第四四八話、パレンバンの復讐
バタバタと敵も味方も落ちていく。
九九式艦上戦闘機を操る宮内 桜大尉は、空戦の中で異様な雰囲気を感じ取った。あまりに短い間に、機体が落ちすぎている。
開戦からこっち、幾多の戦場を戦い抜いた宮内にとって、それは寒気がするほど冷たく、背筋が凍った。
味方の九九式が火だるまになって、その違和感の主が現れた。
青いエントマ高速戦闘機だった。それがすれ違う時には、味方機がやられていく。まるで触れただけで死に誘う死神の手のようだった。
「冗談じゃねえ!」
その青いエントマが向かってきた。九九式艦戦の得意の加速にも、エントマ高速戦闘機は苦もなくついてくる。
その青いエントマは、色だけでなく速さも違った。
「ヤベェ!」
とっさに機をスライドさせて、さらに回避。銃弾がすり抜ける感覚。撃たれている。戦闘機パイロットにはそれが感覚的にわかるのだ。
「くそっ!」
『隊長!』
桜隊の古参搭乗員である森山の声。追いすがる敵機の後ろに、味方機がチラリと見えた。それ以上ガン見している余裕はない。追ってくる青いエントマが撃ってくるからだ。躱すだけで手一杯。
恐るべき腕利きだった。これまでも空中戦で危ない目にはあったが、過去一番、今ほどゾクリと凶器を突き付けられている感覚はない。
『桜隊長、右へ旋回!』
森山の指示に反射的に従い、操縦桿を倒す。宮内機が右旋回し、敵機がそれに追い、後続の森山機が対航空機用誘導弾を発射した。
零戦三二型では一発しか搭載できない空対空弾を、戦闘爆撃機である九九式は5発まで搭載できる。
対空誘導弾も高速なのだが、青いエントマへの距離を詰めるには些か速度が不充分だった。
次の瞬間、青いエントマが鋭く宙返りを行い、誘導弾を躱すと、そのまま森山機の背後へ回りこんだ。
「森山!」
とっさに回避を選んだのは、古参故か。青いエントマの機銃が咆え、九九式艦戦の左翼を吹っ飛ばした。ジュラルミンの破片がキラリと輝く。
「やりやがったな!」
宮内は、中隊の仲間の機が被弾し、カッとなった。そのまま最短でターンを決めると、青いエントマに正面から機体を突っ込ませる。
「喰らえ!」
バリバリとブローニング12.7ミリ機銃が火を噴く。だが同時に視界にも花火が弾けたような輝きとズブリと機体に突き刺さる嫌な抵抗を感じた。
――あ、やっちまったな……。
宮内が激しく己の迂闊を感じたのは一瞬のこと。コクピットキャノピーに敵機が一杯によぎり、刹那で消えた。よくもお互い衝突せずにロールしてすれ違ったものだと宮内は思った。
「クソがっ!」
自分はどうやら生きているようだが、機体はやられた。問題はどこに当たったか、だが――
「青い奴は!?」
『桜四番より、桜一番へ。隊長、生きてます?』
第一中隊四番機の江藤だった。彼女の九九式艦戦が、宮内機のそばに寄る。
『燃料が漏れていますよ』
「――うおっ!」
左翼が撃たれて穴があった。着火したなかったのは運がいいが――
「まずいな」
『転移離脱してください、隊長。森山も離脱してます』
江藤が、先に被弾した同僚のことを知らせてくれる。これで頭の中が、すっと冷えた。今の日本機にはパイロット保護の観点から転移離脱装置が搭載されている。墜落確実の機も母艦や基地近くに移動でき、味方に回収される可能性が飛躍的に高くなっている。
「燃料が漏れてちゃ、しょうがねえや」
普通なら、空母に帰り着く前に燃料切れで墜落するところだ。そうなると近くの味方飛行場で緊急着陸するか、機体を捨ててパラシュート脱出するしかない。転移離脱装置のおかげで第三の選択肢があるのはいいことだ。
「悪いな、江藤。先に帰ってるわ。てめえもやられるんじゃねえぞ!」
『了解』
江藤機のエスコートで空中戦から脱出する宮内機。振り返れば、例の青いエントマが暴れまわっているらしい光景を視界に捉えた。
――ちっ、あいつ一人で、何機落としてるんだよ……!
流れるように、ただ飛んでいるだけなのに、近くにいた九九式艦戦が爆発、もしくは撃墜されていく。
「化け物め……!」
捨て台詞を吐き、宮内は愛機を転移離脱させた。
・ ・ ・
パレンバンを襲撃した異世界帝国艦隊は、海軍の飛行場と油井施設を幾つか破壊した。
日本軍の迎撃機は奮闘したものの、その全てを撃退することはできなかった。
多数の敵機を撃墜したもの、第二機動艦隊空母群も、援軍に送った戦闘機をかなり喰われた。特に青いエントマの中隊が戦場で大暴れした結果、七航戦、八航戦の戦闘機の損失が過去最悪の数字を叩き出した。
それはともかく、二機艦空母群としては、パレンバンに攻撃を繰り出した敵艦隊を放置するという選択肢はなかった。
放った偵察機は、山口の予想通り、異世界帝国軍艦隊をビリトン島近くで発見した。
「攻撃隊を発艦させろ! ここまで好き勝手荒らし回ったお礼をせねばならない。そうだな、参謀長?」
山口は、岡田参謀長に確認を取った。もちろん、反対はなかった。日本軍のテリトリーに敵艦隊がうろついているのだ。これを見過ごす帝国軍人はいない。
「敵艦隊には、どれくらい艦載機が残っているか?」
「報告では、リトス級大型空母1、アルクトス級中型空母4ですから、その最大搭載数は420機と想定されます」
リトス級、アルクトス級は日本軍でも改装して使っている。その艦載機の搭載数もわかっていた。
「うち約250機がパレンバン攻撃に用いられたという報告です。これまでの連戦で消耗している可能性もありますが、それはひとまず置いておきまして、170機が敵の手元に残っていることになります」
「こちらは、二波、計140機ほどをパレンバンに送った」
「はい。こちらには400機以上の艦載機が残っております。敵艦載機の機種別の機体数はわかりませんが、空母を守る直掩戦闘機を手元に残しているでしょうから、おそらく戦闘機2:攻撃機1の割合くらいと想定します。全攻撃機を叩きつければ、撃滅できます!」
「防御障壁がなければ……だな」
今出せば、パレンバンを攻撃した敵攻撃隊を空母が収容しているタイミングを狙えるだろうか。こちらの艦載機は、奇襲攻撃隊。姿を消して忍び寄るのはお手の物だ。
勝機あり。