝国パイロット、ルカー・ウィネーフィクス中尉は、旗艦に暗号発信で通報すると、偵察任務から攻撃任務に切り替えた。
ハワイ沖海戦では、試作だったシュピーラドの正式生産型である。偵察戦闘機とあるが、実質、偵察戦闘攻撃機というのが正しく、光弾砲による対地、対艦攻撃もできる。
何より、遮蔽装置によって敵味方とも目視もレーダーも通用しないシュピーラドは、単独使用が最も効果を発揮する。
偵察機として最高の覗き野郎であると共に、僚機の心配なく透明のまま自在に戦場を駆けることができるのだ。
「敵さん、攻撃隊の準備をしてるじゃん」
ルカー・ウィネーフィクスは呟く。
このままでは、紫星艦隊主力に、8隻の空母の攻撃隊が殺到することになる。飛行甲板に航空機がいっぱいあるということは、つまり日本軍も、紫星艦隊の位置を掴んでいるということだ。
「ここをやらなきゃ、男じゃないっしょ」
シュピーラドが単機である以上、攻撃する順番は選ぶ必要がある。最短で、より大きな被害を与えるにはどうするか。決まっている。
「まずは、頭を潰すじゃん」
通報前にじっくり偵察させてもらえたから、艦種はばっちり確認している。
空母8、軽巡洋艦クラス6、駆逐艦15。狙う旗艦は空母だろう。
「で、6隻がアルクトス級もどきっぽい空母。残る2隻が戦隊旗艦、そのうちのどっちかが艦隊旗艦なんでしょーけど……。こっちの一見デカそうなのは、案外小さいのよね」
空母『加賀』である。高さがあって大きく見えるが、よくよく上から観察すると全長が他の空母より短めだ。
「やっぱ、一番でっかいフネでしょう。旗艦は」
それが空母『大龍』である。基準排水量3万6000トン、全長271メートルは、8隻の空母で最大の大きさだ。
空母『レキシントン』を改装した『大龍』は、その艦容が大鳳型に似て、いかにも旗艦のようである。
ルカー・ウィネーフィクスの駆るシュピーラドは、透明のまま、『大龍』へと突き進んだ。
甲板に並んでいる戦闘機をまず狙いたいが、最先頭の機体だけ破壊して、後はひとまず無視して艦橋を攻撃しようと決めた。
飛行甲板を使って滑走距離を稼ぐタイプの航空機なら、前がやられたら後続機は、その前のスクラップを片付けないと発艦できない。時間稼ぎになる。
「それじゃあ、やろっか!」
幽霊戦闘機、シュピーラドによる単独奇襲攻撃が始まった。